CLAMARE -丑の刻- / MAX MAXIMIZER
ここは、どこだ……?
さっきまでいた屋敷とは全く違う。
なんだこの禍々しい空気は。
懐中電灯を持つ手が震える。
明かりがユラユラと揺れる。
オカルトというレベルを、本当に超越している。
足が動かない。
でも逃げなくては。
……どこに?
俺がさっき通ってきた道のりは、明らかに消滅してしまった。
外は暗く、懐中電灯を向けても浮かぶのは木々ばかり。
ア”ア”ア”ア”ア”ッア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”……ッ!!!!
叫び声が聞こえる。
先ほどの部屋から、あれが出てくるのが見えた。
こうしてはいられない。
ここがもはやどこかわからないが、逃げなくては。
捕まることだけは、避けなくては。
俺は再び駆けだす。
足も手も震えているが、なんとかしっかり走ることは出来ている。
割れたガラスが少々怖いが、こけさえしなければどうということはないだろう。
真っ黒い絵が飾られたT字路。
直感で右に逃げる。
こんなところを通った覚えは、やはりない。
いくつもの扉が過ぎていくが、どれも入る気にはなれない。
行き止まりに逃げ込むのは得策ではないだろうという判断の下だ。
ふと気が付く。
窓がない。
ということは、俺は屋敷の内側に向かっているということだろうか。
入ってきた時はなるべく窓が見えるようにしていた。
そこでようやく、窓から逃げるという手段が絶たれたことに俺は気付いた。
たまたま偶然かもしれない。
しかし俺は偶然ではないような気がした。
あれがなんなのか未だにわからないが、この屋敷にとって重要な何かなのではないだろうか。
この屋敷で何があって、立ち入り禁止になったのか。
実のところ、俺はそれを知らないのだ。
もしかしたら友人は知っていたのだろうか。
今となってはもうわからない。
とにかく俺は、生きてここから脱出せねば。
あれはまだ追ってきているだろうか。
あれから随分と走り回ったが、結局出口は見付からなかった。
まるで迷宮にでも迷いこんだみたいだ。
この屋敷の外見からして、それは有り得ないはず。
もう何がどうなっているのやら。
走り疲れた俺は、適当な部屋で休むことにした。
ここで夜が明けるのを待とう。
部屋にはテーブルと椅子、そしてベッドしかない。
壁に掛けられた時計は随分古そうだが、未だに時を刻んでいる。
夜明けまでまだ数時間あることには絶望せざるを得ない。
あれを撒けたと信じて、なんとか我慢だ。
ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”……ッ!!!!
……っ!!!
割と近い……!?
そんな馬鹿な。
あれの動く速度はかなり遅かったはず。
走り回りすぎて屋敷を一周でもしたのか?
ずるずると引き摺るような音がドアの向こうから聞こえる。
これでは部屋を迂闊に出ることが出来ない。
もしこの部屋に入ってこられたら……。
背筋が震える。
もしものことを考え、俺は慌ててベッドの下に隠れた。
ここなら見えないはずだ。
あれに目があるのか正直疑問ではあるが。
ずるずると音が聞こえる。
頼む、通り過ぎてくれ……っ。
そんな俺の願いを聞いたかのように、ドアの前で音は止んだ。
おいおい、嘘だろ。
入ってくるつもりか?
ドアがゆっくりと開けられる。
ギィっと軋みながらドアが完全に開いた。
そこにいた。
頭を抱えたまま。
ア”ア”ア”ア”ア”ッア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”…ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァ”ア”ア”ア”ア”ァ”ア”ア”……ッ!!!!!!
叫ぶ。
『それ』が叫ぶ。
まるで「そこにいるんだろう?」と言わんばかりに。
動悸がする。
息が荒くなる。
体中が震える。
『それ』がゆっくりと部屋に入ってきた。
俺には『それ』の足しか見えなくなる。
どうやら探しているらしい。
……見えないのか?
それとも気付いていないだけ?
なんにせよ見付かっていないのならまだチャンスはある。
……何のチャンスかわからないが。
俺は震えながら、音を立てないように縮こまる。
心臓の音がうるさい。
この音が外にまで聞こえそうなぐらいだ。
『それ』は部屋の中をずっとうろうろしている。
俺を、探している。
お願いだから、とっとと部屋から出て行ってくれ。
そして俺を解放してくれ!
ベッドの側で『それ』が立ち止まった。
全身の血の気が引いていくのがわかる。
それでも鼓動の音だけはうるさく響く。
『それ』は膝を曲げて、今にもベッドの下を覗き込もうとしていた。
もうダメだ。
俺はここで死ぬんだ。
俺はギュッと固く目を閉じた。
鳥のさえずる声が聞こえる。
微かに暖かい何かを感じる。
俺はゆっくりと目を開いた。
そこには何もいない。
あるのは、窓から差し込む日の光だけ。
朝だ、夜が明けたんだ。
俺は急いでベッドから這い出し、窓の外を見た。
なんて明るい。
心底ほっとした。
町の喧騒が微かに聞こえる。
ここに主がいた頃は、それはもう素晴らしい朝を迎えていたのだろう。
さあここから出よう。
窓は、開かないらしい。
そういう風に最初から出来ているようだ。
廊下に出る。
見覚えがある。
ここは最初に入った部屋だ。
玄関からそう遠くはない。
ここまで逃げてきていたのなら、そのまま玄関まで走れば良かった。
まああの時は無我夢中だったし、パニック状態だったんだ。
わからなくても仕方ない。
さほど時間もかからずに、俺は玄関へと辿り着く。
昨晩のあれは一体なんだったのだろう。
そして友人は一体どうなってしまったのだろう。
結局答えは出なかった。
このまま友人が見つからなければ、いずれ警察は捜索を止めるだろう。
行方不明者として扱われるに違いない。
しかし俺にはもう、友人が消えた理由を探す気にはなれなかった。
あんなものを見た後では。
あんなものに関わっていたかもしれないと考えれば。
とにかく、俺は無事生還出来た。
とっとと家に帰って寝てしまおう。
なにせ夜通し走り回ったのだ。
もうへとへとだ。
そして俺は玄関の戸を開く。
外は真っ暗だった。
背後で叫び声が聞こえた気がしたが、それを確認することは叶わなかった。




