CaptivAte ~裁き~ / DJ YOSHITAKA -其の弐-
陸地がみるみる小さくなっていく。
こうして船に乗るのは初めてではないが、やはり少しわくわくしてしまう。
隣に立つ彼女は相変わらず哀しい眼差しではあるが、僅かに期待しているのがわかる。
私の服の裾をキュッと握り締めて、彼女はそっと目を閉じた。
波に揺られてかれこれ何時間か。
もうすぐ日も暮れて、海原を見つめるのも困難になってくるだろう。
船旅は非常に長い。
私は彼女を連れて、部屋でゆっくり休むことにした。
「そろそろ離してくれてもいいんじゃないかな。
どこにも行きやしないさ」
部屋に戻っても私から離れたがらない彼女。
苦笑混じりにそうこぼしてしまうのも仕方のないことだ。
渋々私の袖を離してくれたが、その代わりじっと私を見つめてくる。
まるで見張りでもされているみたいだ。
それでも先ほどよりは動きやすくなったので、特に気にしないでおくことにした。
夕食も済ませたし、後は寝るだけだ。
今宵こそ彼女は眠れるだろうか。
それともいつものように歌うのだろうか。
そんなことを考えている内に、私はまどろみの中へと溶けていった。
心地よい揺れに、私は目を覚ました。
傍らに彼女の姿はない。
慌てて飛び起きる。
昨晩の様子からして、私から離れることはなさそうだと思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
部屋を出る。
左右を見回してみても彼女の影すら見当たらない。
偶然通りかかった船員を捕まえてみたものの、なんの情報も得られなかった。
朝から船内を駆け回る。
周囲の人間がどう思うと関係ない。
彼女を失うかもしれないのだ。
もう二度とそれはごめんこうむりたい。
狭い船の中だ。
見つからなければおかしい。
展望室。
いない。
エントランス。
いない。
食堂。
いない。
トイレだろうか・・・もしそうなら先にもう一度自室を確認してみよう。
もしかしたら戻ってきているかもしれない。
急いで戻っている最中、窓の向こうにチラリと人影が見えた。
・・・彼女だろうか。
甲板の隅っこに立って、海を眺めている。
とにかく確認してみよう。
私は甲板へと続く扉に手をかけ、音を立てないようにゆっくりとくぐった。
はたしてその人影は彼女だった。
別にそんなつもりではなかったのだが、私が声をかけるとビクッと驚いてしまった。
その衝動で落ちやしないかと少し焦ったが、大丈夫なようだ。
彼女は私だとわかると、安心したように顔を綻ばせた。
あぁ、いつぶりだろうか。
こうして笑いかけてくれるのは。
この笑顔に私は惚れたのだ。
この笑顔のために私は生きると誓ったのだ。
必ず守り抜いてみせる。
ようやく落ち着けた私は、遅めの朝食を摂ることにした。
彼女もどうやらまだだったらしく、お腹に手を添えて空腹を私に訴えてくる。
そうしてゆったりと、二日目が過ぎていく。
この調子でいけば明々後日には陸が拝めるはずだ。
それから先をどうするかは着いてから考えればいい。
とりあえずは彼女の言う「大地」から脱すればそれでいい。
ふと目が覚める。
妙な胸騒ぎのせいだろう。
窓の外を見ると、まだ暗い。
灯りを消していて時計が見えないが、まだ日付が変わるか変わらないかぐらいだろう。
・・・またもや彼女の気配がない。
やはり眠れないのだろうか。
もしかすると昨晩もあそこで歌っていたのかもしれない。
のそのそと寝床から這い出し、再び甲板へと向かうことにした。
・・・やはりいた。
思ったとおり、歌っていたようだ。
私が来たと知ると、彼女は安堵の表情を浮かべた。
しかしそれもすぐに強張ってしまう。
どうしたのだろう。
彼女のその手の組み方は、まるで今まで祈りでも捧げていたかのようだ。
頬には涙でも流れたかのような跡が見える。
私は思わず彼女を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから・・・っ」
私の口からはそんな程度の言葉しか出なかった。
それでも彼女の身体から強張った何かが弛緩していくのを感じる。
私は彼女の目を正面からしっかり見据えた。
彼女の瞳が泳ぐ。
しかしそれもほんの一瞬。
私が彼女に口付けすると、彼女はゆっくりと目蓋を閉じていった。
「さ、戻ろうか」
それからしばらくして、流石に少し寒いと感じる。
彼女は小さく頷くと私の後ろにぴったりとくっついてきた。
それを確認した私は、踵を返し船内へと足を動かす。
「そうだ、君がいつも歌っているその歌は、なんて言うんだい?」
私は今更な疑問を、今更彼女にぶつける。
なんとなく照れくさかったからかもしれない。
そして私が後ろを振り返った時、彼女の身体は既に手すりを越えかけていた。
......




