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音芸神話 - yukito's side story -  作者: 七海 雪兎
第三章 -expander-
19/69

CaptivAte ~裁き~ / DJ YOSHITAKA -其の弐-

陸地がみるみる小さくなっていく。

こうして船に乗るのは初めてではないが、やはり少しわくわくしてしまう。

隣に立つ彼女は相変わらず哀しい眼差しではあるが、僅かに期待しているのがわかる。

私の服の裾をキュッと握り締めて、彼女はそっと目を閉じた。




波に揺られてかれこれ何時間か。

もうすぐ日も暮れて、海原を見つめるのも困難になってくるだろう。

船旅は非常に長い。

私は彼女を連れて、部屋でゆっくり休むことにした。


「そろそろ離してくれてもいいんじゃないかな。

どこにも行きやしないさ」


部屋に戻っても私から離れたがらない彼女。

苦笑混じりにそうこぼしてしまうのも仕方のないことだ。

渋々私の袖を離してくれたが、その代わりじっと私を見つめてくる。

まるで見張りでもされているみたいだ。

それでも先ほどよりは動きやすくなったので、特に気にしないでおくことにした。

夕食も済ませたし、後は寝るだけだ。

今宵こそ彼女は眠れるだろうか。

それともいつものように歌うのだろうか。

そんなことを考えている内に、私はまどろみの中へと溶けていった。






心地よい揺れに、私は目を覚ました。

傍らに彼女の姿はない。

慌てて飛び起きる。

昨晩の様子からして、私から離れることはなさそうだと思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。

部屋を出る。

左右を見回してみても彼女の影すら見当たらない。

偶然通りかかった船員を捕まえてみたものの、なんの情報も得られなかった。

朝から船内を駆け回る。

周囲の人間がどう思うと関係ない。

彼女を失うかもしれないのだ。

もう二度とそれはごめんこうむりたい。

狭い船の中だ。

見つからなければおかしい。


展望室。

いない。


エントランス。

いない。


食堂。

いない。


トイレだろうか・・・もしそうなら先にもう一度自室を確認してみよう。

もしかしたら戻ってきているかもしれない。


急いで戻っている最中、窓の向こうにチラリと人影が見えた。

・・・彼女だろうか。

甲板の隅っこに立って、海を眺めている。

とにかく確認してみよう。

私は甲板へと続く扉に手をかけ、音を立てないようにゆっくりとくぐった。




はたしてその人影は彼女だった。

別にそんなつもりではなかったのだが、私が声をかけるとビクッと驚いてしまった。

その衝動で落ちやしないかと少し焦ったが、大丈夫なようだ。

彼女は私だとわかると、安心したように顔を綻ばせた。

あぁ、いつぶりだろうか。

こうして笑いかけてくれるのは。

この笑顔に私は惚れたのだ。

この笑顔のために私は生きると誓ったのだ。

必ず守り抜いてみせる。


ようやく落ち着けた私は、遅めの朝食を摂ることにした。

彼女もどうやらまだだったらしく、お腹に手を添えて空腹を私に訴えてくる。

そうしてゆったりと、二日目が過ぎていく。

この調子でいけば明々後日には陸が拝めるはずだ。

それから先をどうするかは着いてから考えればいい。

とりあえずは彼女の言う「大地」から脱すればそれでいい。






ふと目が覚める。

妙な胸騒ぎのせいだろう。

窓の外を見ると、まだ暗い。

灯りを消していて時計が見えないが、まだ日付が変わるか変わらないかぐらいだろう。

・・・またもや彼女の気配がない。

やはり眠れないのだろうか。

もしかすると昨晩もあそこで歌っていたのかもしれない。

のそのそと寝床から這い出し、再び甲板へと向かうことにした。


・・・やはりいた。

思ったとおり、歌っていたようだ。

私が来たと知ると、彼女は安堵の表情を浮かべた。

しかしそれもすぐに強張ってしまう。

どうしたのだろう。

彼女のその手の組み方は、まるで今まで祈りでも捧げていたかのようだ。

頬には涙でも流れたかのような跡が見える。

私は思わず彼女を抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫だから・・・っ」


私の口からはそんな程度の言葉しか出なかった。

それでも彼女の身体から強張った何かが弛緩していくのを感じる。

私は彼女の目を正面からしっかり見据えた。

彼女の瞳が泳ぐ。

しかしそれもほんの一瞬。

私が彼女に口付けすると、彼女はゆっくりと目蓋を閉じていった。




「さ、戻ろうか」


それからしばらくして、流石に少し寒いと感じる。

彼女は小さく頷くと私の後ろにぴったりとくっついてきた。

それを確認した私は、踵を返し船内へと足を動かす。


「そうだ、君がいつも歌っているその歌は、なんて言うんだい?」


私は今更な疑問を、今更彼女にぶつける。

なんとなく照れくさかったからかもしれない。

そして私が後ろを振り返った時、彼女の身体は既に手すりを越えかけていた。




......


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