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~第2話 儀式~

「私が“勇者召喚の儀”を?」

 大司祭の話を聞いたキャローラは、思わず聞き返した。驚きと戸惑いを綯交(ないま)ぜにした心持で、寺院長室の奥にいる人物を見る。その人物、黒檀(こくたん)製の執務机についている寺院長、リステリオ・チャーチル大司祭はキャローラの言葉に粛然と頷いてみせた。

 高位の聖職者であることを示す凝った意匠の刺繍が入った青い袖広貫頭衣(ダルマティカ)に、キャローラのものと共通のサーコートを身に(まと)った壮年の大司祭は、どこか厳しい調子で口を開く。その重々しい雰囲気を、キャローラは僅かに息苦しく感じた。20人は余裕で入れる円形の寺院長室に2人だけしかいないにもかかわらず、周りの空気が重たくなったような錯覚を覚える。執務机の後ろの一面ガラス張りになった壁から注ぐ朝日が大司祭の顔に陰を作っていることも、それを後押しした。


「恐魔がこの近辺に出没し始めたことは、君も聞いているだろう?」

 大司祭の言葉に、キャローラは頷いた。それを聞いた為に、キャローラは昨夜ほとんど眠れずにいたのだから。再び込み上げてくる恐怖に顔を俯かせる中、大司祭の声が耳に届いた。

「元々東部が襲われていた以上、大分以前からこの状況は想定されていた」

 もっとも、と、大司祭は苦々し気に言う。

「我々が考えていたよりも、随分早くにこうなってしまったが」

 言いながら、眉根を押さえて溜息をつく大司祭。その表情は、逆光となっている日の光の中では少々見難い。しかし、陰が掛かっていることを差し引いてもそこには苦悩が広がっていると解った。それは少なからず(しわ)の浮かんだ細面や灰色の髪と相まって、40代前半という年齢よりも幾らか老けて見える。それから大司祭は小さく(かぶり)を振ってみせ、言葉を続けた。


「そのため、恐魔への抑止力たる“勇者”の召喚もまた、司祭の間では以前から検討されていたのだよ」

 そして、と大司祭は青い絨毯の敷き詰められた部屋の中央に立つキャローラを見据えてくる。

「君に儀式を担当してもらうことも、ね」

 言い終えた大司祭の瞳には、期待と祈願の色が見える気がした。その言葉と視線に、キャローラは複雑な思いを抱く。


 アルティミアで使われている技術は、大きく分けて2つある。1つは、電気を主要な動力源とした機械技術。もう1つは、雷理(ヴェルト)をエネルギー源とした“法術技術”だ。

アルティミアの大気中では、雷理(ヴェルト)という目に見えない特殊なエネルギーが循環している。そのエネルギーは通常だと何の影響力も持たないのだが、“祭器”と呼ばれる端末を媒介させると話は違ってくる。祭器に目的毎の必要な計算式を入力し、そして雷理(ヴェルト)の流れに精神を呼応させる。そうすることによって、雷理(ヴェルト)は火を起こす、水を凍らせるといった様々な現象を起こす力へと変貌するのだ。その祭器を用いて雷理(ヴェルト)を利用する技術を、人々は法術と呼んでいる。


 そして、“勇者召喚の儀”は、聖職者たちが中心となって開発した対恐魔用の法術だ。通常、恐魔は恐魔を恐れる者には倒すことができない。そのために人々はどうやって恐怖心を抑えるか、恐魔が恐怖を吸収するのをどう防ぐか等の方法を模索し続けてきた。そして、その度に挫折してきた。様々な方法が失敗に終わっていく中、恐らく最初は誰かが何気なく思い付いたのだろう。


 最初から恐魔を恐れない存在がいればいいのではないか、と――


 その考えは、やがて真剣に求められるようになり、そして法術の一形態として開発されるまでに至った。それ程に、恐魔に怯える人々は渇望していたのだ。恐魔を恐れず、恐魔から自分たちを守護してくれる者、即ち“勇者”と呼ぶべき存在を。そうして誕生したのが、勇者召喚の儀――アルティミアの何処かはもとより、アルティミアの民が開拓していない未知の土地、それこそ人の身では届き得ない遥か空の彼方、星々の世界からさえも恐魔に臆さず闘うことができる存在を探し出して召喚する、法術の大儀式だ。


 それが行われた結果は、成功といっていいものだった。記録によれば最初に勇者が召喚されたのは700年ほどの昔。アルティミアの外、異界から召喚されたというその勇者は鋼の武具を操り、恐魔に微塵の恐怖を与えずに圧倒したと言い伝えられている。流石に勇者が個人である以上、世界中の恐魔が討伐されたということはないが、それでも歴代の勇者たちは多くの国々を救ってきた。


 しかし、その様な確かな実績を残す裏で、この法術には大きな問題が存在する。それは、儀式の担い手の絶対数だ。星々の海すらも見通して勇者を選定する大儀式、そんな大掛かりな技が、誰にでも使えるはずはない。雷理(ヴェルト)の流れと心を通じさせるという性質上、法術は基本的に個人の能力に依存する。あまりにも複雑で、大きな力を必要とするこの勇者召喚の儀は、極端に儀式を担える者を選ぶ法術だった。つまり、この儀式を行うには、並外れた法術の才覚と能力を必要とするのである。


 その儀式を、寺院の司祭たちはキャローラに行えと言っているのだ。その大役に、キャローラは内心で不安が渦巻く。

 司祭たちの考えが理解できないわけではない。キャローラは尼僧(にそう)としては下位の身分だが、法術の扱いにかけては高い能力を持っている。実際、法術でキャローラに匹敵する使い手は寺院内に留まらず周辺の町や村々にもいない。基本的に臆病で自分を立てることが苦手なキャローラではあるが、こと法術に対する自信だけは少なからずあった。


 そうとはいっても、それらは所詮病気や怪我の治療や生水の浄水処理といった、法術としては基本的な技ばかり。キャローラはそれらを他の人よりも上手く使えているというだけに過ぎず、何か高度な技や儀式を会得しているわけではない。そんな自分が本当に勇者召喚の儀ほどの大儀式を扱えるのかどうか、キャローラは判断がつかなかった。


 そんなキャローラの戸惑いをどのように受け取ったのか、大司祭は少し和らいだ声を掛けてくる。

「カワード君、不安に思う気持ちは解る。なにせ、伝説の大儀式だ。突然任されては、戸惑いもするだろう」

 しかし、と大司祭は顔を引き締めて続けた。

「我々が恐魔に対抗するには、他に方法がないのもまた事実なんだ。この辺りは、軍の駐屯部隊の守りも薄いからね」

 その言葉に、キャローラは唇を噛む。確かにその通りだ。恐魔の危機は、最早目前に迫っている。可能不可能の問題ではなく、対策はしなければいけない状況なのだ。


「……解りました」

 しばしの沈黙をおき、一言。次いで、キャローラは大司祭の目を真っ直ぐに見返す。

「非才の身ですが、儀式のため全力を尽くさせていただきます」

 言いながら、キャローラは深く頭を下げる。不安は未だ胸を締め付けている。それでも、今は自分にできることをするしかない。恐魔という、より恐るべき存在から逃れるために。


 そのような状況だからこそ、気が付かなかったのだろう。不安と恐怖に心を縛られたキャローラ、彼女に対面する大司祭が背にするガラス張りの壁、その外側に、不気味に蠢く黒い何かが張り付いていたことに――




「はぁっ、マジか!?」

 話を聞き終えた日向(ひゅうが)は、思わず叫びを上げる。周囲の友人たちも、呆然としながら苦笑している少年の顔を見ていた。


 日向たちが通うそこそこ程度な偏差値の私立高校、修成(しゅうせい)高等学校。その教室で、日向は登校早々に昨日の2人と一緒に他の友人たちを集めた。類は友を呼ぶというべきか、中学で仲の良かった面々の多くは日向と同程度の学力で、かつ歩いて通える距離にあるこの高校を選んだ者が多かった。その上、どういう偶然かその友人たちの多くと同じB組になったため、クラス内での交友関係は中学時代とあまり変わっていない。精々、新たに2人高校での仲間が加わった程度だ。

 11クラスもある中で同じ中学の出身者を6人も同じ教室にすることはどうなのかと思わないでもないが、別に実害があるわけでもないので気にしていない。制服がブラウンのジャケットに黒と灰のチェックのスラックス――女子は同色のスカート――というありふれた代物である時点で、運営の適当さはなんとなく感じていたし。


 そして、その友人グループ8人が集まったところで、次の日曜日辺りにダーツ大会をする話を出そうとしたのだが、そこで日向が気付く。中学からの付き合いの内の1人が、何処か気落ちしている様に見えた。

「よう、どした? 朝から元気ねえじゃん」

 聞いてみれば、その友人は僅かに陰りのある笑みで口を開く。

「お前は、っつーか滝中(タキチュー)から一緒だった奴らは知ってるだろーけどさ」

 出身校である滝ノ上(たきのがみ)中学校の略称が出ながらも、溜息とともに続けられた。

「俺さ、G組の河野(こうの)のこと、好きだったんだよね」

 その言葉に、周囲は頷く。河野瑞希(みずき)は、日向達と同じ滝ノ上中学出身の女生徒だ。目が大きく愛嬌のある顔立ちな上に放送委員会という比較的目立つ所に所属していたため、男子の間ではなかなか人気があった。日向はなんとなく好みでなかったのであまり興味がなかったが、この友人が結構な熱を上げていることは周囲の友人たち皆が知るところだ。


「ってか、俺らも知ってるけど」

 高校から加わったメンバーが指摘すると、その友人は「そっか」と苦笑いをしてみせる。

「そんで、昨日河野とばったり街中で会ったりして、そんでなんか色々話したりなんてしてたわけよ」

 微妙な明るさを含んだ声。そのいかにも無理していると言わんばかりの声音に、思わず嫌な推測が働いてしまう。

「で、だ。2人で一緒に歩いたりして、橋の上で夕陽なんて、いかにもなシチュエーションになっちまったもんだから、さ」

 溜息もそこそこに、最後の言葉が放たれた。

「勢いで告って、見事振られちまいました」


 瞬間、日向は叫んでいた。話の途中で察してはいたが、いざ聞いてみるとやはり信じられない気持ちが強い。周囲の友人たちも、呆けたように失恋した友人を見ている。

「マジでなきゃよかったんだけど、マジなんだよ、コンチクショウ」

 冗談混じりに、尚も苦笑を浮かべる友人。最早、その表情を額面通りに見ている者はいない。明らかに、それは必死で取り繕った仮面だ。泣き顔を隠すための、精一杯の強がりで編まれた表向きの顔。痛々しくさえあるそれに、日向、そして恐らく他の友人たちは男としての同情心が湧くのを抑えられない。

「まあ、なんつーか、さ……」

 何と言っていいのか解らず、言葉を濁してしまう。考えても、「元気出せ」や「また可愛い女の子を見つければいい」といった、月並みな台詞しか浮かんでこない。


 よくよく考えてみると、日向自身にまともな恋愛経験、というか女性遍歴がないのだ。彼女いない歴こそ年齢とイコールだが、不良グループと親交がある関係上、俗にいう“ど”から始まる称号は捨てて久しい。いわゆる“するだけの付き合い”の相手であれば、3人程いたりもする。そんな真っ当な恋愛倫理ゼロな経験しかない身で、どんな言葉を掛けられるというのか。


 周囲揃って気まずい沈黙を味わっていると、問題の中心人物が殊更明るい声を上げた。

「おいおい、なに皆まで暗い顔しちゃってんだよ? 勝手に人をネタに落ち込むなって」

 微かにわざとらしさの薫る、けれどそれ以上の強い意思のこもった声に、全員が大なり小なり驚く。ただの空元気にしては、その調子は何処か熱い。

「確かに振られてかなりへこんでるけどな、だからって諦め切ってるわけじゃねーよ」

 その台詞に一同は呆気に取られ、誰とも無く質問が飛ぶ。

「諦めてないって、じゃあまたアタックする気なのか?」

「まあ、他に誰かと付き合ってるってわけでも、完全脈無しってわけでも無さそーだからな」

 その返答には、気負いがあるとも無いともつかなかった。それを聞き、日向は思わず尋ねる。


「……恐くないのかよ?」

「ん?」

「1度振られたんだぞ? また振られたらって、恐くないのかよ?」

 後から考えれば、酷くデリカシーのない言葉だ。振られて落ち込んでいるはずの相手に、更に追い討ちを掛ける様なものなのだから。しかし、聞かずにはいられなかった。恐怖を感じたことのない日向には、恐怖を感じるだろう場面で人が何を思っているのかを、問い質すことを抑えられなかった。

 その質問に、彼は軽く肩を竦めて見せる。

「そりゃ、恐いさ」

 けど、と言葉が続いた。

「恐くても、やっぱ俺河野にべた惚れなんだろうな。だから、まだ諦めたくねえ」

 そう言ってのけたその瞳は、弱々しくも力強さがある様に見える。

「だからさ、あんま変に気ぃ遣わないでくれや。逆に本気で諦めちまいそうだからよ」

 そこまで言うと、また彼は苦笑いを浮かべた。笑っているようで、そして泣いているようでもある顔を。それを見て、日向は自分の思い違いを悟る。


 この表情は、強がりの仮面などではない。悲しみを乗り越えること、いつか本気で笑うことを決めた、彼なりの決意の表情だ。好きな人に振られた辛さ、それでも前に進もうとする意志、その弱さと強さを素直に表しているのが、この泣き笑いの様な苦笑なのだ。


 そのことにようやく気が付いた日向に、苦笑いのまま友人が聞いてくる。

「それよかさ、そっちこそ朝から俺ら集めてどうしたんだよ」

「お? おお、実は今度の日曜久々ダーツ大会しないかってことになってさ、皆の都合聞きたくてよ」

「お! いいねー、そんじゃついでにカラオケも行こうぜ! 俺の気晴らしも兼ねて」

 (うそぶ)く様に言う友人の姿に、日向もやっと自然に笑えた。

「気晴らしって、自分で言い出すかよ?」

「いいんだよ、少しは振られた俺を(いたわ)れ」

「自分で気を遣うなっつっといてそれかい」

 その遣り取りに、他の友人たちにも笑いは広がっていく。それが先程までの暗い雰囲気を払拭し、明るい調子で細かな予定が決められていく。


 その一方で、日向は正直感嘆していた。恋慕う相手に想いが届かなかったにもかかわらず、諦めないと言える。その姿に敬意すら抱いた。彼が彼女に寄せる好意は、傍から見ている分でも呆れるほどだったから。そんな相手に振られた哀しみは、一体どれほどのものだっただろう。

 それにもかかわらず、彼は諦めてはいないのだ。往生際が悪いといえばそれまでだが、失敗しても尚挑み続けることは並大抵のことではない。もう1度同じ辛さ、あるいはそれ以上の痛みを味わうかもしれないのに、それでも引き下がらずに進み続ける強さ。それは、正しく勇気といっていい。


 だからこそ、日向は思う。最初に告白した時もきっと恐かっただろうに、それでも勇気を出して想いを告げたこと。振られた後も、その痛みを知りながら尚も諦めずに頑張ろうとするその姿勢。その恐怖に真っ向から立ち向かう姿が、とても眩しく、そして堪らなく羨ましいものであると。

 もっとも、実際にそんなことを言えば殴られること請合いだが。


~続く~

 以上、今回はここまでです。


 前回、召喚まで行くとかいっておいて、いけませんでした、ごめんなさい……。多分、日向がアルティミアの土を踏むのは4話か5話になりそうです……。


 また、勇者召喚の儀の説明にある様に、勇者は星々を越えても召喚されます。なので、正確にいえばアルティミアは地球とは異世界というよりも別の星ということになります。別の次元から召喚するよりも、その方が召喚の概念を説明しやすかったので(笑)。


 ついでに、今回少し触れましたが、日向は恋愛はしたことが無くとも女性と“した”経験はそこそこ豊富です。ですので、モテる鈍感キャラでなくむしろプレイボーイ的なキャラになると思います。

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