timeⅧ
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「ここ、は…」
突然変わった景色に微かに吐き気がして、眉を寄せ震えるように呟く。先ほどの神――ニルヴァーンの口振りで、どこに着いたのかはわかっている。それでも、確かめるように口にせずにはいられなかった。
南東部地区の中でも、最も内陸部に近い村。その入り口。王宮から魔法で飛んでも三時間はかかる、歩いて行けば数週間の場所に、あたしはいた。その証拠に、
ドォォオン!!!
「っ!」
ちかりと、思わずハッとするほどの、毒々しい光が弾ける。黒く染まった空に馴染まぬ不気味な白さは、間違いなく油断ならないこの場所の状況を示していた。悲鳴が聞こえた気がしてぎゅうっと唇を噛み、たまらず走り出す。
雪を被った木造建築の間を抜けて、乱れた息を、唾を飲んで無理やり誤魔化して走りつづけた。そう広くはない、小さな村だ。そもそも、この辺りは避難勧告区。それなのに、”引っ越しなんて面倒くさい”とのたまって強情にこの村に残った――若者たちが、住まう場所。
軍も警備を厚くしているとはいえ、軍備の全てを南東部地区のみに集中させるわけには行かない。それを知って、帝国の侵略から村人を守るために残ったのだろうと、シザーズが困ったように言うのを聞いた。
「…――ッ?!」
「……―だろ?…――らが…」
「――し!――んて…―…………ッグア!!」
切れ切れに響く会話に焦燥に駆られながらようやく家々の間を抜けて、開けた場所に出た。緩やかに足を止めて、広場の入り口に立つ。……そこに広がる情景に、あたしは言葉を失った。
「なに、を…、」
―――ザアッと、全身の毛が逆立つ。いけない、冷静にならなければ。そう心中で呟くのに、心臓はどくどくと跳ね、頭に血が昇っていくのがわかる。反対に指先は驚くほど冷えて、同じ様に凍てつくような声で…あたしは言った。
「何を、してるの?」
ビュオオオ、と、雪混じりの風が、鋭く鳴る。決して大きくはない、しかしはっきりしたその声は、そこに立つ男にも届いたようだった。億劫そうに、軍人らしいがっしりした影が振り向く。
「ああ?なんだ、お前。……って、」
暗緑色の軍服に、同じ色の短髪。猫のようなヘーゼルの瞳が、へぇ、というようにわざとらしく大きくなった。
「おいおいなんだ、えれぇイイ女じゃねえの。こんな奴がこの村にいたとはなぁ?」
男の値踏みするような視線と共に、ゲラゲラと不愉快な笑い声が響く。つられたように周りにいた男たちも揃って笑い声をあげた。先陣を切っているのだ、それなりの地位にあるのだろうに、それにふさわしい品位は感じられない。
ビュウ、とまた風が吹いた。頭が、脳が熱い。そうぼんやりした頭で思いながら、僅かに口元に歪な笑みを浮かべて、あたしは―――ひとを足蹴にして立つその男に、もう一度尋ねた。
「質問に答えてくれるかしら?―――何を、してるの?」
「何を?……ははは!面白いことを聞くなぁ?見りゃあ分かるだろ」
なぁ、と両手を広げる男に、周りの兵士たちがまたゲラゲラと、笑う。
異様な、病的な空間だった。腹を抱えて笑う男たちと―――…たくさんの、地面に転がる人、人、人。骨が折れているのか胸を押さえて呻き、必死に立ち上がろうとして、叶わず地面に倒れ込む。動かない人影のうちの一人の唇の端から血が溢れて、ぽこりと血の泡を作った。………見る限りでは、死んでいる人間はいない、らしい。そのことに少しだけ安心する。それでも、この光景が地獄絵図であることには変わりなかった。
「ッゲホ!」
突然、男に足蹴にされていた人が咳き込んだ。男、というには幼い、まだ線の細い身体。あたしの方を見て、可笑しそうに笑っていた男が、その声に反応して急に笑うのをぴたりとやめ、下を向いて―――……その青年の頭を、蹴りつけた。
「、は…っ、」
「おいおいおい、おーい、聞こえてっかぁ?」
地面にうずくまり、ゲホゲホと咳き込む青年の髪をぐいと掴んで、しゃがみ込んだ男がまるで友人にするように気軽に、青年に話し掛ける。
「ハアァ、ったくよぉ、“異民掃討部隊”だってぇのに、一匹も殺しちゃいけねぇなんてあんまりだよなぁ?」
異民、掃討?
帝国では、この侵略が、この暴挙が……そんな風に美化されて、呼ばれているのか。
男は、やれやれと言うように首を振りながら続ける。
「こちとら狸連中に顎で使われて、ストレス溜まってんだよ。たかが魔族の一匹や二匹、殺して何が悪ぃ?………なあっ!」
突然語気荒くそう言って、男はバシッと青年の頬を叩いた。もう半分意識が飛んでいるのか、青年は抵抗どころか反応すらしない。
そんな青年の様子を見て、再び立ち上がった男は退屈そうにふんと鼻を鳴らしてまた右手を振り上げた。
「しっかし、他愛ねぇなぁ、本当につまんねぇ。たったこれっぽっちか?」
脇腹を蹴り上げると、びしゃりと黄色い吐瀉物が雪に落ちた。靴についたそれに男は唸るようにきたねぇ、と呟くと、その足で青年の顔面を蹴る。
「前回あんだけうちの兵士共薙ぎ倒してくれたってのに、人質とられたぐらいで、はいどーぞ僕を殺してください、ってか?」
お笑いだぜ?とけたたましい笑い声。
「全く腑抜けた副隊長殿だぜ、俺様の邪魔をするからこうなったんだ、可哀想になぁ!」
可哀想に、なんて全く思ってはいない癖に。血が、ゆっくりと白い雪を染め上げてゆく。
「あのガキも、本当はじわじわと全部の感覚無くしてやるつもりだったのによぉ、邪魔しやがって!お陰で奪えたのは声ぐらいのもんだぜ?」
薄ら笑いを浮かべる瞳は、その実全く笑っていない。形だけの笑みを形作っていた口元が、ふっと感情を消した。嫌悪と侮蔑を隠すことのない瞳が青年を捉えて、暗く光る。
「……魔族風情が、庇い合ったりしてんじゃねぇよ、下らねぇ。生きてるだけで邪悪で、害悪で!人間様の迷惑にしかならねぇお前らが!!―――どれだけ死のうが傷つこうが、困るやつぁいねぇんだからよ!!」
バキィ、と一際強く鈍い音がして、青年がこちらに向かって吹っ飛んできた。地面で擦ったのか腕からは血がにじみ、張られた頬は赤く腫れている。服もあちこち破れて体中ボロボロな……その青年の変わり果てた顔を見た瞬間、唯一グラグラと燃えたぎるように熱かった頭から、スウッと温度が引いていった。
「……なぁ、あんたもそう思うだろう?」
「………」
こちらを向いた、炯々と光る瞳と目が合う。語調は尋ねるようでいて答えを決まったものと見ているようだった。
「魔族の特徴の角も、翼も……あんたにゃ何一つねぇしな。どっかの国から浚われてきたんだろ?」
「…一つ、聞いていいかしら」
向けられた視線と問いを、意図的に無視して低く呟くと、男は不愉快そうに眉をひそめた。それでも構わず、努めて穏やかに言葉を続ける。
「奪った、とは…どういうこと?」
「そんなことか。………簡単だったぜ?」
不愉快に沈んでいたヘーゼルの瞳が、獰猛な悦びで虚ろに輝く。
「奪ったのさ、奪ってやった。“略奪者”はそもそも生命力を奪う魔法だがな、俺は少しずつ感覚を奪うことが出来るんだ。だから、」
奪ってやったのさ。
そう言ってゲラゲラと笑うと、男はどこか興奮した口調のまま続けた。
「本当は口答えして来やがった生意気な女から奪うはずだったんだがな、ガキが庇ってきやがった。“略奪者”は一度定めた対象は変えられねぇ、仕方ねぇから黙って見てたんだが、」
そう言って、忌々しげに地面に転がる青年を睨む。
「こいつが邪魔してきやがった所為で、少ししかとれず仕舞いでむしゃくしゃしてたんだ。まぁでも、今回借りは返せたしな。結果オーライってやつか」
そう言って楽しげに、クックッと男は笑った。真っ黒く染まった空が雪を巻き上げて周りの景色はほとんどもう何も見えない。
「…もう一つだけ、いいかしら」
「あ?」
面倒くさそうにこちらを見る男に、必死で感情を押し込める。落ち着け、何も、考えるな。違うかもしれない、冷静に、なれ。
「その子供の目の色は、……覚えてる?」
その問いに一瞬考えるようにひくりと眉間をひくつかせてから……男は一言一言選ぶように呟いた。
「目?…あぁ、そういや、珍しい色だったなぁ。紫?いや、」
顎をさすりながらぶつぶつと呟く男に、微かに心音が和らぐ。真っ先に出て来ないのなら、違うかもしれない。だとしてもこの男を許すことなど出来ないが、少しだけ冷静にはなれるだろう。よかったと胸を撫で下ろした矢先、あぁ!と手を叩いた男が、こちらを向いた。
「そうそう、そうだ……、両目の色が違ったんだよなぁ、覚えてるぜ。片方は赤で、もう片方は黒。いや、よく覚えてたもんだ。――――まぁ、」
唇が歪んで、酷薄で下劣な形を作る。
「黒かったのは、俺が片方視力を奪ったからなんだけどな!ははははは」
プツン、と電源を切るように。
そこで、あたしの意識は途切れた。
引っ張ります。
6月15日17:35(ぐらい)修正&謝罪
文章の一部がすっぽり抜けていたため補修作業をしました。拝読して頂いた方、話が途中で飛んで???だったと思います。ごめんなさい。