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timeⅦ


加えて、ポイント&閲覧ありがとうございます。


なんで。


「前回の襲撃から早すぎるだろう…!被害状況は?」


なんで、なんで。


「クソッ…、謝罪はいい、とにかくお前も早く現地に向かえ!」


なんで、なんで、あいつらは、



「どうして…?」

「おいユラ、俺たちもとにかくここを出るぞ!………ユラ?」


右腕を強く掴まれて、ようやくハッとする。怪訝そうにあたしの顔をのぞき込む村政の瞳から目を逸らし、半ば走るようにして出て行った軍人の後を追った。

「……っ」

外で待っていると言ったシザーズの姿は、既に廊下にはなかった。彼は宰相だ、報せを聞いて事態の収拾の為に動いているのだろう。そう思うと、たまらなかった。村政が、シザーズが、そしてレノが、自らの国を守るために必死に戦っているというのに、あたしは、ただ友が死にかけているという凶報を、半年も世話になった国のピンチを、黙って聞いていることしか出来ないのか。仮にもこの国の“魔王”として呼ばれたのに、


「何も、出来ないの…?」


俯いた視界に、震え力を入れすぎて真っ白くなった拳が映る。ギリギリと噛みしめた唇は、鉄の味がした。隣を歩く村政が、おい…?と心配そうに声を掛けてくるのにも答えず、ひたすら歩く。



――――そんなとき、だった。



キイィィ………ン


「――え…?」

「…どうした?」


一瞬、耳に走ったノイズ。

言語としての形すらとっていないはずの、それが……。意志を宿らせていることを理解するのと同時に、あたしは走り出していた。おい由羅!とあたしを呼ぶ村政の声がするけれど、もうそれはあたしの耳に入っていないも同然だった。


「誰、誰なの…?」


―――本能的に察している、コタエを。譫言のように繰り返す。


謁見の間を走り抜けて、ホールに出る。壊すほどの勢いでエレベーターのボタンを押して、焦る心を抑えきれずにこじ開けるようにして乗り込む。開いたドアから飛び降りて、外に出た。



一面の、雪景色。

すさまじい風と共に吹き付ける雪が、あたしの髪を蹂躙してゆく。


だけどそんなものに感嘆している余裕なんてもう、なかった。


「だれっ…誰なの!」


慟哭のように、鋭い声が空を引き裂く。乱した息のまま、今までこんなに錯乱したことがあっただろうか、なんて少しだけ可笑しく思いながら。けれどそれ以上の死に物狂いで、雪原にへたりと膝をつく。犬歯が唇の皮膚を破って零れた血が、雪に紅い斑点を作った。


「あなたなんでしょう、聞こえてるんでしょう?!ねぇ…!!」


追い詰められた巡礼者が、絶対的な存在へと、祈るように。容赦なく白む空をただ見上げて、叫ぶ。



「神様!!」


『――――……如何にも、という名乗りでは、少々陳腐が過ぎるか』


平坦な、非人間的な声。一切の暖かみを感じさせないのにどこか安心する、その声が聞こえた瞬間喉の奥がひゅっと鳴って、息が止まったような気がした。


「本当、に…?」

『汝が呼んだのではないか。最初に呼びかけたのは、我だがな』

「っ…!」


もしも、自分を呼んだという、神に会えたら。聞きたいことは山ほどあった。どうして自分なのか。一体どうやってこの世界に寄越したのか。―――どうやったら、帰ることが出来るのか。ぶつけたい恨み言もたくさんあった、そのはずなのに……今こうして実際に会ったとき、頭に浮かぶのはたった一つだった。


「あたしの、友人が、死にそうなの…」


震える唇が、言葉を紡ぐ。寒さが突き刺さるように肌を走って、今にも意識を失ってしまいそうだ。

この状況が不快なら、全て夢だと思って、元の世界に帰してくれと、頼めばいい。


「優しい人たちが、苦しんでるの」


なのにそれを出来ない訳は、言われるまでもなく分かっている。―――手遅れ、なのだと。


掠れた吐息が笑いと共に零れ落ちて、口元が緩やかに笑みの形を作る。


「笑っちゃうわよ、ほんと…。あんなに屈託無く接せられたのは初めてだった。なんの打算もなく笑ったのは久し振りだった。それだけなのに、」



最初から、元の世界に大した未練など無かった。貴族にありがちな腹違い種違いの兄弟たちとは折り合いが悪く、家柄と決して愛想がいいとはいえない性格の所為で、特に仲のいい人間もいない。両親とは何年仕事や勉強と無関係な話をしていなかったことか。それでも政治家になりたいという夢だけは、譲れないものだった。


そのはずだった、のに。


綺麗だと自分のことみたいに笑うレノが、どうしようもなく嬉しかった。紛争地帯でも誰かを恨むことなく、荒むことなく、人を思いやり、前向きにがんばる姿は、自分には真似できないと思うほど美しかった。茶化すみたいにして、でもいつだってこの国を愛し、真剣に向き合うシザーズの姿は、あたしにとって理想の政治家だった。いつだって楽しそうに、時間外まで話をしてくれるオルガとの時間を、無愛想で無口ながらもそばにいたオッドアイの少年との時間を、いつの間にか毎日楽しみにしていた。



「何も出来ないままなんて、嫌なの…。あたしはっ、」


馬鹿みたいな自分を、それでも前より嫌いではない自分を、認めて、嬉しくて。どうしても彼らを、




「あの人たちを、助けたいっ…!だからお願い、あたしに、力をっ……!!」

『――――――――――最初から、そのつもりだ』



笑いを含んだような…穏やかな声の後、――……光が、溢れた。



「っあ…!?これ、は…?」


眩しいほどの、季節はずれの太陽のようなその光が、全身を取り巻く。暖かく、柔らかく、包み込み、体中に浸透していく。訳も分からないまま、ただソレが自分の物となっていくのはわかった。凛とした声は、静かに告げる。


『汝に授けた能力は、いずれ分かるはずだ。時間がない。―――行くがよい』


汝の“大切”を、守りにな。


どくんと胸の内で何かがはねて、言葉と共に景色が飛んでいった。





『…………違えるなよ』


何かを案ずるようなその声は、黒く渦巻く空に吸い込まれ、雷鳴にかき消されて。あたしに届くことは、無かったのだけれど。




焦燥続行能力爆発二秒前。



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