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timeⅤ

パラ、パラ、と静かな音がやけに響く図書館。ふと空気の揺れを感じてあたしは顔を上げた。


「こんにちは」

「……」

振り向かないまま声だけで、もう気付いていると告げれば、ふてくされたような沈黙が返ってきた。一度止まった足音が再び嫌そうに動き出して、あたしの近くで止まったのに、忍び笑いを零す。視線を感じて斜め上を見やると、呆れたように半目でこちらを見るオッドアイに黒髪の、生意気そうな少年がいた。

「今日も勉強?偉いわね」

「……」

隣の席に座る彼の顔を覗き込みにっこり微笑めば、ぷいと目を逸らされる。視線は言葉より雄弁で、横目に見るその瞳だけで言いたいことを察するのにもだいぶ慣れたと思う。




この少年は口が利けないのだと気付いたのは、彼と出会って三日ほどたった頃だった。


名前を聞いても答えない、話しかけても何も言わない。最初はあたしの言葉が間違っているのかとも思ったけれど、同じことを王宮の人に言ったら通じたのでそうではないと気付いた。ただ話したくないだけかもしれないが、毎日あたしの隣に腰掛ける彼に、そうだとは思えない。



理由は知らない。名前も分からない。


だけど、そんなことは別にどうだって良い。ただ今の所邪魔だとは思わないから、そばにいるのを許してやってもいいだろう。そんな風に見下した考えでいたのがバレたのか、怪訝そうな顔をされた。が、とびっきりの笑顔で誤魔化す。



………嫌そうな顔すんじゃないわよ。あからさまに胡散臭そうな顔されれば、元々そう高くはないあたしの沸点は今にも突破寸前。笑顔のままひくりと引きつる口元を抑えつけると、ふんと目を眇めた少年が立ち上がった。

こちらに向かってくるから何をするのかと軽く身構えたが、――あたしの脇を通り過ぎていく気配に、小さく瞬き。本を取りに向かっただけだったのね。彼にまで警戒するとか、ピリピリしすぎかしらと苦笑する。振り返れば立ち止まった少年とバッチリ目があって、舌を出して笑った彼に……今度こそ口端が引きつるのを止められなかった。ホント、生意気なガキ。



異世界で過ごすあたしの毎日は、ごく狭い範囲で完結していた。

言葉通りの、場所という意味ではほとんど王宮・図書館の往復の日々で、人間関係という意味でも王宮で関わりを持っているのはほんの僅かな人間だけだ。


………それがあたしに、“魔王にならない”という逃げ道を与えるためのシザーズの策だということも分かっていて、だからこそ、イラつく。あざといというかなんというか…。有り難いとか思いたくないし、第一わざとらしいのよ。



――――話を戻すと、あたしがこの王国内で言葉を交わすのは、オルガとレノ、それから稀にシザーズとオッドアイの少年、その程度だという話だ。元々そう万人受けするような性格でもなく、シザーズの命か遠巻きに見られていれば他と知り合う機会もそうない。せめて王位に着くことを了承すれば別だろうが、と考えかけて首を振る。そしてその数少ない知人の一人が廊下の向こうから歩いてくるのが見え、あたしは歩くペースを落とした。


「おはよう、レノ」

「おはようございます、ユラ様」

相変わらず子供みたいなはにかみ笑顔であいさつを返すレノは、とても上位軍人だなんて思えない。しかも情報源が無く噂に疎いあたしですら、興奮した声で囁かれる噂を耳にする、それぐらい屈強な戦士らしい。ホント、人は見かけによらない。

似合わない軍服姿を見つめていると、急にレノが聞いて下さいユラ様、と少し上擦った声で切り出してきた。握った両手は微かに震え、明らかにいつもと様子が違うのが見て取れる。

「どうかした?」

「これ、見てください」

尻尾を振りそうな勢いで珍しく朝からテンションの高い彼を、微笑ましいなぁと思いつつ見つめていると、レノはちょいちょいと自分の服の裾を引っ張って示していた。

「…?あら、」

「!気付きましたか?」

へへんと誇らしげな彼をちょっとからかってやるつもりで、微かに首を傾げ心配そうな顔をする。


「………サイズ、合ってないわよ?」

「違いますよ!」

そうじゃない!と言わんばかりにとたん涙目になるレノに笑いがこぼれた。いいわよね、飽きさせなくて。それでも恨みがましげにこちらを睨むレノを放置するのは楽しいが、さすがに少々可哀想なので軽く頭を撫でて分かってるわよと微笑する。ふわふわで気持ちがいい。……あぁそう言われてみれば、視線が上がった気がするわね。


「身長、伸びたのね。裾も袖もちょっと余ってる」

「はい!思えばユラ様と初めて会ったころに成長期が来たようで」

「ふふ、良かったわね」

嬉しそうにニコニコするレノ。正直身長が伸びることの何がそんなに嬉しいのかあたしにはよく分からないが、はしゃぐレノは素直に可愛いと思う。まぁ、彼の場合身長をというよりそれで幼く見られすぎることを気にしているのだろうが。

……なんとなく、身長は伸びても顔や雰囲気は変わらないといいな、と思った。



「……あ、そうだ」

「どうかした?」

ひとしきりはしゃいだ後小さく呟いたレノに尋ねると、実はまた本題は別なんですと申し訳無さそうな顔をした。別に身長の話が本題でも構わないのに。

「今日の“見学”なんですが…、無しにして頂きたいんです。というか、今週一週間ほど」

すみません、と頭を下げるレノに、それはいいけどと眉を寄せる。立場上、レノがあたしの護衛につけなくて“見学”が無くなるのはあるだろうなと思っていた。むしろ今まで毎回来てくれてたのが不思議なくらいだ。というか多分、あたしとのことが最優先とされていたのだろうけど。ただ気になったのは、今までがそうだったのに来れなくなるような、一体何が起こったのか、だ。


「何かあったの?」

「はい、あの、ユラ様は、南東部地区の実情はご存じですよね」

「……知ってるわ。一度行ったもの」


文字通り追い詰められた大陸の端、海を背にした北西部に位置するこの国で、山脈に阻まれた東側と比較的温和な民族が暮らす国と隣接した南側は、割と安全である。問題は内陸に向かってせり出した南東部で、ここが……頻繁に大陸北部の国、ステルフォン帝国からの襲撃を受けている。しかもなお悪いことに帝国は内陸の大国バレティゴから支援を受けており、ムラサ王国は圧倒的不利に立たされているのである。もちろん兵士の質はこちらの方が断然上だが、設備や人数はあちらの方が上だ。そして何より、容赦ない襲撃に村人達の被害は大きい。


非戦闘員にまで手をかけるという帝国のやり方を思い出して吐き気がして、顔を歪めるとそれに気付いたレノが溜め息をついた。

「あそこには僕の知り合いも多くて…。本当は第三番隊はあそこの担当ではないんですが、無理を言って少し様子を見に行かせてもらうことにしたんです。この間大きな襲撃を、受けたばかりですから。心配で」




そう言って目元をかくレノに――――……




ぞわり、と。


凄まじいほどの悪寒が背中を走り抜けて、一瞬固まる。


「っな、に…?」

「ユラ様?」


「あ、いや……。なんでもないわ」

気のせいだろうと首を振って、気遣わしげにこちらを見るレノに向かって微笑むと、彼は思い出したように微かに口を開けた。

「あぁ、そうだ。ユラ様、あの、宰相殿から伝言をお預かりしていて」

「伝言?」

繰り返すと、ええ、とレノは頷いた。シザーズから伝言だなんて、きっとろくなことじゃ無い。そう思って適当な語調になるあたしとは対照的に、レノは緊迫した声音で答えた。



「三日後の午後、謁見の間で待っていますと。………王と、お会いしていただきたい、そうです」




思えばそれが、その日が。様々な意味であたしにとって“始まり”だったのだ。




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