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timeⅣ


ここからすべて異世界の言葉になります。



 言葉の使い方を少し習えば、会話は割と容易である。それはどんな言語でも同様なあたしの持論で、この異世界の言語にも適用される。だけどそれは、逆に言えば会話は容易でも読み取れるようになるまでは時間がかかるってことで、ちょっと喋れるようになったからといって読み書きまですぐに出来るようになる訳じゃない。


 ましてや、重厚な歴史書なんて。日本語に翻訳してくれる辞書はもちろん置いてないし、あたしは涙目になりながら自力で頑張るしかないのだ。


 ――オルガやレノに頼る、という手段は最初から無い。誰かに頼って調べるわけには、いかない。




「そ、れにしても…」





 この量は、無い。


 頭が痛い。目がじんじんする。独り言にすら必死でこの国の言葉を使うから、思いがけない理由でこの国が嫌いになりそうだ。そんな現実逃避じみたことを考えても、目の前の山は無くならない。


 テーブルの上に積み上げられた本の数に目眩がしながら、一番上に置いたものを手に取った。


「う、わ!!」


 バサバサバサ、と音を立てて盛大に本が雪崩落ちてくる。“王位継承の歴史”と書かれた本が尻餅を付いたあたしの頭の上に乗っかって、泣きそうになった。


 もういや。





 建国初期、ほとんど鎖国状態だったこの国の学術水準は低かった。世界中から拒絶されて、知識をどこかから仕入れることが出来なかったためだ。


 その状況を憂いた知識人であったらしい当時の魔王が建てたのが、この王立図書館。魔族であることを隠し、秘密裏に小さな貿易を重ねてこれだけの書物を手に入れたというのだから大したものだ。町と王宮との境目にあるこの場所は国民なら誰でも利用可能で、今日は午後の“見学”を無くしてわざわざ来てみた、のだが。


「やっぱりまだ、無茶だったかしらね…」


 深く、溜め息をつく。

 言語の勉強を始めて3ヶ月、基礎は掴めてきたからと来てみたが、目的の歴史的な文書は古語が用いられており読むのは至難の業だった。日本語が喋れても古典を完璧に理解できないのと同じだ。しかも内容は論文のように難解だから、あたしが欲しい情報を手に入れられるくらいになるまでは今しばらく時間が掛かりそう。



 それでも、分かったことが何もない訳じゃない。


 その国の本質を、辿ってきた歴史を――一番平易に理解できるのは神話だと、あたしは思う。日本神話然り、ギリシャ神話然り。当時の為政者の思惑を存分に含んで、だけど真実に迫った断片的な情報が、多く隠されている。そしてこの国ではその神話はお伽話ではなくほぼ歴史そのものに近い。それを読んでみた結果……シザーズが話した以上のことも知れた。



 大地の神、ニルヴァーン。



 それが、魔族達の信仰する神の名前。


 およそ属性的な点で雑多な印象を受けるこの世界は、宗教でいうなら多神教と言えるだろう。RPGのように明確にきっちり分けられた分類は存在せず、世界には数多の神がいるとされ実際そのようだ。そしてその神々は皆力に見合った数の精霊を伴っている。その精霊が、つまり「願いの鏡」を通じて適合者の次代魔王を導く、というのが召喚の詳細だ。



 ここまではいい。問題はここからだ。あたしがシザーズから話を聞いて一番に疑問に思ったこと。それは、


――――魔王になる、とは。形式的にでなく、事実的に……一体どういうことなのだろう、ということだった。



 シザーズは神から力を与えられるのだと、そう言った。恐らく、魔力の類。だけれど、あたしはまだ、その“力”が……自分に備わったとは、感じられていない。


 もしかしたら洗礼とやらを別に受けなければならないのかとも思ったが、“魂が神の祝福を受け入れる準備が整ったとき”…つまり来るべき時に発現するらしい。


 確かに最終的には備えるはずの、力。魔王の力については、不思議なほど歴史書では触れられていなかった。周辺国に厭われているという魔族領の、トップたる魔王の能力について他国に知られる可能性を少しでも減らしたいからだろう。神話のようなふわふわした話でしか語られていない。けれど想像は難くない、と思いながら、あたしはペラリとページを捲った。



 リーアン・ユグノア著、『魔術創史』、比較的平易な言葉で書かれたその本には、魔術の始まりと共にその基礎も記されている。

 そして魔術の一種に、“空間”を意味する言葉があった。“空間”“物質”“転移”、そんなところだろうか。それらの言葉が連なれば、考えるのは一つ。…次元転送だ。


 もしかしたら、自分の能力で元の世界に帰れるのではないか。


 もう一つ、その可能性があるのが時間に関する力。時間を巻き戻す、なんて三次元で生きる限り本当に可能なのかと疑わしいが、ここは異世界だ。何でも有りなのだろうと思うしかない。




 考えて、静かに息を吐く。なんとかなるかもしれない、帰れるかもしれない。そう思えば、王宮に向かう足も自然弾んだ。




―――――膨大な量の魔術から、それらの能力が与えられた可能性など、ほとんど天文学的数字だとか。わざわざ呼び寄せた人間を、“神様”がそう簡単に逃がすはずはないだとか。そんな事実には、気付いていない振りをする。



 だって、そうでなくては、きっとあたしの気が狂ってしまうから。我に返れば訳の分からないこの状況で、まともに考えてなんていられなく、なるから。それに、変わりつつある自分にも、気付いているから。取り返しが付かなくなる前に、早く、早く。



「………?」



 ふと。視線を感じて、鬱々とした考えを断ち切り顔を上げる。ゆったりと辺りを見渡せば、木の後ろの影が目に入った。


「…子供?」


 きょとんと見つめたままでいれば、背の低い、実年齢かは不明だが人間で言うと10歳前後の少年も、こちらをじっと見つめ返してくる。50mもない距離、固まったままお互い見つめ合う。


「……」

「……」


 その時、あたしは彼の両目の色が違うことに初めて気が付いた。片方はウサギのような紅い眼、もう片方は、


「……」

「……あっ」


 一瞬眉根にしわを寄せ、少年は踵を返して駆け去ってしまった。その表情がやたらふてぶてしかった気がして、ちょっと首を傾げる。なん、だったのかしら。


 まぁ気にすることは無いかと肩を竦めて歩き出す。




―――それが、オッドアイの少年との出会いだった。

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