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time∞

「――ようこそ、勇者さん。」


ノックもなしに部屋へと飛び込んできた青年とそのお供たちに、あたしは嫣然と微笑んだ。全く…相手が魔王だからって礼の一つもつくせないのはどうかと思うんだけどね。


頬杖をついてイスにゆったりと腰掛けたままでいると、あたしのような女が魔王だという事実への驚きから復活したらしき彼らがやいやい言ってくる。あらあら、喋る前に攻撃の一つもしなさいってのよねぇ?思いながら指でつい、と空をなぞると、彼らはピタリと喋るのを止めた。あはは、大したことないこと。そのままくるくると宙で指を回すと…彼らはゆっくりと部屋の中心へと集められていく。


――1人を、除いて。


「な、何を…?」

不思議そうに口を半開きにするのは、いいけれど。こういう時にあたしを叩くのが戦いのセオリーじゃないのかしら?あたしは戦うのは余り得意ではないから、よく分からないけど。


「さて、と」


問いには敢えて答えないまま一行に顎をしゃくってやると、頷いたヴァルド――あたしの部下で魔族なんだけど―…が、彼らを外へと運び出しに行った。


「!あんた!」

「あぁあぁ、そう気色ばまないでちょうだい。戦うつもりはないの」

「え…?」

一気にいきり立ったはずの勇者さんは、怪訝そうに構えた剣を少し下げた。なんだか気が抜けるわ。――…まぁ、ともあれ。


「戦闘ではない、そう…、きわめて政治的な話。外交ね。」

戸惑う勇者さんににこりと笑って、告げる。


「――有沢龍斗さん、我々と取引をしませんか?」


さぁ、準備を始めましょう。









リコールの準備はお済みですか?










ドォン、と大きな音が城内に響いた。何事だ、敵襲かと兵士たちは色めき立つが…しかし。


「ごきげんよう、人間の皆様…」


ふ、と王宮の廊下で上品に微笑むのは見知らぬ女であった。ただ城に訪れたならばきっと丁重にもてなされたに違いない、高貴な雰囲気すら纏う美女だ。長い黒髪に理知的な青の瞳。誰もが感嘆の息を吐きたくなるようなその美しさに不釣り合いに―…彼女の背後の窓は割れ、そして。


「…怪我は?」

「大丈夫よ、」

傍らで心配そうにするのは、明らかに、人間ではない。形は人のそれでも禍々しい気を纏う、魔族の男だった。


「な、んだ貴様ら!」

「魔族…!勇者、リュート様は…、」

「バカ、リュート様は旅に出られている!」

「クソ、こんなときに…!」

慌てて剣を構える兵士たちにも、女は眉一つ動かさない。そうかあの勇者は、と頭の中で少しだけ考えて、けれどすぐに小首を傾げて…笑う。


「少し、出る場所を間違えたわね…。移動しましょ」

「あぁ。―…こいつらは?」

「ムダに消すのはよくないわ。とりあえず、」

つ、と女が宙で軽く指を振ると、兵士たちは一点に集められた。ハッとして動こうともがけど、空間ごと拘束された彼らは動けない。またね、と目を細める女が消えたのを、誰もが為す術もなく見つめていた。






「さて――…こんにちは?」


静かに微笑み視線を向けても、王の顔色は優れない。困ったわ、突然部屋に現れたのがいけなかったのかしら。…なんて、それだけが理由ではないのは知っているけれど。ひ、ひ、と息をもらし背後の壁にはりつく王にため息を吐く。何にしても、視線が自分ではない人間にばかり向いているというの、あまり好かないのよね。


パチンと指を鳴らすと背後で鍵の閉まる音がして、王は悲鳴じみた甲高い声を上げた。怯えた視線がこちらに向いたのを確かめてから口を開く。


「ごきげんよう、王様―…。あたしはユラ、現職魔王、よ」

「…そ、そんな筈はない!」

最上級のあたしの笑みに一瞬見惚れていたようだたったけれど、王はハッとして叫んだ。まぁきっと、勇者―…龍斗はそんなこと言わなかったでしょうしね。だから旅になんて出たのかしら?


「あら、なぜ?」

いかにも分かりませんという顔で目を瞬かせ首を傾げると、吃りながらも王は言った。

「き、貴様は…、勇者であるリュート様が倒したはずだ!一行の者もそれを確認している、生きているはずがない!!大体、お前のような女子(おなご)が魔王など、」


「侮らないでくれるかしら」


刹那。

抜いた短剣を首筋に当てひたひたと動かす。確かに肉弾戦…ていうか戦闘全般得意ではないけれど、元の世界ではお嬢様だったもの。護身術くらい習得してるのよ?首を動かさずに横目でそれを見つめる王の様子は見ていて楽しいが、汗が不快。伝ってくる冷や汗にあたしは眉をひそめた。


「女だから?…何かしら。――そういう物言い、大嫌いなの。」

「ヒッ…!」

「―――ユラ、」

顔を近づけ目を細めたあたしに、寄り目になる王。それを少し非難するような声を上げたのは、


「……ヴァルド」

「目的を忘れるな。早く用件を済ませろ」

という割にはこちらの事情には殆ど興味なさげに欠伸をもらすヴァルドに苦笑する。早く帰りたいだけなんでしょ。

「そうね。――…じゃあ、王?」

「は、はひぃ!」

呟き短剣を首からはなして一歩下がる。ぺたんと尻餅をついた王は、こういう場面に慣れてないわけね。



「――…あなた、私の下につきなさい」



「は…?」

見下してそう言ったあたしを、王は呆気にとられたように見上げた。どうしたの、理解できない?と、敢えて不思議そうに目だけで問いかける。

「な、にを言っている!!仮にお前が魔王だというのは、信じるとしよう。しかし、魔族の者の下につけだと…!」

信じられないと首を振る、なんて。死と隣り合わせじゃないと危険に気づけない愚か者なのね。そういうのってスマートじゃないわ。


「…ユラ、」

イライラと再び短剣を握り直すと、諌めるようなヴァルドの声。…お見通しって訳ね。

「はいはい分かってるわよ。…王、それはつまり、我らが大国に対抗するということ?」

しょうがないから顔を引き締めて、国王に問い返す。返って来たのはどうしても隠しきれない異種族への侮蔑のイロ。

「は…、大国だと?魔族など、まとまりのない村ともいえぬ集団であろうが。こちらには勇者殿もおるのだぞ。あの方が戻ってさえくれば、貴様等など…!」

虚言妄言大言あと虚勢を張るのはどうやらお得意なご様子。――だけど。

「“村ともいえない”?…本当、嘗めないで欲しいわね。あたしが魔王として君臨する以上、そんな状況にはさせないに決まっているでしょう」


やれやれ、と大仰な動作で両手を広げ肩を竦めてから、左手でつう、と宙に円を描く。するとそこの空間に穴があいて、あたしはやおらそこに手を突っ込んで漁った。ないなとしかめっ面をしていると、凄く嫌そうなカオをしたヴァルドがぼそりと呟く。

「…何度見ても慣れん。気持ち悪い技だ」

感心したように言わないで欲しい。

「失礼ね、全く…と。あぁ、これこれ」


けれどそんなことは気にせずに、あたしは驚く王の前で神を広げて読み上げる。


「えぇ、と…。――“バレティゴ王国国王陛下殿。急なお手紙となり誠に申し訳ありません。しかしこれは急を要する用件であり、慌て筆をとった次第にございます。突然のことに戸惑われるやもしれませんがこれは人類としての大いなる進歩であり、またユラ王と共に国をまとめ上げてゆくことは必ずや平穏への道に繋がります。つきましては”…―」


そこまで言ってパチンと指を鳴らす。空気が微かに疼くように動いて、巻き起こる風が髪を凪いだ。


「――どうかご英断を?陛下」


轟、という強い音。

強く吹いた風と共にあたしの長い髪と、それから大量の紙の束が宙に舞った。ヒラヒラと舞い降りてきた紙の一枚を慌てて掴み、王は、そして絶句する。

「な…、ステルフォン帝国、ノイラド共和国、それにマリドナ公国だと…!?」


その手にあるのは全て、そう、王国への“英断”を求める手紙。

「分かってもらえたかしら?大小30の国家、この世界の主要な国の全てが―…我々の“側”についている。あなた方を、除いてね」

クスリと笑うと、王はかすれた悲鳴のような声を上げた。

「そんな、バカな!戦争が行われた様子などない、なのにどうして……!」

「ええそうね、だって戦争はしていないもの」

「、は…?」絶句する、年老いた権力者。危険すぎるこの世界にいると、何事も暴力でしか解決できなくなるのかしら。やっぱり中庸が一番よね。…けれどこれは、この絶句は、当然の事かもしれない。地球という枠ですらこんな風になることはこの先もきっとない。

「まぁでも、今日はそんな話をしに来たのではないのよ、…“中枢の狸”さん?」


ふわりとまた笑顔を浮かべ、博愛主義的に両手を広げる。笑顔は外交において凄く大事よ。言葉が通じなくても簡単に行為を示せるから。ま、それでもその裏の裏を疑って行かないといけないのがこの世界なんだけどね。

「既にそれらの国は、ベルフィオラ連合王国として一つになっている。…さて、30以上ある国々の中で最も広大な領地と権力を持ち、大陸の中心に位置するバレティゴ王国、国王にここで問題です」


いち、と口の形だけで呟いて、あたしは指を一本だけ立てた。

「…“中心”、“中枢”に位置する王国は、全ての方向からの侵略を防がなければなりません。それは可能でしょーか?」

「貴様…っ!」

憤りぎりっと奥歯をかみしめる王にに、と口の端をあげると、ちらりと視界に写ったのは、窓の外を退屈そうに眺めながら欠伸をするヴァルド。あなたさ…抑止力って自覚あるの?


「幾ら世界最大の国とはいえ、その他全ての国相手に、勝つことなんて可能でしょーか?」


敢えてのアホっぽい語尾。ニコニコと二本指を立ててあたしは一心に王を見詰めた。

「そうやって、他の国も…!」

「あぁ、何か勘違いしているようだけど、こんなことはしていないわ」

こんな乱雑な方法は…ね。

さん、と言ってまた一本指を立てる。これはさっき思い付いたんだけどね。


「…しばらくしたら帰る、と告げた勇者サン。だけどその行き先は?理由は?しばらく、は…どのくらいかしら?」


ザッと青ざめる王。それはそうよね、勇者さんがいなければこの国の戦力は半減。魔族に対抗しうる人間など、そうそういはしないもの。ま、今までずいぶんなことをしてきたわけだからそのツケが回ってきたんじゃないかしら、と他人ごとの様に心の中で意地悪く笑って。あたしはまた首を傾げた。


「あたしは第72代魔王、由羅・V・ベルフレイン。全ての質問の答えを知って、それでも我らに立ち向かうというならば。――……」


べろり、見せつけるように唇をなめる。


「連合国全て、受けて立つわ。思うまま蹂躙してアゲル。」

「…っの、悪魔…!」

「あら、失礼ね。ただあたしは、この世界をより良くしようとしているだけ。」

「何がっ……!野蛮人ごときが為政者の真似事など、片腹痛い」

わ、と言う前に、その首はゴトンと音を立てて床に沈んだ。あら、と目を瞬かせると、それからため息を吐く。後ろを振り返ると、とんでもなく不機嫌なカオをしたヴァルドの手が血に染まっていた。


「…野蛮人では、ない。それは寧ろこいつらの方だろう」


何か弁解は、というようにじとりと睨むと、観念したのかヴァルドは顔を逸らしてようやくそれだけ言った。あーあぁ、血が付いちゃったじゃない。ハァ、とため息を吐くと、ヴァルドの肩が微かにピクリと震えた。たぶん無意識だけど。

「…まぁ、いいか。民衆の怒りとか…まぁ、うん。なんとかなるわよね。というか、むしろ金食い虫を倒したワケだし…、感謝されるくらい?――あ、そういえば、王は確か入り婿…。王族じゃないのなら、王妃さえなんとか出来れば、うん。よし、――」

顎に手を当ててブツブツと思案して、やっと考えがまとまり顔を上げる。ヴァルドは胡乱げなカオだったけど、自分が計画を狂わせたことは自覚しているのか何も言わなかった。でも別に、コレも選択肢の一つではあったしそんなに狂ってはいないのだけど。


横に放置されたままの首を拾い上げて目線をあわせる。びちゃ、と足元で嫌な音がしたけれど、仕方がない。でも服が汚れるのはさすがに嫌なので首の止血。


「――…あたしは、異界より来たりし魔王。ドイツ系日本人貴族ベルフレイン家の次女にして、そう…力をもって国の頂点に立つはずだった人間。―――あなたとは、」



ひたり、乾いた口唇をその額に会わせると、その部分がボウッと淡い青に発光し、宙に浮かんだ。それを見て静かに笑い、踵を返す。



「格が、違うのよ」



――さぁ、世界征服といきましょうか。



(強いのは、体だけではないでしょう?)

(“ただの暴力”でしかない力は…嫌いなの)

(だから“そうでない力”を、ね?)




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