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タイムリミット 〜夜空の花〜

作者: 水月蒼也

連載の方とは書き方を変えてます。どっちのが読みやすいんでしょうねぇ……?

 天使【てんし】

 ――天界にあり、神の使者として人間に神意を伝えたり、人間を守護したりすると信じられるもの。心の清らかな、優しい人のたとえ。

 天使って、果たして本当に、優しく清らかで、慈愛に満ちているんだろうか。

 なかには口が悪くて、乱暴で、なんてのもいるんじゃなかろうか。

 ――そう、こんなふうに。



「どわぁ――――っ!」


 どっ………ぐわぁぁぁん!!

 鈍い、地を揺らすようなくぐもった音の後には、オレンジ色の光と、何かの爆発音。

 真っ青な雲のない青空の下に、華々しく大輪の炎は咲いた。


「う、うぅ〜っ……」


 真っ白なワンピースからすべて煤で黒く染めた人物は、仏頂面で瓦礫の下から這い出してきた。よく見ると腕も顔も髪の毛さえも煤で黒くなっている。


「だぁっ! っくそ、今回はぜってぇ上手くいったと思ったのに……」


 体に乗る破片を力任せに押し退けてから白金に輝く髪を片手でかき上げる。

 長い髪は体中に絡み付き、解くだけでも苦労する。普段は背中に美しく流れる髪も、こんな時は本気でいらないと思う。


「ちっ、やっぱひとりだと手が回んねぇんだよなぁ……、パシリでもひとりくれぇ連れて来っか」


 ものすごい悪態をさらっと吐いてから体中の煤を落としに掛かる。

 煤はまさに体中という感じで、いたる所が汚れていた。真っ白な長い腕も、白金の光を織ったような髪も、虹色に乱反射する瞳を飾る長い睫毛も。すべてが。

 真っ先に払いにかかったワンピースの胸元には不思議な材質でできた白い名札が揺れている。名前は“アスティッド=ランシェ”と彫られている。

 言葉だけを聞いていると男のようだったが、アスティッドはどこからどう見ても完璧に女性だったし、事実生まれてからずっとそうだ。

 天使と呼ばれるものに生まれたにしては少々――いやかなり、性格に難アリだったが、見た目だけは美の女神ともタメを張れるくらいに整っていた。黙って立っていれば陶器の人形のようだったが、いかんせん彼女は黙って立っていてなどくれなかった。


「はあ……上手くいったのは――あんだけ作って一個だけかよ……」


 アスティッドの手のひらのなかでコロコロと転がっているのはひとつの小さな球だった。何枚も紙が貼られ、一本の糸が伸びている。アスティッド達が住む天界では、普通は目にしない代物だった。


「……フィーんとこ行くか」


 いきなりぼそっと言って背中の漆黒の翼を広げた。本来ならば天使には有り得ないはずの漆黒の翼を。

 鳥の羽とは違い、光を集めたようなそれを羽ばたかせて風を起こし、アスティッドは空へと飛び立った。



 真っ白な建物。大きな窓がいくつもあり、それぞれに表札がかかっている。そこは天使達の研究棟だった。様々な分野での研究がその棟で行われ、研究員にはそれぞれ一部屋を実験・研究室として与えられている。

 アスティッドの探す人物もそこにいた。一番上から数えたほうが早いような高い位置にある窓の表札にはフィルカネル=レイトワとある。

 研究棟には当たり前だがきちんとした入り口があり、それぞれの階を結ぶ階段だってある。しかし、みずからの背に翼を持つ天使にとっては、窓から出入りするほうがはるかに簡単に済む。そんな理由から窓にも表札がついていた。

 窓から翼をはためかせて入り込むと、その研究室の主でありアスティッドの友人でもあるフィルカネルは、ぎょっとして客人を見た。

 その理由はフィルカネルの言葉で容易に知れた。


「アス! あなた、その格好でここまで来たんですか!? どうしてきちんと払ってから来ないんですか!」


 言葉通り、アスティッドの全身はまだ煤で黒く染まっていた。


「あー………」


 声を漏らして長く流れる髪をかき上げる。すると、その拍子に髪からは黒い粉がぱらぱらと床に散らばる。

 それをみてアスティッドはあからさまにしまったという顔をしておろおろと親友の顔をうかがう。


「あっ。ご、ごめんフィー。わざとじゃ……」


 その慌てようを見て、フィルカネルは片手を口に持って行ってくすっと吹き出す。


「怒っていませんから。だからその場で煤を全部落としてください。そうすれば後で片付けやすいでしょう?」

「う、うん……」


 多少ばつの悪そうな顔でアスティッドはおとなしく煤を払いはじめる。

 肩の辺りまで払ってから、背中に収まっている羽も分かりづらくも薄汚れているのに気付く。


「………。フィー、これ落としてくんねぇか?」


 憮然として側に立っていた友人に声をかける。

 フィルカネルは、しょうがない、というように微笑んで、夜明けの空の色のような紫色をした肩まで伸びた髪の毛を軽やかに揺らして頷く。


「……アス、今回の敗因は?」


 払いながら淡々と聞く。


「あー、今回は火薬の量は完璧だった」

「では、その火薬の配置と紙の巻き方はどうでした?」


 フィルカネルが聞いた途端、アスティッドは下を向いて黙り込んだ。アスティッドがこんな態度を取る時は、図星を言い当てられた時。

 フィルカネルは純度の高い紫水晶の瞳に、笑みを浮かべた。


「……今度はそれが課題ですね。頑張ってください」


 アスティッドの腰まで揺れる髪に触れながら言う。


「楽しみにしていますから」

「おう」


 とだけ返して、アスティッドは白く長い腕を振り上げる。

 フィルカネルには、それが照れ隠しなのだと分かった。この美しくも破天荒な友人は、自分とは違った理由で感情を表すのが得意ではなかったが、それを発見できるとフィルカネルはいつも嬉しくなる。

 アスティッドもフィルカネルも天使と人間に言われる存在だった。人々に幸福を授け、神に召された者を迎えに行く。

 天使にも学校のようなものがあって、成績を基に正天使になれるか否かが決まる。

 フィルカネルは成績優秀で、常にトップの位置にあったが、アスティッドは違った。

 いつもやる気が感じられず、順位も下から数えた方が早いくらいだった。代わりというように、本来なら天使には関係なさそうな火薬に興味を示す。もう、教師の上級天使も諦めているようだった。

 アスティッドはいつも他の天使の注目の的だった。その性格や成績や素行よりも、容姿が目を引いていた。

 長く滝のように流れる白金の髪。光の角度などによって、いくつもの色を見せる瞳。瞳の周りを飾るのは、髪と同じ白金の長い睫毛。濃い桃色をした、薄い唇。どのパーツも整っていて、それらすべてをきめの細かい白い肌が際立たせる。

 黙って立っていれば、儚げで誰もが守りたくなるような、そんな雰囲気。喋り方さえ気を付ければ、本当は声だって涼やかで心地よい。

 そして何より……翼。他のどのパーツも白や天使を象徴するような色をしているのに、翼だけは違う。

 アスティッドの翼は黒かった。他の天使が、白や淡い色の翼を持っているのに対して、アスティッドだけは違う。闇を翼に織り込んだような色。

 誰もが美しいと言いながら、近寄ろうとはしない。それでも、完璧な美を持って生まれたと、誰もが囁く。誰もが羨む。

 アスティッド=ランシェとはそんな存在。

 フィルカネルも、他の天使と多少の差こそあれ、羨ましく思わないわけではない。しかし、アスティッドはそんな負の感情を消してしまう。

 フィルカネルには心を許して明け透けに接してくる。それが嬉しくて、誇りに思えて、自分もつい笑ってしまう。

 フィルカネルには、アスティッドが物語のなかの登場人物のように完璧に見えた。


「そういや、一個成功したのがあるぞ」

「え、成功したんですか!?」

「おう。ナリは小さいけどな」

「どんなものができたんですか?」

「それは見てからのお楽しみってヤツだよ。これを見るには夜がいいんだよ。詳しい話は――シャルんとこで話すよ。呼ばれてんだ。あいつももう昼飯の時間だろうし、あいつの研究室行こうぜ。俺ももう腹減ったよ。実験で疲れたし。な?」

「……分かりました。シャリアンの所へ行ったら詳しく話してくださいね、アス」

「わぁってるって」


 答えながらアスティッドは背中の漆黒の翼を広げる。他の誰よりも艶やかで、光り輝いている。たとえ、闇を思わせる黒だとしても。

 フィルカネルも背中の翼を広げる。ただし、それはアスティッドのような漆黒では、もちろんない。

 天使の翼は、鳥のようなふわふわした羽ではなく、光の集合体のようなもの。持ち主の魂の性質によって色は変わる言われている。どの色が良い、という基準はないが、やはり誰もが純白の美しい羽に憧れる。天使の翼は、誰がイメージしても白だから。

 フィルカネルの翼の色は薄い青。真っ白なミルクに、たった一滴空の色を加えたような、どこまでも白に近い青をしていた。

 翼を広げ、二人は空へと舞う。



「シャ―――――――ル!!」


 シャリアンがいるのは普通に使われている研究棟とは違った、特別な場所にあった。そして、アスティッドはその建物を目指して、真っ直ぐに飛ぶ。風を切って、誰よりも速く。アスティッドはこの飛んでいる時間が、実験をしている時間と同じくらい好きだった。

 目指す研究棟はそんなに高い建物ではなく、部屋数も少ない(その代わりに一つ一つの部屋が広いのだが)。だからシャリアン=ティルスと名前の書かれた窓はすぐに見つかった。


「シャル! 居るかっ!?」


 開口一番にそう口にしたアスティッドに対して、部屋の主は琥珀色の瞳に呆れを映して呟いた。嘆かわしい、とばかりに長い緩く括ったおきのような静かな炎の色をした髪を揺らして首を振る。


「アスティ。何回注意すれば君は、もっと静かに入って来るようになるんだ?」

「………あ。すっかり忘れてた。わりぃ」


 悪いと言いながらもアスティッドはまったく悪びれずにあはは、と笑う。

 対する部屋の主――シャリアンも、もうとっくに諦めたようで、それ以上のことは言わない。


「しゃ、シャリアン、お久しぶり、です……」


 アスティッドの肩越しに声がかかる。


「やあ、フィル。……なんでそんなに息を切らしてる?」


 シャリアンが言うように、フィルカネルはまさに肩で息をする状態だった。応えようとしても激しく咳き込み、落ち着くまで時間が必要だった。

 そして。


「まったくアスったら、私が飛ぶのが遅いと知っていながらさっさと行ってしまったんです! 今日ほど友達がいがないと思ったことはありません!」

「ふぅん。けどまぁ、それだっていつものことだろう? アスティはまったく反省しないから、というより、まったく覚えていられないから、こっちが大人にならないと疲れるだけだ。だろ?」


 シャリアンが肩をすくめると、背中にたたまれた薄紅色の羽も微かに揺れた。

 フィルカネルは重たげな溜め息をついた。

 それは、シャリアンの言葉に反論するというよりも、納得の溜め息だった。


「はぁ……。そうなんですよね。私たちが大人にならないといけないんですよね。なのに私ったら取り乱して……ごめんなさい、シャリアン」

「いや。君の苦労は同じくらい分かるつもりだからな。お互い苦労するな、僕も君も」

「ええ……」


 頷き合って、そして重い、重いため息。妙なところで気の合う二人だった。


「おいっ! 俺にかけられた苦労話で頷き合うなっ! 溜め息つくなっ! あぁー! 二人して俺をじっと見るなぁ〜っ!」


 フィルカネルとシャリアンは、翼や素行や、火薬を扱うことなどから、この世界では異端といっても過言ではないアスティッドの、数少ない理解者だった。……たぶん。


「くそぅ。でっ!? シャル、今日俺を呼んだ用事は何だ?」


 一向に話が進まないと判断したアスティッドは、悔しいながらも話題を変えることにした。


「ああ。ちょっとアスティに――まぁ、二人でもいいんだが――頼まれてほしいことがあってね」

「ふん? 珍しいな。シャルが俺に頼みごとなんて」

「それだけ早く片付けたいのさ」


 アスティッドはいまひとつシャリアンの態度に疑問を感じたが、とりあえずそれは横に置いておくことにした。


「アスティなら適役だと思ってね。それで……実は、最近フェーナの森の入り口付近にどこから紛れ込んだのか、魔物が出るようになってさ。それを退治してほしいんだ」

「魔物!? フェーナの森って言ったら、居住区のすぐそばじゃないか!」

「ああ。だから退治してほしいんだよ。住人の話によると、出るのはせいぜい一メートルくらいの小物なんだ。でも、一般の住民はそれすらも退治する方法を持っていない。だから、アスティ手製の火薬でさっさと行って、さっさと片付けてきてほしいんだ。できるか?」


 シャリアンが淡々と聞くと、アスティッドは逆に嬉しそうに頷いた。


「よっしゃ。実験の成果を試せる場ができたぜ! んじゃ、ちゃっちゃと行って片付けようぜ!」


 動こうとした途端、アスティッドは袖を引かれていることに気づいた。


「ん? どうしたんだ、フィー?」

「アス、火薬って、今日せっかく作ったものを使ってしまうんですか?」


 それを聞いてフィルカネルの心配がよく分かった。たぶんアスティッドのために言ってくれているのだろう。


「へーきへーき。今日作ったのと、退治に使うのは別モノだからさ。今日作ったのは、攻撃用じゃないんだ」

「そう……ですか」


 フィルカネルはほっとして息をついた。


「そ。だから帰ってきてから見ようぜ」

「ええ」


 そして三人はそれぞれの翼を広げ、窓から飛び立った。



 さらにそして。


「はぁー。せぇっかく、試せると思ったのになー」


 アスティッドは心底残念そうにつぶやく。


「仕方ありませんね。次の機会ということで」

「すまない。まさか誤った情報が入ってくるなんて」


 そう。結局、三人が行って調査してみると、

 最近見たことのない動物が森の近くをうろついている。もしかしたら魔物ではないか。いやきっとそうに違いない。魔物だ! 退治の依頼を! ――ということらしい。

森を隈無く探してみると、本来その地域には生息しないはずの中型の……まあ、遠目なら魔物と間違えるかもしれないな、という感じの動物が見つかっただけだった。


「もっとしっかり確かめておくべきだった。本当にすまない」


 シャリアンが本当にすまなそうにしているのを見て、アスティッドはなんだか自分が悪いことをしている気分になった。

 ので、なるべく明るいことを言おうと努めて笑った。


「でもさっ、フェーナの森って意外と時間のかかる距離なんだな。往復だけでもう夜なんだもんなぁ。まあ、夜になった原因は誰かさんが飛ぶのが遅かったせいだとも言えるけど」

「アス! 人には得手不得手というものが……!」


 その反論を封じてすかさず言う。


「でも、そのおかげでちょうど新作のアレを見るのにちょうどいい時間にはなったよな」

「新作のアレ? なんかまた作ったのかい? アスティ」

「おう。火薬は火薬だけどな、攻撃したりするためのものじゃなくて、見て楽しむためのものなんだ」

「へぇ。どんなものなんだ?」

「それは見てのお楽しみってヤツさ」


 アスティッドは満面の笑みを浮かべる。



 少し時間が経って。

 三人は近くの広場に出た。今夜は新月で影もできずに辺りは暗い。


「アス! 何でわざわざこんなところなんです?」

「まぁ、いいからいいから」


 そう言って笑うアスティッドの手には、新作の小さな火薬玉と、直径がちょうど火薬玉がすっぽり入るくらいの筒を持っていた。その筒は長く、片方はしっかりふさがれ、地面に立つように土台が作られている。

 その二つを持って、二人から離れた場所へ小走りに駆けていく。

 そして、筒の中に火薬玉を入れ、火薬玉から出た線の先に、天使ならではの魔法のようなもので火をつける。

 途端、アスティッドは二人のいる場所まで全速力で走ってきた。

 二人が話しかける間もなく、アスティッドはたった一言叫ぶ。


「空! 空見て!」


 アスティッドが自分も空を見上げて指をさし、それにつられて二人が見上げた、ちょうどその瞬間。

 ひゅぅ――――――ん パアァンッ

 空気を引き裂く音と、何かが破裂する音。

 それと同時に、空には大きな花が咲いた。いくつもの色を持つ、大輪の華。


「「うわ………」」


 二人が異口同音に感嘆の声を上げる。


「これさ、花火って言うんだって。火薬は危険だけど、こういうのはいいだろ?」


 アスティッドの言葉が聞こえているのかいないのか、一瞬咲いた花の残像を、二人はいまだに惚けたように見ている。

 アスティッドは、今までの笑みとは違う、とろけそうな優しい笑みを作って思う。


(やっぱ、いくら実験が好きでもこういう反応がないと、やってけないよな)


 そして何も言わずに空を見上げる。アスティッドの目にも、しっかりと空に咲いた花の残像は見えていた。

昔の作品蔵出しパート2です。実は続きがあったりします。そんで昔の作品蔵出しシリーズ(いつからシリーズに……)はまだまだあるので好評だったら他の作品や続きをちょこちょこ載せようかな、と思ってます。感想や批評なんかがありましたら是非。

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[一言] 義妹愛の伝道師4&4Kです。 ……アステッド女性だったこと忘れてました(笑 一人称『ボク』は女性として認識できるのですが、『俺』はちと難しいようです、僕の脳内は。 今回のお話は、天使の仕事と…
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