違和感
ボクらは後ろめたい気持ちから逃れるように、いつもの公園へと急いでいた。曲がり角を越えるたびに、目的地へと近づいている安堵感とは裏腹に、いつもと微妙にちがう表情を見せる町並みに、ボクの意識はすっかりと興奮状態になっていた。普段は目に入らない建物の隙間、苔むした壁の黒ずみ――灰色の部分はやけにくすんで見えるし、苔の緑はどこか禍々しさを含んでいた。
公園へと続く坂道を登りきり――そうえいば、この坂を下から一気に自転車で駆け上がれるようになったのは小学校3年の夏休みだったか――まるで逃げ込むように桜台公園の中に駆け込んだ。
公園はいつになく静かで、今日に限っては、同じ学校の生徒が鬼ごっこをしている姿も母親に連れられた小さい子供が砂場で遊ぶ姿もなかった。
子供の笑い声もブランコのきしむ音も聞こえないその場所は、どこか無機質で不気味さを感じさせた。砂場の周りに置かれたコンクリートでできた動物たちが、まるで動物の死骸のように見えた。
桜台公園は、高台の上にあり、ちょうど学校の真裏になる。小さな子供が遊ぶための滑り台、ブランコ、鉄棒に砂場。どこにでもある遊具と、プロペラ飛行機を鉄のパイプで模ったようなジャングルジムがあった。砂場には野良猫のフンに時々大きなハエがたかっている。そのまわりにライオンやキリン、ゾウを象ったコンクリートのオブジェがある。ボクらはライオンからキリン、キリンからゾウへと飛び移る技を競う遊びをして、小さい子供の母親に不興を買っていた。
遊具のある、日当たりのいい遊び場と、学校の裏手へと続く散策路は、銀杏や桜の木が植えてあり、夏であれば風通しもよく、涼むのにちょうどいい。
ボクらは木が生い茂るところには行く気になれなかった。当然である。あれだけの毛虫を先ほどまで、躍起になって『退治』してきたのである。
S夫が塀の向こうから取り戻したカラーボールでキャッチボールをはじめたが、いつしかボールのぶつけ合いになり、そのボールを使った鬼ごっこにやがてそれは発展した。ボールを投げる、よける、ぶつけられたら、鬼は交代。シンプルだが、この公園には適度な障害物があるので、実にスリリングだ。そして何よりボクらは抜群に運動神経が発達していた。
誰も登れそうもない、壁や、木、飛び越えられないような幅の段差、潜り抜けられなそうなわずかな隙間もお手の物だった。
野球やドッチボールではたいした活躍できないけど、こういうことならクラスの誰にも負けない自信があった。それにボクらは他の誰よりも公園や神社の隅々まで知り尽くしている。
木の上から眺められる風景、どこの木にどの季節にどんな花が咲き、実がなるのか、どんな昆虫がどこに潜んでいるのか。トイレの屋根の上はどうなっているのか、公園のフェンスのどこに隙間があるのか。
この遊びの――ボール鬼ごっこの結末は大体決まっている。ボールが間単にはとれないところに転がってしまい、今度はそれを取り戻すことに遊びの主体が変わっていくのである。この日はU治が鬼のときにそれは起きた。
「あれー、ボールがないなぁ」
U治の投げた渾身の一球はS夫の肩口から首筋をかすめって散策路の木々の中に入り込んでしまった。
「あー、あー、なくすなよー、ちゃんとさがせよなー」
S夫は口を尖らせて――こんなとき、S夫はいつも口を尖らせる。
「へんなところに投げるなよなぁー」
みんなでボールを捜しに散策路へと入っていく。散策路の地面にはほとんど日が当たらない。それだけ木々の葉は太陽の光を独占しようと懸命に空に向かって伸びており、コンクリートで舗装されていない部分の土は、いつも湿った状態である。夕方も4時半を回ってだいぶ空気がひんやりとしてきている。散策路にはいって、みんなあることに気づいた。だれもいないと思っていた公園。
しかし、そうではなかった。『ヤマンバ』がいたのである。