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蟲夢  作者: めけめけ
第1章 扉
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校舎裏

 ボクらは校舎の裏に行くのに「お前、忘れ物するなよー」とわざとN子に聞こえるように言いながら、校舎の中に一旦入ってから、校舎の裏へと回りこんだ。こういうことをしているときは本当に楽しい。まるで秘密作戦を実行しているようなワクワク感がボクらの脳を支配していた。


 こんな時のボクらは最高である。


 校舎の裏側には高台があり、人目にもつきにくい。薄暗くて、じめっとしているし、ひんやりとしている。校舎の廊下側からは当然丸見えではあるが、木の陰や、物置の影など死角はいくらでもある。ボクらはリヤカーや壊れた机や椅子といった粗大ゴミが置いてある物置の裏側に集まった。


「やべー、超こえー」

 U治がいつもの調子でおどけながら、目を輝かせていた。

「早くしまおうぜ」

 S夫はN子が気になるのか、意外とこういうときはオドオドするタイプだ。ボクらは服の下からガムテープを出して、ランドセルを開けた。

「すげー、ビニールテープよりぜったいいいよ!」


 G朗はK山のグループから、小バカにされていた。跳び箱や鉄棒、縄跳びといった運動は得意なG朗だったがボールを使った遊び、特に野球は大の苦手だった。G朗には、キャッチボールをする父親や兄弟はいなかったのである。ドッチボールでは巧みな身のこなしで、最後まで残る運動能力を持っていたが、野球となるとバットにボールを当てることができなかった。なぜならG朗は、バットの使い方を知らなかった。人数あわせにG朗がいやいや野球をやった時のこと、G朗のバットを持つ手は、右手と左手が上下逆だった。K山はそれを大声で笑った。それ以降、左手を上、右手を下にするバットの握り方は「G朗打ち」と名づけられた。


「なぁ、なぁ、中はどんな感じだった?」

 ボクには、ガムテープよりも塀の向こう側の様子が知りたくて仕方がなかった。

「奥に行くと空地みたいになってて、けっこう広いんだ。植木とか盆栽とかいっぱい置いてあるんだ。で、古い小屋みたいなのが立っていて、扉のカギは壊れてるんだけど、開けようとするとギーギー音がするんだよ。気づかれたらやばいと思って、ちょっとだけ扉を開けて手探りで近くにあったものを持ってきたってわけ」

 ボクの質問に興奮した口調でG朗が答える――なるほど中はそうなっているのか。

「あとなんかよくわからない工具とかあったけど、あればヤベェじゃん、なんか高そうだったし」


 S夫が付け足した――いたずらの域を超えないこと――これも大事なルールである。ボクらはしばらく塀の向こう側の様子がどうだったかという話で盛り上がっていたが、S夫がランドセルに戦利品をしまおうとランドセルを開けるなり「うわー、入らないかもー」と言い出すと、みんなランドセルを開けだした。


 確かにガムテープは以外にかさばる。U治とS夫は当時流行していた多面式筆箱、両面が開くだけでなく、さらに3面、4面と開くようになっている筆箱を使っていた。U治とS夫は、しかたなくランドセルの中身をいったん全部出して、なんとか入れようとするが、なかなかうまくいかない。ボクとG朗の筆箱は缶ペンケースだったので、それほど苦労せずに入れることができた。


 不意にU治が立ち上がる。物置の壁になにかを見つけたようだ。

「ゲゲッ!」

 U治がいつものおどけた口調で驚きの表現をする。U治が見つけたのは大きな毛虫だ。

「ギョエー!」

 U治のテンションがあがる。よく見ると毛虫は一匹だけではなく、壁のあちこに張り付いていた。大きさは二センチ程度の小さなものから四~五センチくらいの大きなものまで、三種類ほどいた


「大群、大群、毛虫の襲来だぁぁぁ」

 G朗も調子に乗る――ボクは気持ち悪がった。一度にこんなにたくさん見るのはもしかしたら始めてかも知れない。そして嫌悪感。この世に存在してはいけないものなのではないか?

「退治しないと学校が占領されちゃうぞ」

 S夫はすっかり特撮ヒーローの世界に浸っている。しかし、小学生の発想は、そういうものである。


 次のゲームはスタートした。一つのミッションをなんなくクリアしたという達成感が、ボクらを更なる難易度の高いミッションへと使命感を燃え上がらせた。


 もはやボクらの目には、毛虫は害虫であり、ボクらには「悪いことをした分、何かいいことがしたい」という気持ち――害虫を退治すること――で道徳的な後ろめたさから逃れられるのではないか?と、そういう思いに駆られていたのかもしれない。


「そうだ!いいこと考えた!これを使っちゃおう!」

 S夫はランドセルにはいりきらないガムテープを包装袋から取り出した。ボクらが手に入れたもの……気のいい老夫婦の営む、みんなに愛される文房具店の倉庫から盗み出したガムテープ。小さな虫が張り付いたらまず生きては、逃れられない強力な粘着力。『後ろめたい気持ち』と一緒に家に持ち帰るはずの『戦利品』を使って害虫退治をすることで、『罪の意識』を置き去りにできるのだと考えたのかもしれない。


 かくして強迫観念によって捏造された絶対の正義を信じて疑わない小学生による、小さな生き物の大量虐殺が始まった。


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