黄色いビニールテープ
六時間目の授業が終わると、塾や習い事がある連中はさっさと帰ってしまう。ボクは掃除当番。同じ班のU治とT字ほうきで教室の床をはく。女子は黒板と机の上をきれいに拭いている。G朗とS夫はU治を廊下で待っているようだ。
「なぁ、もしかして、『あそこ』に行くのか?」
ボクはU治に聞いてみた。
「前にさぁ、S夫がボールを塀の向こうにいれちゃってさぁ。塀を登ろうとしたらしいんだけど、用務員のおっさんに見つかって入れなかったんだって。もう、ボールは見つからないと思うけど、ボールを取りに入ったってことにすれば、まぁ、誰かに見つかっても平気じゃないかって、S夫が言うんだ……」
クラスの中では誰よりも好奇心が旺盛なU治がこの話に乗り気ではないのは、U治に勇気がないからではない。U治の父親はPTAの役員なのだ。厳格な父親であり、もしこんなことをしたことがバレでもしたら、それこそ六年生にバレて半殺しどころでは済まないだろう。
「もう、何してんのー、早くしてよー」
班長のN子は、見た目はかわいらしいのだが、生意気で、気が強く、常に男子と女子の争いの中心にいる嫌な女だ。
『先生にいいつけてやる!』――何度この言葉に脅されたことか!
「うっせーなー、すぐに終わるよ!」
U治はクラスの中では人気もので、モノマネをしたり、おどけてみたり、人を笑わせる才能に恵まれていた。U治はともすればケンカになりそうなキツイ言葉を使った時でも、相手を怒らせないよう、すぐにおどけてみせる。
U治はN子の方に向きを変え、頭を激しく左右に振りながら、T字ほうきを激しく動かしす。
「おいそぎですか レーレレノレー」と得意のマンガのモノマネを始めた。
「もー、ふざけないでよ!」
言いながらN子は思わず噴出していた。
「U治まだかよ、早くいこうぜ」
教室の後ろの扉からG朗とS夫が顔をのぞかせて、U治をせかした。
「あー、もー、そんなに急ぐんなら手伝ってよねー」
U治は要領がいい。
二人のおかげで、掃除を早く終わらせることができそうだ。なぜならU治がふざけ始めると、N子が怒鳴るまで、U治はなかなかそれをやめない。
G朗とS夫の掃除のやり方は、いささか乱暴ではあったが、机を動かすのには人数が多いほうがいい。助っ人の活躍で掃除があっという間に終わるとG朗、S夫、U治は走って教室を出て行った。
「もう!廊下を走ったら、いけないんだからね!」
N子の声は、彼らの耳には届いていないようだった。
無茶しなきゃいいけど……。
ボクはT字ほうきをロッカーにしまうとランドセルをしょって、教室を出た。階段を降り、下履きに履き替えて校舎を出ると、U治たちが校庭の隅の方、鉄製の登り棒があるところにランドセルや手提げカバンを置いているところだった。校舎の窓から校庭は一望できるが、桜並木は登り棒のある校庭の端から始まっており、校舎からは死角になる。放課後に校庭で鉄棒や登り棒の練習をする生徒はだいたいあそこにランドセルやカバンを置いていた。
ちょっと様子をみてこよう。N子とか女子に見つかったら、それこそ後で何言われるかわからない。
木を登ること自体はそれほど難しいことではない。誰にも見られないように、しかも3人が登るのは、さすがにリスクが高い。
あー、もー、危なっかしいったら、ありゃしない!
ボクは彼らの見張り役を買って出ることにした。
「ボクが見張っておいてあげるから、すぐに戻れよ!」
「サンキュー!戻るときは向こうから合図するから!」
G朗はそういうと、すばやい身のこなしで桜の木をよじ登り壁に飛び移った。U治とS夫もこれに続く。
このとき、ボクらは開けてはならない扉『恐怖の入り口』に手をかけたことにまだ気づいてはいなかった。それは些細ないたずら心、子供の純真なる好奇心――他人の家に忍び込むとか、誰かの持ち物を盗むとか、そんな恐ろしいことではない――まだ見たことなのない場所が、学校のこんなすぐそばにあって、そこには新しい発見や宝物があるかもしれない。壊れたカギが修理されたら、もう二度と見ることができないかもしれない。
そう、小学五年のボクらには、こうする以外に他はなかったのである。