存在の確認
小学五年生のボク――その後、二度とあの悪夢にうなされることはなかった。確か、そうだったと思う。
私はすっかり忘れてしまっていた。
あれはただの夢だったのだろうか。
そう、いまならこう思える。あれはボクの罪悪感が生んだ幻覚。
現実ではないけれど、現実以上にリアルな体験。たしか、あのあと六年生が桜堂の倉庫に侵入し、ものをとった事が発覚し、学校で大きな問題になった。
そしてボクは、謝るタイミングを失ってしまった。
『このことは誰にも言わないようにしよう』
多分ボクらがずっと今まで守ることができた唯一の秘密だ。
私は今、どうしようものなく申し訳ない気持ちで一杯である。
でも、友だちは裏切れない。
もしボクらも関わった事がバレでもしたらU治がどんなことになっていたのか、そっちのほうが怖い。しかし――。
私は校舎を後にして、桜堂のあった空き地の前に立った。
「あの時はごめんなさい」
頭を下げ、その後手を合わせた。
誰にでも怖いものはある。
でも、それに打ち勝つことのできる力を、誰もが持っているのだと私は思う。小学校5年生のボクは成長し、自立し、妻と出会い、子を授かり、育てている。
息子は小学校3年生になるが、今、まさに恐怖を抱えているようだ。
「パパァ……、あっちの部屋に寝るとねぇ、シーンって音がするから眠れないよ」
娘は小学校5年生、時々夜中に泣きながらワタシを起こす。
「怖い夢を見たの。街にね、ひとりになっちゃって……。パパもママもいたのに、いつの間にかひとりで……。そしたらね、ゾンビみたいのが追いかけてくるの」
娘や息子はどうやって恐怖の打ち勝っていくだろうか?
私が闇の中に『存在を確認した恐怖』は今でも私たちのまわりに潜んでいるにちがいない。
人は過ちを犯す。そのことに気づかないときもある。自分では気づいていなくても、もう一人の自分――潜在意識の中にある『悪を攻める心』は、ときに恐怖という形で襲ってくることもあるのかもしれない。
私は母校を後にし、子供たちの待つ公園へいった。
「ねぇ、ほかの公園行ってみようか。そこからは新幹線が見えたりするんだ」
好奇心旺盛な娘は行ってみたいといい、息子はもう少しここで遊びたいと言った。こういうときは姉の意見が通る。
息子はしぶしぶ私の後をついてきた。
思い出の公園。
――ヤマンバがいた公園は、昔とちっとも変わっていなかった。代わっているのは周りの風景である。
「きゃー、毛虫」
娘が地面を這う一匹の毛虫を見つけた。
「気持ちわるーい」
息子も怖がる。最近ではめったに見る事がない。
「この毛虫は、パパに会いに来たのかもしれないな」
子供たちは顔を見合わせ不思議そうな顔をする。
「わー、毛虫だ!」
そこに別の子供たちがやってくる。たぶん地元の小学生だろう。
「えーい!」
一人の子が、毛虫を思いっきり踏みつける。
「きゃー」
娘が悲鳴をあげる。息子は怖がり、一歩後ろに下がった。私は一瞬大いなる怒りを覚え、少年たちを睨みつけてしまった。
言葉は出なかった。
「このー、このー」
何度も踏みつける少年。彼の目には少しばかりの恐怖が宿っていた。私は少年に話しかけようと思ったが、何をどこから話せばいいのか、わからなかった。
「逃げろー」
少年たちはどこかに行ってしまった。
「いいかい。よく聞くんだ。小さな虫にも、それが毛虫でも命がある。命を粗末にすると、怖い事が起きる。そういう事が世の中にはあるんだよ」
「怖いことって?」
娘は怯えながら聞いてきた。
「お化けが出るとか?」
息子の発想は実にユニークだ。そしてときにそれは的を得ている。
「そうだね。それはきっとあの子達がこれから体験するだろうから、あの子達に聞けばわかるかもよ」
息子は首をかしげ、娘は少しだけ納得したような、だまされたようなそんな顔をした。
「でもね。逃げたらダメなんだ。逃げたらずっと追いかけられる。怖い夢にね」
私をここに呼び寄せた何かは必ず存在する。
私は――ボクはあの夜その存在を確認した。
そして今、再び確認した。
そういうことは『ある』のだと。
おわり