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蟲夢  作者: めけめけ
終章
19/23

存在の確認

 小学五年生のボク――その後、二度とあの悪夢にうなされることはなかった。確か、そうだったと思う。

 私はすっかり忘れてしまっていた。

 あれはただの夢だったのだろうか。

 そう、いまならこう思える。あれはボクの罪悪感が生んだ幻覚。

 現実ではないけれど、現実以上にリアルな体験。たしか、あのあと六年生が桜堂の倉庫に侵入し、ものをとった事が発覚し、学校で大きな問題になった。


 そしてボクは、謝るタイミングを失ってしまった。


 『このことは誰にも言わないようにしよう』


 多分ボクらがずっと今まで守ることができた唯一の秘密だ。

 私は今、どうしようものなく申し訳ない気持ちで一杯である。

 でも、友だちは裏切れない。

 もしボクらも関わった事がバレでもしたらU治がどんなことになっていたのか、そっちのほうが怖い。しかし――。


 私は校舎を後にして、桜堂のあった空き地の前に立った。


「あの時はごめんなさい」

 頭を下げ、その後手を合わせた。


 誰にでも怖いものはある。


 でも、それに打ち勝つことのできる力を、誰もが持っているのだと私は思う。小学校5年生のボクは成長し、自立し、妻と出会い、子を授かり、育てている。


 息子は小学校3年生になるが、今、まさに恐怖を抱えているようだ。

「パパァ……、あっちの部屋に寝るとねぇ、シーンって音がするから眠れないよ」


 娘は小学校5年生、時々夜中に泣きながらワタシを起こす。

「怖い夢を見たの。街にね、ひとりになっちゃって……。パパもママもいたのに、いつの間にかひとりで……。そしたらね、ゾンビみたいのが追いかけてくるの」


 娘や息子はどうやって恐怖の打ち勝っていくだろうか?

 私が闇の中に『存在を確認した恐怖』は今でも私たちのまわりに潜んでいるにちがいない。

 人は過ちを犯す。そのことに気づかないときもある。自分では気づいていなくても、もう一人の自分――潜在意識の中にある『悪を攻める心』は、ときに恐怖という形で襲ってくることもあるのかもしれない。


 私は母校を後にし、子供たちの待つ公園へいった。

「ねぇ、ほかの公園行ってみようか。そこからは新幹線が見えたりするんだ」

 好奇心旺盛な娘は行ってみたいといい、息子はもう少しここで遊びたいと言った。こういうときは姉の意見が通る。

 息子はしぶしぶ私の後をついてきた。

 思い出の公園。

 ――ヤマンバがいた公園は、昔とちっとも変わっていなかった。代わっているのは周りの風景である。


「きゃー、毛虫」

 娘が地面を這う一匹の毛虫を見つけた。

「気持ちわるーい」

 息子も怖がる。最近ではめったに見る事がない。

「この毛虫は、パパに会いに来たのかもしれないな」

 子供たちは顔を見合わせ不思議そうな顔をする。


「わー、毛虫だ!」

 そこに別の子供たちがやってくる。たぶん地元の小学生だろう。

「えーい!」

 一人の子が、毛虫を思いっきり踏みつける。

「きゃー」

 娘が悲鳴をあげる。息子は怖がり、一歩後ろに下がった。私は一瞬大いなる怒りを覚え、少年たちを睨みつけてしまった。


 言葉は出なかった。


「このー、このー」

 何度も踏みつける少年。彼の目には少しばかりの恐怖が宿っていた。私は少年に話しかけようと思ったが、何をどこから話せばいいのか、わからなかった。

「逃げろー」

 少年たちはどこかに行ってしまった。


「いいかい。よく聞くんだ。小さな虫にも、それが毛虫でも命がある。命を粗末にすると、怖い事が起きる。そういう事が世の中にはあるんだよ」

「怖いことって?」

 娘は怯えながら聞いてきた。

「お化けが出るとか?」

 息子の発想は実にユニークだ。そしてときにそれは的を得ている。


「そうだね。それはきっとあの子達がこれから体験するだろうから、あの子達に聞けばわかるかもよ」

 息子は首をかしげ、娘は少しだけ納得したような、だまされたようなそんな顔をした。

「でもね。逃げたらダメなんだ。逃げたらずっと追いかけられる。怖い夢にね」


 私をここに呼び寄せた何かは必ず存在する。

 私は――ボクはあの夜その存在を確認した。

 そして今、再び確認した。


 そういうことは『ある』のだと。



 おわり


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