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蟲夢  作者: めけめけ
第3章 蟲夢
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ゴメンナサイ

 ボクは自分がイヤだと思うことが、そのままこの世界に現れていることに気づき始めていた。

 でも、だからといって、この恐怖から逃れるすべはない。

 ひとつの恐怖は次の恐怖を呼び込む。もはや恐怖の連鎖はとめることができない。

 ボクはタオルケットにまとわりつき、或いは天井からこちらをじっと見ているヤツらが、ボクのからだを覆いつくし、パジャマのズボンの裾にある隙間、腕の袖の隙間、上着やズボンのボタンを留めているところのあいだから、ボクの肌をめがけてじわじわと迫ってくる様を想像しそうになって、頭を左右に振った。


 ダメだ、ダメだ、こんなことじゃ……。

 なにか、毛虫を撃退する手段を考えなきゃ……。

 毛虫を撃退する?

 そうだ、ガムテープ!


 ボクがそのことを思いついたとき、ヤツらはいっせいにざわめきたった。


 ヤメロー

 ヤメロー

 ヤメロー


 クルシィー

 クルシィー

 クルシィー


 ヤツらのざわめきはひとつの声になっていった。

 ボクは机の引き出しの置くからガムテープを取り出そうとした。

 ボクは強い気持ちで念じた。

 『ここにガムテープは絶対にある! なくなってなんかいないし、引き出しにカギなんか掛かってない!』


 ボクはすばやく布団から起き上がると机に向かって歩き出した。

 足元に蠢くものを踏みつけるイヤな感触を足の裏に感じながら、机の引き出しに手をかけた。

 『絶対に開く!絶対にある!』


 ボクは力いっぱい引き出しを引っ張った。


 ガシャガシャガシャ!


 勢いあまって机の上に散乱していた文房具が崩れ落ちる。


 ボクは机の引き出しを開けることに成功し、そして、あの忌々しいガムテープ――焼却されていたかもしれない。

 もしかしたら工場に捨ててきたかもしれないガムテープは、確かに引き出しの中にあった。

 ボクが暗がりの中でその存在を確認できたのは、ガムテープが禍々しい青白い光を放っていたからかもしれないが、今でははっきりと思い出すことができない。


 『これで!』ボクはガムテープを手に取り、テープを引き伸ばした。


 ビリビリビリ

 イヤな音だ。だけどこいつがあれば……『これで立場は逆転だ!』


 ヤメロー

 ヤメロー

 ヤメロー


 蟲のざわめきは一段と大きくなった。ボクは引き伸ばしたガムテープを両手に構え、それを床や壁や天井に向けた。


『今度はこっちの番だ!』


 さながらドラキュラに十字架を向ける姿に似ていたかもしれない。

 或いは刑事ドラマでダイナマイトにライターを近づけながら警官を威嚇する逃走犯か?

 ボクは森の獣たちがたいまつの火を恐れるように、毛虫もこのガムテープを恐れているのだと思った。

 一瞬、ヤツらのざわめきが停止した。


 静止……? 制止……? 正視……? 静思……?


 静かに、身を制し、じっくり見ながら、考えている。

 ワサワサとしていた『それ』は一瞬にしてひとつの集合体に変貌したかのようだった。


 ボクはヤバイと思った。


 そう、ボクは想像してしまっていた。

 ヤツらがなにがしらの手段で互いのコミュニケーションをとり、何をすべきかを理解し、その行動の準備をするためにこちらをじっくりと観察し、一気にその力を解放する瞬間を待っていることを……


 あっ!


 考えちゃいけない、想像しちゃいけない、感じちゃいけないんだ。


 恐怖を……、感じちゃ……、考えちゃ……、想像しちゃ……、い・け・な・い


 ボクは思わず自分のうかつさに悲鳴をあげていた。


 ゾワゾワゾワ


 ヤツラは恐ろしいほどの速さでボクの口めがけて跳躍あるいは飛翔あるいは猛進してきたのである。

 床に蠢いていた「それ」は、身をくねらせながら小さく飛び上がり、さらにその上に次の蟲がのしかかって飛び上がる。

 これを繰り返すことで蟲の波がボクの口めがけて跳躍してきた。

 天井にへばりついていたやつらは身体を振り子のように振り出すことでボクの口めがけて飛翔した。

 いつの間にかボクの身体にしがみついていたそれは、ボクの口めがけて恐ろしい速さで猛進してきた。


 口を手で押さえること、身体を動かしてよけること、口を閉じること。

 すべての行動が一瞬、ほんの一瞬遅れたのだ。

 気がつけば、ボクの顔はワサワサしていたし、ボクの口の中はグシャグシャしていたし、ボクの体中は裸で冬の芝生の上に寝転んだ時のようなザワザワした不快感に覆われていた。


 ボクは、恐怖に、ただ、じっと、耐えるしか、なかったのだ。


 『いやだ、いやだ、いやだぁぁあ!』ボクの心はついに壊れた。


 とにかに、ヤツらを止めなければ。ボクはボクにできることをするだけだ。

 ボクの両手にはガムテープがある。

 これでヤツらを止める!

 ボクはガムテープで自分の口をふさいだ。

 次の瞬間、ヤツラの目標はボクの鼻の穴に……。


 ここも止める!


 ボクは鼻の穴をガムテープで止めた。


 次は耳だっ!


 ボクは両耳が隠れるようにガムテープでぐるぐると自分の顔を巻いていった。


 大丈夫、これでもう大丈夫。

 ちょっと息苦しいけど、ちょっと聞こえないけど、ちょっと見えないけど。

 『でも……これで……だい……じょう……ぶ』

 『苦しい……見えない……聞こえない……動けない……助けて……助けて』

 『ボ・ク・ハ・マ・ダ・コ・ド・モ・ナ・ノ・ニ』


 クルシイ……ミエナイ……キコエナイ……ウゴケナイ……タスケテ……タスケテ


 いつの間にかボクの意識は「それ」と同化していた。

 ガムテープにぐるぐる巻きになったボクは、床に這いずり回り、穴と穴と言うところから侵入したヤツらといつの間にか意識が繋がるようになっていた。


 ゴメンナサイ……

 ゴメンナサイ……

 ゴメンナサイ……


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