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蟲夢  作者: めけめけ
第2章 闇
13/23

 結局ボクは、藤模様のタオルケットに包まって息苦しい一晩を過ごした。

 翌朝、今にも雨が降り出しそうな空を恨めしそうに見上げながら、学校へ行くことになった。

 それにしても――これから毎日がこんなイヤな感じなのか?

 あの桜堂の前を通り過ぎるたびに、あの気のいい老夫婦のしわしわの笑顔をみるたびに、あの細く垂れ下がった目の奥に、決して笑っていない瞳を感じなければならないのか?


 教室に入ると、U治が足に包帯を巻いているのに気づく。よっぽど傷の具合が悪いのだろうか?

「どう?」

「うん、大丈夫……。なんかばい菌が入ったみたいで、ゲロゲロになってるけど」


 どうやら、さすがのU治もおどけてみせるだけの余裕はないようだ。気がつくとG朗やS夫も集まっていた。

「なにもなかった?」

 G朗が意外なことをボクにたずねて来た。


「え?」

「S夫と朝来るとき話したんだけど、オレ、あれから家に帰るのに2回くらい車に引かれそうになったよ。S夫も帰り道に霊柩車をみたって」


 あのころボクらのなかでは霊柩車は不吉な存在で、それをみたら親指を隠さないと、身内に不幸が訪れると本気で信じていた。あんなことがあった日に霊柩車をみるというのは、それは、それは不吉なことである。


「お前ちゃんと、親指かくしたのかよ」

 U治がS夫にきく。

「それがさぁ、あまりに急だったんで、隠せなかったんだよ」

 S夫はうかない表情をしていた。

「これって、やっぱり昨日の……」

 G朗がU治の足の包帯を見ながらつぶやいた。

「そんなのただの偶然だよ!だってオレ、なにもなかったし……」


 『ボクは、嘘をついた』


 授業が始まると、ボクは、ボクらはとても陰鬱な気分になっていた。放課後、ボクらは学校の裏に焼却炉が気になって様子を見に行った。あのガムテープは全部燃やされただろうか? 焼却炉は白い煙を上げている。周りにはだれもいない。焼却炉のわきに、途中まで使ってあるガムテープを見たときに、言い知れぬ不安を覚えた。


「なぁ、あれ、やばくないか?」

 G朗は小さな声で言いながらみんなの表情を伺っている。

「もしかしたら、ばれるかもしれないよ」

 S夫は小さな声を震わせながら、すっかり怯えている様子だった。

「ねぇ、今なら誰もいないし、あれ、もってかえってどっかに隠しちゃおうよ」


 U治はあのことが親にばれるのはとても恐れていた。

 U治の親はPTAの役員である。その息子が学校近くの文房具屋の倉庫からガムテープを盗み出したことがわかれば、それは想像できないほど恐ろしいことになるだろう。

 ボクらの行動は早かった。ガムテープをそれぞれひとつずつもち、ランドセルに無理やり入れると、一目散に学校の校門まで走っていった。

 もはやボクらのうしろめたさは、くるところまできていた。みんなが別れる十字路でボクらは立ち止まり、呼吸を整えた。


「じゃぁ、うまく、やれよ」とG朗の言葉でみんな別れた。


 ボクは帰りみち、車に注意しながら、そして霊柩車がいつ通っても大丈夫なように親指を手の平に握りこみながら、家路についた。あれを隠すところはどこにでもある。

 ボクの家は工場の寮で、大人が知らない死角には事欠かない。ボクは一番の隠し場所とおもわれる工場の廃材置き場へと入っていった。

 ちょっとした空き地で焼却炉や使わなくなった壊れた重機の部品などが無造作においてあり、雑草が膝あたりまで生い茂っていた。

 ボクはここで宝物を見つけては、大人たちに見つからないように隠すことに成功していたし、ここはボクがいて当たり前の場所。すっかり遊び場になっており、いくつかの注意事項――厄介ごとを起こさなければ注意されることはなかった。


 でも、その日、いつもなら気にならない風景がボクには特別なことに見えてしまった。

 雑草の中に足を踏み入れた瞬間、ボクの足に絡みつく雑草の感触は、毛虫の存在を容易に想像させ、ボクの注意は必然最大限に高められた。

 この季節、雑草の中に毛虫を目にすることは普通だし、毛虫が食べた葉のあとを見つけるのはさらに簡単なことである。一分、いや三〇秒も立たないうちに、ボクはそれをみつけてしまった。


 だめだ。ここもやられている。

 ボクはすっかり毛虫に自分の居場所を食べあらされている気分になっていた。


 ――帰ろう。


 家の中にもいくらでも隠し場所はある。ボクは後ろめたい気持ちと、それを象徴するガムテープを自分の家に持ち込んでしまった。今にして思えば、ガムテープをあの場所に投げ捨てるだけでよかったと思う。だけどあの日のボクには……、いや、その前の日から、ボクには選択肢が狭められていたのだ。あの日のボクに、ほかに何ができたというのか?


 ボクはすでに扉を開けてしまっているのだから……。


 学校から帰っても、そこには誰いない。

 ボクの父はボクの足元で働いている。この家は父が働く工場と一体になっている。4階建てのアパートの最上階だ。母は地方公務員で夕方6時くらいに帰宅する。父も母も変えてくる時間は同じくらいで、母は帰ってくるとすぐに夕飯の支度をする。

 ボクと弟と妹は夕方の子供向けのアニメを見ながら夕飯を待つ。

 およそその間に会話はない。食事中もテレビはつけっぱなしで、どちらかというと会話はなく、母が「野菜も食べなさい」とか「余所見をしているとこぼすわよ」というくらいである。

 誰に聞かせるわけでもなく、母は、「今日は御肉が安かった」とか、「いいサカナが売ってなかった」とか、そんな話をするけど、たまに父が「ああ」とか言うくらいで、母もこれといって返事を期待しているわけでもない。

 それは、この時代、どこの家庭でもごく普通なあり方だったと思うし、「今日ね、こんなことがあったんだよ」みたいなテレビドラマに出てくるような会話は、あっても月に3回くらいのものだった。


 しかし、今日は少しばかり違っていた。


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