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蟲夢  作者: めけめけ
第2章 闇
12/23

観察

 ボクは観測を始めた。


 時計をみる。

 <一一時二〇分> 異常なし。


 <一一時三〇分> 外で猫の鳴き声?


 <一一時三六分> 誰かが寝返りをした。たぶん父だ。


 <一一時四五分> 遠くから電車の走る音。


 <一一時五一分> もうすぐ一二時。こんな遅くまで起きているなんて、親にばれたら、怒られるな。


 <一一時五八分> 一二時になったかとおもったけどまだか。一二時なったらもう寝よう。


 眠ることができるのなら……。


 ボクは頭の中で、一二〇秒をイメージした。きっとそんなことを数えているうちに寝てしまうだろう。だって、いままで、成功したことはないから……。しかし、期待に反して、ボクの意識ははっきりとしたままだった。しかたなくボクは長い針と短い針が天井をさす場所を見上げた。


 『それ』は一瞬ボクの視界に入った気がした


 『それ』はボクの足元へ堕ちてきた……ように見えた


 次の瞬間、ボクは頭のてっぺんから、つま先まで、電気が走るような衝撃をうけた。ボクの右足の、スネのあたりに何か動いている!


 ああ、そうなのだ!


 ボクは『あったものを見ていた』のだった!

 ボクは正しかった!

 ボクは間違ってなかった!

 ボクは……、ボクは、ボクは!


 ど・う・す・れ・ば・い・い・の?


 あれは……、あれは……、『あのとき』『あそこに』『あった』


 散文的ではあるが、それは確実な一つの結論『存在』が観測され『存在』が証明されたわけだ。ひとつの問題は解決された。しかし、それは期待した結果ではなかったので、ボクは次の問題を解決しなければならない。


 第一の問題――あれは、なんだ?

 第二の問題――で、ボクはどうすればいい?


 そしてボクの優先順位は、第二の問題だ。

 つまり、どうすればいいか?

 どうすれば被害を受けずにすむか?

 どうすれば逃げられるか? ということである。


 あれがなんでもかまわない。まず、大事なことは、ボクのスネの上――ありがたいことにあれが降ってきたのは、素足ではなく、寝巻きと薄手のタオルケットの上であり、たとえあれが、『よくないもの』であっても、ボクはタオルケットを跳ね除けることで、今の状況からは脱することができる。

 しかし、同時に、あれが『何であるか』を確認する術がなくなる可能性を含んでいる。

 あれは逃げてしまうかもしれない。

 そして、どこかボクの死角に潜み、結局ボクは眠れない夜を迎えることとなる。

 ボクは、第2の問題を解決するためには、やはり第1の問題を解決しなければならないということを思い知らされた。

 あれをこの目でみて『何であるか』を確認しなければならない。ボクは恐る恐る、顔を起こして、あれが降ってきたあたりを覗き込もうとした、慎重に、足が動かないように、あれに気取られないように……。


 そーっと、そーっと。


 豆電球の薄明かりでは、いささか心もとないが、それでも暗闇よりかは、はるかにましである。オレンジ色のぼんやりとした明かりに照らされ、暗がりになれたボクの目になら、あれは見えるはずだ。

 しかし、どんなに目を凝らしても、そこには何もない。それらしき姿が見えないのだ。タオルケットは白地に藤の花の模様が描かれており、黒いものが乗っかっていれば、こんな薄明かりの中でも十分に識別できるはずだと思った。

 にもかかわらず、『あれ』は『そこには居なかった』。だが、しかし、そうなのだ。今、そこに居ないというだけで、正しくは「そこに居たはず」という状況。既にそこから動き出し、どこか『ボクの死角』に逃げ失せたのか。いや、そもそも『あれ』は、一度はボクの視界から消えて見せて、そして時計をみた一瞬後にどこからともなく現れて、ボクの足元に降ってきたというのは、間違いがない。


 ボタン! というよりはポタン! という感じか

 ――重さは、さほどない。


 ゴキか?


 ――ゴキブリはイヤだけど、まぁ、やつなら堕ちたようにみえてボクの死角で飛んだのかもしれない。そういう経験がないわけではないが、それはそれで、あまり気持ちのいいものではない。

 まぁ、それなら、別に噛み付くわけでも刺すわけでもない、ただ、ゴソゴソとして気持ちが悪いだけだ。


 時計に目をやると、時間はたったの二分しか過ぎていなかった。ボクには少なくとも五分はたっており、感覚的には七~八分だったので、五分前後だと冷静な予測を立てていた。


 ボクは決心した。


 ボクはそれがゴキブリだと決め付け、タオルケットを足で思い切り上に向かって蹴飛ばし、身体を起き上がらせて、あたりを見回した。

 そこには横で寝ている弟や妹、父と母の姿があるだけで、時計の音以外は何もしない。静寂した闇の水面からボクの上半身だけが浮き上がり、ボクを中心に波紋となってざわめきが広がっていった。

 そのざわめきに気づいたのか、母が僕に向かって寝返りをうち「まだ起きているの? もう寝なさい」と囁いてくれた。

「うん……。なんか、ゴキブリがいたような気がしたから……」

「……寝なさい」


 母は再びボクの反対側に寝返りをうって、眠ってしまった。でも、ボクには少しだけ安心感がもどった。独りじゃない。先ほどまで静寂の中で「キィーーン」と聞こえていた音は静まり返り、時計の音もどこか遠くで聞こえている。


 ……もう寝よう。あれは、きっとゴキブリだったに違いない。

 ゴキブリで、よかった。


 ボクは藤模様のタオルケットを頭から被り、眠りにつくことにした――もう天井を見上げるのはイヤだった。


 たぶん『誰もがそうしたに違いない』とワタシは確信している。


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