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蟲夢  作者: めけめけ
第2章 闇
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闇からくるもの

 怖いテレビや映画を見たとき、あの頃の私は決まって眠れなくなる。一人で夜、トイレに行くことができない。特にそれが闇に潜む怪物や幽霊の話であればなおさらである。


 『東海道四谷怪談』私は今でもあれを好きにはなれない――怖いのだ。


 欲に目がくらみ、女を裏切る主人公。彼は邪魔になったヒロインを知り合いに頼んで薬を与え毒殺する。主人公によって謀殺されたヒロインは怨霊となって主人公を追い詰めていく。ついに主人公は気が触れてしまい……

 扉を開く、振り返る、主人公の死角から次々と襲い掛かる幽霊の演出に、あの頃の私はトイレにいけなくなるほど恐怖した。今でも私はシャワーを浴びるとき、ふと、背中にいやな気配を感じることがある。


 そしてあの日の夜も、ボクは……。


 ボクは布団に入ってもなかなか寝付けないでいた。隣からは弟の寝息が聞こえる。両親や弟はもうすてに眠ってしまっているようだ。外では風に吹かれてときより風鈴の音が響いていた。ボクは目を瞑っているのがつらくなり、ただ、ぼんやり天井を眺めていた。我が家では完全に電気を消さない。豆電球のオレンジ色のやわらかい光が、天井から降り注ぎ、あたりを薄暗く照らしている。ふと、なにか薄明かりの中でうごめくものを見たような気がした。


 なんだろう?


 天井のちょうど自分の真上。顔の位置よりも首から胸のあたりになるか?よく見てみると、それは小さなシミのようで、木目の模様のようのようで、或いは、虫のようで……。


 虫? 蜘蛛かハエかゴキブリか?

 或いは……、毛虫?


 公園でU治の背中から払い落としたあの毛虫。あれはボクをめがけて這っていた。それは間違いない。だいたい、毛虫に目があるのか? 見える物が何か……つまりボクだと認識できるのか。

 単なる偶然、たまたま進行方向にボクがいただけじゃないか?

 たまたま。そう、たまたま、U治の背中に、何かの拍子で木から落ちていてきたのだろう。


 ただの偶然に決まっている。


 天井の板に今までまったく気にならなかった小さな模様か或いはシミのようなもの。

 いつからあったのか、全くわからないけど、でも、ボクは考えてしまった。あの公園で振り落とした毛虫が、ここまで追いかけてきたのではないか? という疑問――恐怖を。

 もはやボクにはそのシミを無視することはできなくなってしまっている。瞬きをするたびに、少しだけボクの顔に向かって天井を移動しているように思えてしまう。


 そんなはずはないのに……。

 いや、実際少しずつ動いている――いや、それは錯覚だ。


 でも、ほら、こっちの木目と比べて、もう少し下のほうに、最初は見つけたのではなかったか?

 ――いや、ちがう。そんなはっきりとは覚えてないし、ちゃんと位置を確認したりしてない。


 今はその位置を正確に確認している。


 大丈夫動いていない。

 動いていないが、少しだけ、大きくなってやしないか?


 うん、そんな気がする。

 ――いや、そんなはずはない。

 だって、大きさを比べるようなものは周りにないから、それもただの錯覚さ。

 ほら、こーして手を伸ばして、自分の指の大きさと比べてみればわかる。


 うん、時間がたったらもう一度やってみればいい。

 きっと大きさはかわっていないさ。


 ボクは冷静だった。ちゃんと大きさが計れるように、自分の指を天井に突きつけて、絵を描くときに画家が筆や指で対象物の大きさを測るようにすることで目の前で起きている『錯覚』を解明しようとしていた。


 ――大丈夫、ボクは冷静だし、ちっとも怖くなんかない。

 幽霊の正体なんて、だいたいそんなもの。UFOだって、ほとんど錯覚なのだから。


 目を閉じていたのは、多分一分にもみたなかったに違いない。だが、ボクにとっては、一分以上に感じだし、この異常な事態を検証をするのには十分過ぎる時間だと思われた。

 ボクはなんの恐れもなく、目を開けて、あの忌々しい模様の大きさを測ろうとした。だが、そこに、さっきまであったはずの模様はなくなっていた。

 まるで部屋の中の闇に溶け込んでしまったかのように、姿を消してしまっていた!


 ボクは、ボクは、ボクは『恐怖』した。


 どんなに目を凝らしてみても、どこを探してみても、それはもう『そこ』にはなかった。

 さっきまで、どこかぼんやりとしていたけど、それでも確かにそれは『そこ』にあった。


 『あったもの』が『なくなった』のか?

 『あったもの』が『見えなくなった』のか?

 『なかったもの』を『見ていた』のか?

 『見えないもの』が『見えていた』のか?


 『なかったものが見えていた』と『あったものが見えなくなった』では、現時点においては同じ状況ではあるが、まったく違う『将来の予測』が成り立つ。


 もし、『あったものが見えなくなった』のであれば、それはボクにみえないところに存在し、つまりはボクのすべての死角にそれは潜んでいる可能性があるということである。

 『なかったものを見ていた』のであれば、それは『なかった』のだから、そもそも存在しないものということだ。


 『何故それが見えたか?』はいくらでも理由がつけられるし、極端、もう見たくなければ、目を瞑り、寝てしまえばいい。

 しかし、『あったものが見えなくなった』というのは、ボクの視界の及ばない遠くへ行ってしまい、時間軸では存在するが、位置的には存在しない状態であればいい。


 それを今、『確認』することはできない。


 解決をしてくれるのは、このまま朝までそれを見ることができないという、観測による確認。『見えない』ということは『ここにはない』ということを証明するしかない。


 だけど……だけど、だけど

 もし、ボクの死角にそれが潜んでいるのなら、ボクはどうすればいい?


 そんなことを考えているうちに、ボクの五感の感度は最高値にまで高められていった。


  些細な音、台所で旧式の冷蔵庫がブーーン、ブーーンと唸る音

  パッキンが緩んだ水道から水滴が滴り落ちる音

  目覚まし時計が時を刻む音

  カチ、カチ、カチ、カチ……チカ、チカ、チカ、チカ……

  あたりには『シーーーン』という空気が張り詰めた音

  やがてそれは『キィーーン』と音圧があがってくる


 どんなに耳をすましても、どんなに目を凝らしても、今はその存在を確認することはできない。あの黒いシミのような、模様のような、あれはなんだったのだろうか?

 ボクは、言い知れぬ恐怖を感じながらも、それがなんであるかを確かめずにはいられなくなっていた。


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