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王が貴族と統治されてきたブリジスト国――――
しかし今では王よりも貴族が中心となって、玉座に就く隙を狙っている……
「このままでは私は王として威厳を保つことも、国を貴族の魔の手から守ることが出来ぬ。どうすれば……」
王は悩み続けた……自分よりも政治を掌握している貴族を一掃するには、彼らの頂点に立つ脅威が必要になる。
そこで目をつけたのが国一の伝統を誇る上流貴族『クロウ家』だった。
貴族政治をしているのは、元は地方に土着していた中流貴族である。
そんな彼等と違い、上流貴族は王の味方もしなければ、政治に参加するわけでもない。
だからこそ……『クロウ家』に密命を下そうと、考えた。
――クロウ家本邸・裏庭園
廃墟とみえる館の裏にある真紅の薔薇が咲き乱れる裏庭園。
その真上に広がる星々の光が見当たらず、蒼白い上弦の月だけが浮かぶ漆黒の夜。
闇に同化した中年前の男が、不気味な笑みを月明りで辛うじて見える頬に浮かべる。
「――『クロス・オーバー・チェンジ』ですか……その密命、謹んでクロウ家がお引き受けしましょう」
男は王の代理人に跪いた。代理人もほっと安堵の息をつき、密命の羊皮紙を渡す。男はそれを受け取り、立った。
代理人が何かを男に呟こうとし、男の影を見つめながら瞬きした間の出来事だった。
――――――――――男の姿は既に、なかった。
――クロウ家・執務室
クロウ家の当主が仕事をする執務室にその部屋の主と、漆黒の闇を纏った不釣合いな少年がいた。
「来てくれたんだね インディー」
インディーと呼ばれた少年はゆっくり漆黒の瞳で当主を見つめた。些か当主に面影が重なる少年だった。
「当主が呼んだのですから……当然です」
「そんな堅苦しくならないでくれ。親子なんだから」
「……でも、今からのお話は親子としてはできないですよね?」
「……そうだね。大事な話だ。お前の成人の儀式での『誓約』にも関わることだから」
「…………」
当主は重い溜息を闇に零した。
「いいかい? 良くお聞き……『クロウ家』は王の密命をお引き受けすることになった」
少年は小首を傾げ、沈黙をまもる。
「そして、その密命に『クロウ家』の代表として実行するのは……インディー お前だよ」
インディーは小さく笑った。当主からは月明りで照らされている彼の片頬しか見えなかったが、確かに笑った。
「わかりました。僕が実行します。密命は?」
「『クロス・オーバー・チェンジ』だよ……」
当主はインディーに密命内容が記された羊皮紙を渡す。インディーは受け取り、内容を読み込み始めた。
それからゆっくり瞬きをした後、また小さく笑った。
「『不吉な子』と疎まれている僕にはピッタリですね」
当主は眉間に皺を寄せ、インディーの黒髪を梳きながら、親指の腹で漆黒の瞳を見せられないよう片目の瞼を閉じさせた。
「……明後日の成人の儀式での誓約を考えておきなさい」
「――――――はい」
二人は互いの漆黒の瞳を見つめ合い、そのまま闇に溶け合っていった――――――――――