気づいたこと。
終業間際に、漸く私は自席に戻った。
この1ヶ月、キチンと仕事をこなせない状態が続いている。
きっと、課長も、伊藤さんも、呆れているんだ...。
あの喧嘩だって、よくよく考えてみれば、私がキチンと仕事をしないから、
伊藤さんが課長に文句を言いに行ったことが切欠なら納得できる。
もしかしたら、私を自分のチームからはずして他の人を回して欲しいと
言いに行ったのかも知れない...。
でも、ここ暫くの営業課は、どのチームも手一杯な状況が続いているから、
回せるような人はいないと課長に断られたのだとしたら...。
そうだとしたら、私は...。
私の思考は、そこまで行き着くと動きを止めた。
考えるのは、もう少し、待とう...。
今は、目の前の仕事を終えなくちゃ...。
小さな溜息をつき、そろそろ帰り支度の始まるフロアでPCに向かった。
『これ、申し訳ないんだけど、明日朝イチの会議に間に合わせてね。』
今朝、出勤してくるなりチームリーダーに頼まれていた会議資料のフォームを開く。
一生懸命画面の文字を追うのだけれど、靄がかかったようにはっきりしない。
どうして、私だったの?
課長を避けてたことが、気に障った?
だから、仕返しに、避けるようになったの?
キーボードに置いた手が、微かに震える。
その甲に、パタリと落ちるものに気がついて、私は一度、席を立った。
気分転換にコーヒーでも入れようと給湯室に入ると、さっきの感情が
ふらふらと舞い戻ってきた。
「あ...れ?なんで、私、課長に避けられることを、哀しいと思ってるの?」
思わず口をついて出た言葉に、慌てて口元を押さえ、辺りを見る。
避けてたのは、自分でしょう?
避けられて哀しいなんてこと、ないじゃない?
喜ばしいことじゃないの?
ふぅっと吐息を吐き、心を静めようと努める。
私、何で、哀しかったんだろう?
笛つき薬缶にに水を満たし、火にかける。
お湯が沸くまでの間、給湯室のパイプ椅子に身を委ねた。
いつも、フロアの奥から向けられる優しい視線。
いつも、みんなの中心で笑ってて、誰からも好かれてて...。
その視線を向けてもらえるのが嬉しかった。
その笑顔を見られるのが嬉しかった。
あの声が聴けるのが嬉しかった。
...それがなくなって。
それで、哀しかったんだ...。
じゃあ、私、何で、避けてたの?
課長と一緒にいられるのが嬉しいなら、どうして、避けたりしたの?
ぼんやりと天井を仰ぐと、胸がチクリと痛んだ。
この1ヶ月、何度、落ち込んだろう?
どうして課長はあれ以来、私のこと、見てくれないんだろう?って。
何度も何度も胸がチクチクと痛くて、息が詰まりそうなくらい苦しくて。
まるで少女漫画に出てくる、恋する主人公じゃない...。
「え?恋...す、る?」
真横のコンロにかけた薬缶の、あのピーという耳に障る音で、
途切れかけた意識を現実に戻される。
コンロの火を止め、薬缶の取っ手に手をかけた。
薬缶の肌で、じゅ〜と水蒸気が上がる。
「あぁ、私、また泣いて...?」
泣いているのに、哀しく、ない。
それどころか、嬉しい、と思う。
キュッと噛み締めていた口元がゆるりと綻ぶ。
そっか。
私、早川課長のことが、好きだったんだ...。
一歩、前進...といったところでしょうか?
ようやく自分の気持ちに気づいた春陽ちゃん。
さて、ここから順調に進んでいけるのでしょうか?
...実は、私にも、わかりません。
最終着地点のイメージは出来上がったのですが、何せ、私のこと。
果たして、無事、たどり着けるのかっ?!(←オイオイΣ\( ̄ー ̄;))
本日もここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
そんなあなた様に、最上級の感謝を。
諒でした。