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似た者同士なら、きっと幸せになれるでしょう?

作者: 入多麗夜
掲載日:2026/10/12

修正をしました。

 エレノア・ローゼンフェルトには、五年間にわたって婚約関係を結んでいる男性がいた。リヒテンベルク侯爵家の嫡男アルベルトである。金色の髪に整った顔立ちを持つ彼は、社交界でも評判の美男子であり、誰に対しても親しげに接する性格から、若い令嬢たちの間で人気を集めていた。婚約が決まった当初、エレノアも彼の明るい性格を好ましく思っていたし、互いに尊重し合える夫婦になれるものと信じていた。


 ところが、結婚式を翌年に控えた頃から、アルベルトの行動に不審な点が目立つようになった。以前は月に数回設けられていた二人の時間が減り、約束していた観劇や食事会も頻繁に取り消されるようになったのである。理由を尋ねれば仕事が忙しいという返事が返ってきたが、その一方で、彼が別の令嬢と料理店に出入りしているという話がエレノアの耳に届いていた。


 不審に思ったエレノアが調べさせたところ、アルベルトは複数の女性と親密な関係を持っていることが判明した。伯爵令嬢と観劇に出かけた翌日には、別の子爵令嬢を馬車に乗せて郊外へ向かい、夜会では婚約者を放置して若い女性と庭園で長時間過ごしていたという。相手の一人とは恋文まで交わしており、婚約者に知られないよう密会の日時を相談していた。


 エレノアは報告書を読み終えると、机の上に置かれた結婚準備の書類へ目を向けた。窓の外では庭師たちが花壇の手入れをしており、春の陽射しを浴びた白い薔薇が風に揺れている。招待客の名簿や婚礼衣装の見積書には、これまで費やしてきた時間と労力が詰まっていたが、今となってはそれらを確認する気にもなれなかった。


 婚約を解消することに迷いはなかった。エレノアはすでに十分な証拠を集めており、両家の契約に従って正式な手続きを進めるつもりだった。問題があるとすれば、アルベルトが婚約解消を素直に受け入れるかどうかである。彼は以前から、公爵家との婚姻が自分の将来にとって重要だと繰り返しており、エレノアに愛情を示さなくなった現在でも、婚約そのものを失うことは望んでいないようだった。


 そんな折、エレノアは王宮で開かれた夜会で、ある令嬢と顔を合わせた。アシュフォード男爵家の令嬢ミレーヌである。栗色の髪を美しく結い上げ、淡い桃色のドレスを身につけた彼女は、愛らしい容姿と人懐こい性格で知られていた。エレノアとは何度か言葉を交わした程度の間柄だったが、彼女については以前から気になる噂を耳にしていた。


 ミレーヌにはオルセン子爵家の嫡男フレデリックという婚約者がいた。商業組合との取引を担当する真面目な青年で、半年後には二人の結婚式が予定されている。ところが、ミレーヌは婚約者以外の男性とも頻繁に出かけており、夜会で知り合った騎士や裕福な商家の跡取りと親密な関係にあるという話が広まっていた。


 エレノアが休憩席で紅茶を飲んでいると、ミレーヌが笑顔で近づいてきた。会場には楽団の演奏が響き、華やかな衣装の男女が談笑している。アルベルトはまだ到着しておらず、エレノアは一人で過ごしていた。


「エレノア様、ご機嫌よう。今夜はお一人ですの?アルベルト様のお姿が見えませんけれど」

「ご機嫌よう、ミレーヌ様。アルベルト様は少し遅れていらっしゃるそうですわ。お仕事がお忙しいようですので」

「まあ、そうでしたの。婚約者様とご一緒できないなんて寂しいですわね。わたくしでしたら、きっと我慢できませんわ」


 ミレーヌは同情するように眉を下げたが、エレノアは彼女の言葉を聞きながら、ある考えを巡らせていた。アルベルトは女性との交際を楽しみ、ミレーヌもまた婚約者以外の男性との恋愛を好んでいる。二人は容姿にも恵まれ、社交的な性格まで似ていた。互いに婚約者がいることを気にしない者同士なら、案外気が合うのではないだろうか。


 エレノアは以前、アルベルトが恋愛について語っていた言葉を思い出した。彼は人の気持ちは移ろうものだから、結婚前に多くの女性を知ることも大切だと話していた。そのときは冗談だと思って聞き流していたが、今となっては彼の本心だったのだろう。ミレーヌもまた、恋愛は自由であるべきだと周囲に語っているらしく、二人の価値観には共通する部分が多かった。


「実は来週、我が家でお茶会を開こうと思っておりますの。アルベルト様もお招きする予定ですので、ミレーヌ様もいらっしゃいませんか?」

「まあ、公爵家のお茶会に?ぜひ参加させていただきたいですわ。エレノア様のお誘いなら、喜んで伺います」


 ミレーヌは嬉しそうに頷き、エレノアは招待状を送ることを約束した。その後、彼女は別の令嬢たちとの会話に戻っていったが、エレノアの頭には先ほど思いついた計画が残っていた。婚約解消に必要な証拠はすでに集まりつつあり、アルベルトが新たな恋愛に夢中になったところで、彼女が失うものは何もなかった。




 ◇

 



 翌週、ローゼンフェルト公爵家の庭園でお茶会が開かれた。春の陽射しが降り注ぐ庭には白い薔薇が咲き始め、中央の東屋には銀製のティーポットと色鮮やかな菓子が並べられていた。招待客はアルベルトとミレーヌのほか、エレノアと親しい令嬢や青年貴族たち数名で、堅苦しい挨拶を必要としない穏やかな集まりとなっていた。


 エレノアは席順を決める際、アルベルトの隣にミレーヌを配置した。婚約者同士が隣り合わないことを不思議に思われる可能性もあったが、円卓では会話の相手を変えることも珍しくない。実際、アルベルトはミレーヌが隣に座ると嬉しそうに微笑み、すぐに話しかけていた。


「ミレーヌ様は最近、王立劇場へいらっしゃいましたか?今月から新しい演目が始まったそうですが、なかなか評判がよいらしいですよ」

「ええ、先週拝見いたしましたわ。主人公が恋人のために家を捨てる場面が素敵でした。わたくし、ああいう情熱的な恋愛に憧れておりますの」

「私も同感です。人生は一度きりですからね。周囲の決めた約束ばかりを守っていては、本当の幸せを逃してしまうかもしれません」


 アルベルトの言葉にミレーヌは深く頷き、二人は恋愛観について楽しそうに語り始めた。エレノアは向かいの席で紅茶を飲みながら、その様子を眺めていた。アルベルトは普段から女性を喜ばせる言葉を口にするのが得意だったが、ミレーヌも相手の関心を引くことに慣れているらしく、会話が途切れる気配はなかった。


 お茶会の後半になると、二人は周囲の客が別の話題で盛り上がっていても、互いの顔を見つめながら話し続けていた。アルベルトはミレーヌの髪飾りを褒め、彼女は彼の服装や趣味を絶賛している。エレノアが用意した菓子にはほとんど手をつけず、二人だけで次の観劇の約束まで取り付けていた。


 その様子を見ていたエレノアは、当初の予想が間違っていなかったことを確信した。二人は驚くほど気が合うらしい。もっとも、婚約者のいる者同士が堂々と次の約束を交わしている光景には、呆れる気持ちもあった。


 お茶会が終わる頃には、アルベルトはミレーヌを馬車まで送り届ける役目を自ら申し出ていた。エレノアが見送りに出ると、二人は楽しそうに笑いながら庭園を歩いている。婚約者であるエレノアに向けるよりも、よほど親しげな態度だった。


 それから二週間が経つ頃には、アルベルトとミレーヌが頻繁に会っているという報告が届くようになった。王都の料理店で食事を楽しみ、休日には郊外へ出かけ、夜会では人目を避けて庭園へ向かっていたという。アルベルトはエレノアとの約束を以前にも増して取り消すようになり、ミレーヌも婚約者との結婚準備を後回しにしていた。


 エレノアは集まった報告書を整理し、侯爵家との婚約解消に向けた準備を進めた。アルベルトが複数の女性と関係を持っていた記録に加え、ミレーヌとの密会についても日時や場所が詳細に記されている。証拠として十分な内容が揃ったことを確認すると、彼女は正式な書面を作成し、リヒテンベルク侯爵家へ送ることにした。


 同時に、ミレーヌの婚約者であるフレデリックにも事情を知らせた。彼は最初こそ信じられない様子だったが、提示された証拠を確認すると、婚約者の裏切りを認めざるを得なかった。エレノアは彼が冷静に判断できるよう、必要な資料を渡したうえで、今後の対応は本人に委ねることにした。


 数日後、両家の話し合いが正式に行われた。リヒテンベルク侯爵は息子の不始末を知ると激怒し、婚約解消に伴う慰謝料を支払うことを約束した。アルベルトは最後まで婚約解消に反対したものの、証拠を突きつけられると自分の行動を否定できなかった。


「エレノア、考え直してくれないか。確かにミレーヌとは親しくしていたが、君との婚約を解消するつもりはなかったんだ。僕たちは五年間も一緒にやってきたじゃないか」

「ええ、五年間もございましたわね。だからこそ、アルベルト様がどのようなお方なのか、十分に理解できたと思っております」

「僕は君を大切に思っているんだ。ミレーヌとの関係は、君との結婚とは別の話だろう?」

「わたくしにとっては別の話ではございません。婚約者を裏切る方と結婚するつもりはありませんので、どうぞミレーヌ様とお幸せになってくださいませ」


 アルベルトは言葉を失い、エレノアは静かに席を立った。彼が何を言おうと、すでに決意は変わらなかった。五年間の婚約生活を終えることに寂しさがないわけではなかったが、将来への不安よりも、ようやく自由になれるという安堵の方が大きかった。


 同じ頃、ミレーヌとフレデリックの婚約も解消された。フレデリックは婚約者の裏切りを知って深く傷ついたものの、結婚前に事実を知ることができたとエレノアに感謝していた。両家の話し合いでは男爵家側の責任が認められ、結婚準備にかかった費用の一部を負担することで合意が成立した。


 こうして、アルベルトとミレーヌはそれぞれ婚約者を失った。二人の関係はすでに社交界で噂になっており、今さら別の相手を探すことも容易ではない。周囲からは互いに結婚するのがよいのではないかという声が上がり、本人たちも当初はそのつもりだったらしい。


 エレノアはその話を聞いて、二人の将来を静かに見守ることにした。自分の婚約は解消され、必要な手続きも終わっている。これ以上、二人の恋愛に関わる理由はなかった。




 ◇




 アルベルトとミレーヌの交際が正式に始まった頃、二人は社交界でも仲睦まじい恋人同士として振る舞っていた。アルベルトは花束や装飾品を贈り、ミレーヌは彼のために菓子を用意していた。夜会では常に寄り添い、周囲の視線を気にする様子もなかったという。


 ところが、三か月ほど経つと、二人の間に少しずつ不満が生まれ始めた。アルベルトは領地の管理業務を任され、以前のように自由な時間を過ごせなくなっていた。侯爵家との婚約を失ったことで公爵家からの支援も途絶え、家業に専念する必要があったのである。


 一方、ミレーヌは以前と変わらない華やかな交際を望んでいた。高級料理店での食事や観劇を楽しみ、流行の装飾品を贈ってもらうことを期待していたが、アルベルトは仕事を理由に誘いを断るようになった。最初は理解を示していたミレーヌも、次第に不満を隠さなくなっていった。


「アルベルト様、最近はちっとも会いに来てくださらないのね。以前はどんなに忙しくても、わたくしのために時間を作ってくださったではありませんか」

「仕事が増えたんだよ。領地の管理を任されている以上、簡単には抜け出せないんだ。君も少しは理解してくれないか」

「わたくしとの時間より、お仕事の方が大切だとおっしゃるの? 以前は愛しているから何でもできるとおっしゃっていたのに」


 アルベルトは苛立ちを隠せなくなり、ミレーヌも不満を募らせていった。二人が出会った頃には互いの長所ばかりが目に入っていたが、日常的に付き合うようになると、相手の欠点も見えてくる。アルベルトはミレーヌの要求の多さに疲れ、ミレーヌは彼の無責任な態度に失望していた。


 そんなある日、ミレーヌはアルベルトが別の令嬢と親しくしているという噂を耳にした。相手は王都の商家の娘で、アルベルトが仕事で訪れた際に知り合ったという。二人が料理店で食事をしていたという話まで聞き、ミレーヌは激しく動揺した。


 彼女はすぐにアルベルトを問い詰めたが、彼は仕事上の付き合いだと説明した。実際、その女性とは商取引について相談するために会っていたらしい。それでもミレーヌは納得できず、相手の女性との関係を断つよう要求した。


「わたくしという恋人がいながら、ほかの女性と二人きりで食事をするなんて信じられませんわ。以前にも婚約者がいながら、わたくしとお付き合いしていたではありませんか!」

「君だって婚約者がいたじゃないか。どうして自分のことを棚に上げて、僕ばかり責めるんだ?」

「わたくしは、あなたを本当に愛していたからです!だからこそフレデリック様との婚約も解消したのに!」

「僕だってエレノアとの婚約を失ったんだぞ! 君との関係を続けるために、どれだけ大きなものを犠牲にしたと思っているんだ!」


 二人は互いに責任を押し付け合い、以前のように笑い合うこともなくなった。アルベルトはミレーヌの束縛を嫌い、彼女は彼の行動を疑うようになった。会うたびに口論が起こり、約束を取り消せば浮気を疑われるため、アルベルトは次第にミレーヌとの面会そのものを避けるようになった。


 さらに数週間後、今度はミレーヌが別の青年と親しくしているという噂が流れ始めた。相手は裕福な商家の跡取りで、彼女が以前から知っている男性だった。アルベルトとの関係が悪化してから頻繁に会うようになり、二人で観劇に出かける姿まで目撃されていた。


 アルベルトはその話を聞いて激怒し、ミレーヌの屋敷を訪ねた。彼女は最初こそ単なる友人だと説明していたが、アルベルトが相手との手紙を見せるよう求めると、頑として拒んだ。結局、二人は互いの過去を持ち出して言い争い、関係を修復することはできなかった。


 交際が始まって半年も経たないうちに、アルベルトとミレーヌは別れることになった。アルベルトは領地へ戻され、侯爵家の仕事に専念するよう言い渡された。ミレーヌも男爵家に戻り、社交界への出入りを控えるよう厳しく命じられたという。


 婚約者を裏切ってまで手に入れた恋愛は、互いへの不信感によって終わりを迎えた。相手が浮気をする人間だと知っていながら、自分だけは特別に愛されると信じていた二人にとって、その結末は受け入れがたいものだったらしい。

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