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おっさん修理士は辺境で孤児を育てる ~成長中の娘たちが使う武具も道具も伝説級になっていく~  作者: ひなのねね


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第9話

 ――時刻は前日のアシュレイがバルバトスの依頼に向かう時まで遡る。


 夏の夜風が海沿いの工房を叩いていた。

 玄関に立ち、工具袋の紐を締める。

 視線の先には、リーンベルと三人の娘たちが玄関先に並んでいた。

 薄明かりの中、エミリアは目を潤ませ、ミルフィは盾を抱きしめ、ツキノは小さな手で裾を掴んでいる。


「行ってくる」


 短く告げると、エミリアが袖を握った。


「ほんとに……朝には帰ってくる?」

「ああ、帰る。エミリアもみんなと仲良くな」

「ほんとに……?」

「ああ、約束する」


 アシュレイはミルフィの頭に手を置き、ツキノの肩に軽く触れる。

 壁に背を預けていたミルフィが小さく「私が守る」と呟き、盾を胸に抱きしめる。


「リーンベル、子どもたちを頼む」


 十七歳の少女は、少し不安そうに、それでもしっかりと頷いた。

 その顔に幼さが残っていても、アシュレイは信じるしかない。


 扉を閉め、夜道へ足を踏み出した瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられる。


 ――昔なら、気ままに独りで山に籠もれた。

 ――今は違う。帰る家があって、待つ子どもたちがいる。


 その事実が、足取りを重くし、同時に強くしていた。


 月が雲間に隠れる深夜。

 生ぬるい風が頬をくすぐる。


 山間の村に着くと入り口ではバルバトスが待っていた。

 月明かりに照らされた悪友は、相変わらずの皮肉な笑みを浮かべている。


「ったく、毎回深夜に修理作業へ付き合う身になってくれ」

「……文句言うなら直さねえぞ」

「人嫌いの修理神さまのご到着だ、文句はねえさ」


 悪友のバルバトスはケラケラ笑いながら背中を叩く。


「けどお前も変わったよな。昔はいくら金を積んでも村に降りてこなかったのに。

 ここ最近は、なんで村の依頼を受けてくれるんだよ?」


 バルバトスの言葉に、アシュレイは眉をひそめ、工具袋を持ち直す。


「……余計なこと言ってねぇで、案内しろ」


 あの小さな手を握る娘たちを思えば、どんな面倒も引き受ける。

 それをバルバトスに伝えれば、どれほど、からかわれるか分かったもんじゃない。


 なので無言を返答とした。


「はいはい、言いたくないのね。

 まあ、大方予想はつくがな」


 皮肉にアシュレイはため息をつきつつも、心の奥で少しだけ笑みがこぼれた。


 村の農具置き場は錆びつき、鍬や鎌は折れ曲がっていた。

 農園の柵は傾き、杭は腐りかけ、害獣に破られそうだ。


 水車小屋は羽根がもぎ取られ、軸は歪んで回らない。

 そして、村の入り口にある古い橋は、いつ崩れてもおかしくない状態だった。


「ひどい有様だな」

「領主は村で働く者まで、意識が届いていないのさ。

 村長も何度か打診しているみたいだが、ここ最近の不景気と不作じゃ仕方ない」


 アシュレイも社会に使い捨てられた身だ。

 さすがに目を覆うような光景は胸が痛む。


「どうだ、直りそうか?」

「金の分はやるさ」


 まず農園を囲む柵を一本一本掘り起こし、腐食した部分を削ぎ落とす。

 あらかじめバルバトスが用意していた、新しい木材から杭を切り出し、深く打ち込む。

 網は接合部を錬金術で金網へと補強し、獣が潜れないよう地面に沈めた。


 水車小屋では羽根が半分もぎ取られ、軸が歪んでいた。

 古い羽根を外し、新しい羽根を削り出して取り付ける。

 軸受けを削って歪みを直し、流路を積み直すと、夜の水面に回転する水車が静かに映り込み始めた。


 農具も全て分解し、錆を落とし、鍛え直す。

 木柄は握りやすい角度に削り直し、重さのバランスを調整する。

 村人たちが起きるころには、鍬も鋤も新品のように並ぶだろう。


「手際も神業だが、修理も相変わらず超強化だな。

 これだけの腕なら引く手あまただったろうに」

「俺は修理しかやらせてもらえなかったからな、誰でもできるだろうさ」


 作業を終え、診療所の治療器具を修理していた時、空気の変化に気が付いた。


 木々がざわめき、遠くで雷鳴が轟く。

 嵐が来そうな生暖かい風を感じていたが、局地的な集中豪雨が降り始めた。


「真夜中に嵐とは珍しいな、今日は泊ってくか?」

 

 窓枠から顔を出して、白衣のオッサンが他人事のように言った。


「オッサンと泊る趣味はないんでね」

「へいへい、ローブもってけ」

「悪いな」


 エミリア、ミルフィ、ツキノ、リーンベルの顔がよぎる。

 今までは数年に1度、深夜修理に出た程度だ。


 物心ついてから朝帰りするのも初めてで、しかも今夜は嵐になっている。

 心は急いて、すぐにローブを羽織り、嵐の中へと躍り出た。 


 ――が、増水した川が、村の入り口の古い橋の支柱を削り、完全に崩落した。


「限界を超えていたか」

「おいアシュ、これじゃ村が孤立するぞ!」

「分かってる、たまにはオッサンにも手伝ってもらうぞ」


 アシュレイは雨に濡れながら村の木材や流木を集め、橋脚を新しく組み直し始めた。

 増水した川の中で、基礎の石材を錬金術で強化し、頑丈な土台を作る。


 暴風雨の中、二人は声を張り上げ、釘を一本一本打つ。

 横板を渡し、両側に風よけの柵を取り付ける。


 バルバトスが足場を踏みしめると、嵐にもびくともしない強固な橋がそこにあった。


「はあ、はあ……お前、本当に人間か?

 嵐の中で夜明けまでに橋を直すなんてまともじゃないぞ」

「お前も手伝ったろうが。 誰だってできるさ、このくらい」


 アシュレイは肩で息をしながら、遠くの朝焼けを見上げた。


 ――娘たちは、今頃眠れているだろうか。

 ――リーンベル、無理してないか。


 胸の奥が温かく、そして痛かった。


 朝。

 村が目覚めると、すべてが変わっていた。


 農具は新品のように整い、畑を耕すどころか斧よりも木が薙ぎ倒せそうだ。

 農園の柵はまっすぐに畑を囲み、ただの網が金属に代わっている。

 穏やかだった水車は勢いよく小麦を挽き、崩れたはずの橋は、まるで砦のように頑丈になっていた。


 村長は山道を見つめ、帽子を取ると静かに頭を下げる。

 誰かは分からないが、ここ最近、朝起きると村の道具の質が上がっていた。


「……また、あの方が来てくれたのか」


 そんなに日に限って朝早くに領主が視察に現れた。

 荒れていた村が一夜で蘇った光景に目を疑う。


「これほどまで見事に誰が直したのだ……!?

 あれほど荒れていたにも拘らず、神業ではないか――!

 誰か見た者はいるか!」


 だが、誰一人として答えられない。

 見張りも、村人も、誰もその姿を見ていない。


 領主はいつものように何度も命じて探させたが、結局見つからず、ただ「夜に現れる修理神」の噂だけが村々に広がっていった。


 アシュレイが山道を戻る途中、バルバトスが木の根元で待っていた。

 帳簿を手に、煙草をふかしながらこちらを見る。


「バル。寝ててよかったんだぞ、歳は考えろよ」

「お前さんに借りを作りたくないんでね。村人から集めてた報酬だ」


 バルバトスは小袋をぶっきらぼうに差し出した。


「……ありがとな」

 

 予期せぬアシュレイの言葉にバルバトスは加えていた煙草を落とした。


「な、なんだよ」

「あ、あの人嫌いが、礼を言いやがった――だから嵐が起こったんじゃねえか!?」

「うるせぇ、早く帰って寝ろ」


 バルバトスは鼻で笑いながらも、踵を返して村へと帰っていった。


 余計なことは聞かない。

 アシュレイの生活を守るために、誰にも漏らさない。

 それが昔からの信頼だった。


 なんだか長い夜だった。

 ぬかるんだ山道を進み、我が家が見えてきた。


 工房の扉を開けると、柔らかな朝の光が差し込んだ。

 寝室では、リーンベルと三人の娘が寄り添って眠っている。

 玄関には新しいお守りが揺れ、盾とハンマーの紋章が刻まれていた。


 アシュレイは立ち止まり、寝顔を見つめる。

 毛布を直し、リーンベルの髪をそっと撫でた。


「……留守番、ありがとう」


 胸の奥に、静かな決意が宿る。


 ――もう、一人じゃない。

 ――この家を、彼女たちを守るため、そして彼女たちの未来のために、俺は修理の依頼を受けて行こう。


 こうして、誰にも知られぬまま、

 「夜に現れる修理神」の噂だけが、村々に広がっていった。

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