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おっさん修理士は辺境で孤児を育てる ~成長中の娘たちが使う武具も道具も伝説級になっていく~  作者: ひなのねね


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第5話

 ある昼下がり、海沿いの工房に、不思議な静けさが満ちていた。

 普段ならエミリアの元気な笑い声が響き、ミルフィの落ち着いた声が飛び交うはずなのに、今日は妙に静かだ。


 アシュレイは工房の隅で、流れ着いたカラクリ時計を修理していた。

 砂浜に打ち上げられていたそれは、木製の古びた鳩時計で、歯車が錆びついてまったく動かなかった。

 だが、彼の手にかかれば、ただのガラクタでも少し手を加えるだけで命を吹き返す。


「ふむ、この歯車は再利用できそうだな」


 そう呟きながら、わざと独り言を少し大きめにした。

 工房の入り口近くに、小さな影がちらちらと見え隠れしているのを、アシュレイは気づいていた。


 ――ツキノだ。


 無口で表情の薄い娘だが、目だけは誰よりも良い。

 そして何より、物を分解したり、組み立てたりすることにかけては夢中になる。

 アシュレイはあえて気づかないふりをして、作業を続けた。


「……ここを少し削れば……あとは接着……」


 カチリ、と音がして、古い時計の針がゆっくりと回り始める。

 小さな鳩が扉から顔を出し、「ポッポー」と鳴いた。

 それを見て、入り口の影がぴくんと動いた。


「すごい」


 ほとんど聞こえない声が、工房に落ちる。

 アシュレイは振り向かず、にやりと口元を緩めた。


 ――ちゃんと見てるな。


 その日の午後。

 アシュレイが農園で鍛冶道具を手入れしていると、ツキノが自分の工具箱を抱えてやって来た。


「作りたい」


 ぽつりとそう言うと、工具箱から木片や針金、使い古しの小さな歯車を取り出す。


「何を作るんだ?」


 アシュレイが問いかけると、ツキノはほんの少し目を輝かせた。


「リーンベルのため。

 料理よく失敗する。

 自動で、卵が焼ける道具を作る」


 リーンベルはこの家で母親役を頑張っているが、料理だけは壊滅的だった。


 焦がすことは日常茶飯事で、パンケーキを石のように固くしたことで、ミルフィの木剣による訓練相手になったのは記憶に新しい。


 そんなリーンベルのために、ツキノは“卵焼き自動機”を作ろうとしていたのだ。


「ほう、気になるな」


 アシュレイは膝をついて、ツキノの目を真っ直ぐに見た。

 するとツキノは、わずかに頬を赤らめ、俯く。


「時計の仕組みは見た。

 だから、《《おうよう》》できる――と思う」

「良い着眼点だ」


 アシュレイはあえて手を出さなかった。

 ツキノが考え、試し、失敗しながら覚えることこそが、この子の成長になると知っていたからだ。


 数時間後。

 作業台の上に、奇妙な装置が完成した。

 小さなレールの上を木の玉が転がり、最後に玉がスイッチを押すと、針金で作られたアームが卵を割る。

 鍋の上に落下して、焼き上げる仕組みだ。


「できた」


 装置を動かすために、ツキノは工房の端へとトコトコと向かう。

 手に持った磨かれた木玉がレールの上に乗せられる。


「ごー」


 全く覇気のない声により木玉は斜めの坂を転がっていった。

 途中でドミノ倒しをし、フライ返しの上を渡り、お玉に乗って谷を渡る。


 大人から見たら無意味な玉の旅も、ツキノにとっては大冒険だろう。


「ほわあ」


 ツキノが目を丸くして、息を呑む。

 木玉は少しも止まることなく、予定通りのゴールに到着して、スイッチを押すと卵が割れて、フライパンの上に落下した。


 ――さすがに火だけは手動だな。


 アシュレイは苦笑いしながら台所で、魔導点火機を使用して、薪が組まれているコンロに火を入れた。


 時が経つと卵がぷるぷると揺れ、ふわふわに焼き上がっていく様子に、彼女の瞳が初めて大きく開いた。


「成功だな、ツキノ」

「うれしみ」


 アシュレイは微笑み、娘の頭をくしゃりと撫でた。


「これでリーンベルの失敗も減るといいな。

 ツキノ、お前は目が良い。

 見ることは成長の一歩だ、きっといい職人になれる」

「アシュレイさんみたいに?」

「――ああ、そうだな、そうだ」


 アシュレイはどの生産職でも名をあげることはできなかった。

 社会が悪いと言ってしまえばそれまでだが、やはり己の実力不足だったのだろう。


 ――結局、修理の腕だけが異様に上手くなった。


「どうしたの?」

「いや、次からはツキノにも色々手伝ってもらおうか」

「ほ、ほんと!」


 ツキノは少し照れたように笑い、そっとアシュレイの服を握った。


「……なら、私……もっと頑張る。

 アシュレイさんみたいに、何でも直して家族を守れるように」


 その言葉に、アシュレイの胸がじんわりと熱くなる。

 ――この子は、本当によく見ている。

 そう思うと、彼は少し目を細めて、頭をもう一度撫でた。


 夜。

 食卓には、装置で作られたふわふわの卵焼きが並んだ。

 エミリアがフォークを持って飛び跳ね、ミルフィまで珍しく口角を上げる。


「すっごい、ツキノ! これなら朝ごはんが楽ちんだね!」

「ツキノ、悪くないじゃない」


 ツキノは小さく首を振り、ぽそりと答える。


「……アシュレイさんが、教えてくれたから」


 リーンベルが涙目でツキノを抱きしめる。


「ツキノちゃん、すごい……ありがとう! 今まで卵は握っただけで破裂してたから、うれしいよぉ!」


 アシュレイは照れたように笑いながら首を振った。


「いや、ツキノが自分で考えたんだ。

 俺はちょっと直すとこを見せただけさ」


 ツキノはしばらく黙ったまま、焼きたての卵を見つめていた。

 やがて、ぽそりと呟く。


「次はリーンベルを起こす道具を作る」


 その言葉に、エミリアとミルフィが笑った、

 リーンベルはたいそう寝起きも悪いのだ。


「卵が落ちてくるのだけは、勘弁ね」

「ふふ、考えとく」


 ツキノは少しだけ頬を赤くし、照れ隠しのようにフォークで卵を小さく切り分けた。


 アシュレイは静かにその光景を見守る。

 無口で何を考えているか分からない時もあった。

 

 けど、ツキノも彼女なりに考えていたのだ。


 ――なら俺は、この背中を見守るのみ。


 そう心に決め、アシュレイはそっと笑みを浮かべながら、卵焼きを口に運んだ。

 素朴な甘みと塩味が口の中に広がり、同じ素材とは思えない美味しさだった。


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