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おっさん修理士は辺境で孤児を育てる ~成長中の娘たちが使う武具も道具も伝説級になっていく~  作者: ひなのねね


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第4話

 海沿いの丘に建つ工房は、今夜も穏やかな潮風に包まれていた。

 紫の美しい髪を揺らしながら、ミルフィは一人、外で黙々と作業をしていた。


 拾ってきた古い盾。

 海から流れ着いたそれは、錆びついて穴だらけ、到底戦いには使えない代物だった。

 けれど、ミルフィはそれを手放せなかった。


「これで、エミリアとツキノを守れるなら」


 まだ六歳の小さな手で、雑巾を絞り、錆を必死に落とす。

 拭いても拭いても、穴は塞がらない。

 それでもミルフィは諦めなかった。


 その夜。

 夕食を終えたアシュレイは、工房の扉の隙間から、黙々と盾を磨くミルフィを見つけた。

 焚き火の光に照らされた横顔は、幼いながらもどこか戦士のように引き締まっている。


「ミルフィ、そろそろ休んだらどうだ」

「……あと少しだけ」


 問いかけても、ミルフィは盾を抱きしめるようにして磨き続ける。

 アシュレイはふっと息をつき、そっと近づいてその頭を撫でた。


「無理するなよ。

 あとは、まあ、あまり一人で抱え込むなよ」

「……別に、抱えてない」

「そうか」


 短いやり取りのあと、ミルフィは盾を抱えて寝床へ戻った。


 翌日。

 空は朝から重たい雲に覆われ、遠くの海には嵐の兆しが見えていた。

 アシュレイは工房の扉を開け、風向きを確認しながら声を張り上げた。


「おーい、今日は外で遊ぶな!

 ミルフィ、二人を家の中へ!」


 ミルフィは頷き、エミリア、ツキノと手をつなぎながら工房へと戻る。

 だが、昼過ぎ。

 急に強い風が吹き込み、リビングで鍵をかけ忘れた窓が開いて雨が入り込んだ。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴とともに、風にあおられた板がエミリアの方へ飛んだ。

 その瞬間、ミルフィは迷わず拾った盾を構え、妹の前に立った。


 ――ガンッ!


 板が盾にぶつかり、鈍い音を立てて跳ね返る。

 穴だらけのはずの盾が、まるで鉄壁の防御壁のように彼女を守った。


「ミルフィ……っ!」

「大丈夫、エミリアとツキノは私が守る」


 入り込む雨に濡れ、弾かれた木板が額を切っても、ミルフィは立ち尽くす。

 その小さな背中は、恐怖で震えているはずなのに、姉妹を守る意志だけが揺るがなかった。


 音を聞いて作業部屋から駆けつけたアシュレイとリーンベルは、その姿に息を呑んだ。

 リーンベルはすぐに三人を抱き寄せ、ミルフィの流血する額に布を当てた。


 アシュレイは彼女たちの前で膝を折りミルフィに言った。


「ミルフィ、なんでそこまで頑張るんだ」

「私は――何も失いたくない。

 エミリアもツキノもリーンベルも家も――アシュレイオジサンも」


 その声は小さく、震えていた。

 無口な少女の心の奥に隠れていた不安が、ようやく零れ落ちた瞬間だった。


 アシュレイは黙ってミルフィを抱きしめた。

 鍛冶で鍛えた太い腕に包まれた瞬間、ミルフィは初めて自分も守られていることを知った。


「ミルフィ、お前がいるだけでみんながどれほど守られているか」

「ほ、ほんと?」

「ああ。お前は、この家の小さな騎士だ」


 その言葉に、ミルフィは堪えていた涙をこぼした。

 無言のまま、震える小さな手でアシュレイの服をぎゅっと掴む。

 それはまるで、甘え方を知らなかった子どもが、初めて心を開いたようだった。


 嵐が過ぎ去った翌日。

 アシュレイは工房に籠り、一晩で盾を修理した。

 表面を補強し、軽量化したそれは、子どもが扱っても十分に使える完成度になった。


 見る者が見れば王都の騎士団が使っても、余りある防御力を誇るのだが、その事実を知る者は誰もいない。


「これ、私に?」

「ミルフィが持つなら、どんな刃も通さない盾になる」


 ミルフィはしばらくそれを見つめ、やがて小さく呟いた。


「……ありがとう、父さん」


 その言葉は、風に乗って小さく響いた。

 アシュレイは驚き、そして静かに微笑む。


 ミルフィは盾を胸に抱きしめながら、これまで見せたことのない柔らかな笑みを浮かべていた。


 海辺の工房に、新しい絆が芽生えた。

 小さな騎士の物語は、こうして始まった。

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