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おっさん修理士は辺境で孤児を育てる ~成長中の娘たちが使う武具も道具も伝説級になっていく~  作者: ひなのねね


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第30話

 エミリアが作ってくれた治癒薬と解毒剤、麻痺解除薬。

 ツキノが調合した筋力増強剤、認識力向上薬、あとは――。


「寝なくていい薬……これを使う日が来ないことを祈るわ」


 木漏れ日の下、ミルフィは冒険者鞄を整理しながら独りごちた。

 瓶に揺れる薬液は光を受けて淡く輝き、彼女の旅を支える仲間の存在を思い起こさせる。

 それは単なる消耗品ではなく、姉妹が心を込めて託してくれた、大切な絆の証だった。


「あなたも、頼りにしてる」


 彼女は隣に立てかけた盾へ手を伸ばす。

 指先で触れると、冷たい金属の感触の奥から、どこか温もりが返ってくるような錯覚を覚えた。

 父親が幼い頃から繰り返し修理してきたその盾は、幾度も戦いを共にし、幾度も砕けかけながら、こうして彼女を守り続けてきた。


 本来なら盾は道具として寿命があり、壊れれば新しいものに取り替えられる運命にある。


 けれど、この盾は違った。


 錬金術と鍛冶の技を掛け合わせ、破片すら無駄にせず受け継がれた素材は、寄せ木細工のように折り重なり、今や一枚の堅牢な壁として蘇っている。


「……まるで魔法みたい」


 つぎはぎだらけのはずなのに、見る者に安心を与える不思議な均整。


 それは父の手が残した愛情の形であり、ミルフィにとっては家族そのものの象徴でもあった。


 ――この盾を貫ける武器なんて、本当に存在するのかな。


 思わずそんなことを考え、彼女は小さく苦笑をもらした。


 盾を「父親のように頼りがいのある存在」と思ってしまった自分に、少し照れくささを覚えながら。


「あら、楽しそうね。お待たせ」


 ぱたぱたと足音を響かせながら、受付嬢が一人の少女を伴って現れた。


 隣に立つその少女は、頭のてっぺんから足元まで真黒で覆われていた。

 古びたフードは絵本の魔女のように目深にかぶられ、縁は擦り切れ、肩を覆うローブもまた夜そのものの色をしている。

 足元まで流れるスカートも、踏みしめる靴までも黒で揃えられ、まるで影が形を取って歩いてきたかのような姿だった。


「その子が、例の?」


 ミルフィが声をかけると、うつむいていた少女はビクリと肩を震わせた。

 怯えさせてしまったのかと気づき、ミルフィは少し息を吐いて声音を和らげる。


「私はミルフィ。王都騎士団候補生の一人。

 クラス分け試験のために協力者を探している。

 もし良かったら、手を貸してくれると……嬉しい」


「え……ミルフィ?」


 小さく縮こまっていた少女が、その名を繰り返すように呟く。


 慌ててフードを押し上げると、覆い隠されていた前髪がさらりと肩に流れ落ちた。影の奥からのぞいた瞳は、怯えをまといながらも、ひときわ強い光を宿している。


 黒尽くめの少女は、二本の三つ編みを小さく揺らしながら、精一杯の声を絞り出した。


「ス、スフレ……山間の村に、住んでた……!」


 記憶の糸をたぐると、すぐに浮かんできた。


 ――あの洞窟。


 薬草採取の最中、震える手で覚えたての魔法でアナグラネズミと向かい合っていた少女。

 母の薬を求めて、一人きりで潜り込んでいた姿。

 気の小ささと、芯の強さの両方が同居していた、あの眼差し。


「数年ぶり……元気してた?」

「うん。お母さんもすっかり良くなって……引っ越してからも、元気だよ」


 アシュレイが強化した薬草が母を癒し、スフレの願いを叶えるために家族で都会へ移ったと耳にしたことがある。

 思い出の端に置いていた少女が、まさか旅の途上で再び現れるとは――奇縁というより他ない。


「二人は顔見知り? 良かった、紹介した甲斐があったわ」


 受付嬢は胸に手を当て、ほっと安堵の笑みを見せた。


「力を貸してくれる、スフレ?」

「も、もちろん!

 ちょっと待ってね……すぐに、取ってくるから!」


 ぱっと花が咲くように表情を明るくして、スフレは小さなリスを思わせる俊敏さで駆けていった。


 その背を見送りながら、ミルフィは受付嬢へと視線を戻す。


「ありがとうございます、受付嬢さん」

「ううん、良いの……あの子もこれでうまくいくと良いけれど」


 冒険者ギルドで耳にした言葉がよぎり、ミルフィは首を傾げる。


「あの子はね、魔法使い見習いなの。

 でも協会に入れずに――それでも諦めきれなくて、冒険者ギルドに登録して魔法使いの道を歩こうとしたんだけど……」

「だけど?」

「……冒険者ギルドでも、登録を断られたの」


 予想外の答えに言葉を失う。

 理由を問うより早く、受付嬢のまなざしが真っ直ぐに射抜いてきた。


「実力は十分。

 でも、気の弱さ……かな。

 冒険って、予想できない危険が必ずあるから」

「気持ち……」


 大きな冒険者リュックを背に、懸命に駆け戻ってくるスフレの姿を見つめながら、ミルフィは顎に手を添える。


「証明が必要なの。

 危険を前にしても折れずに進めるかどうか――それは、経歴や家柄や金じゃなくてもいい。実績として、ひとつの依頼をきちんと果たすこと。それだけでも十分よ」


 ――なるほど、この人の考えは読めた。

 その方法なら私もバディを得て王都を目指せるし、スフレも冒険者として一歩を踏み出せる。


「受付嬢さん、お願いがあります」

「何かしら?」

「『王都までの護衛クエスト』の登録を。

 ……フリー冒険者も受諾可能にしてください」


 受付嬢はにんまりと唇を吊り上げ、手を打つように答えた。


「お仕事、承りました――!」


 軽やかな声を残して、彼女は冒険者ギルドへと駆けていった。

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