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おっさん修理士は辺境で孤児を育てる ~成長中の娘たちが使う武具も道具も伝説級になっていく~  作者: ひなのねね


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第28話

「ひ、光ってる――?!」


 ツキノが作り出した液体は、暗く湿った洞窟を昼間のように照らし出した。

 湿気を帯びた岩肌が黄金色に反射し、滴り落ちる水滴すら宝石のようにきらめく。


 だがこの環境は清潔とは程遠い。

 空気には塵や獣の匂いが混じり、調合を阻む不純物はいくらでも存在する。

 通常なら、まともな薬液が完成するはずもなかった。


 さらにツキノは旅の最中で、実験器具を抱えて移動している。

 錬金術師が工房を離れてまで調合を行うのは、常識ではありえないことだ。

 器具は脆く、壊れれば終わり。

 だからこそ大抵の錬金術師は、工房外で難易度の高い調合は行わない。


「けど、ツキノちゃんのフラスコは……正確すぎる」


 ミレイミァンは思わず息を呑んだ。


「この世界で、あんな完成度の器具を作れる人が存在するなんて――!」


 しかもツキノは調合の過程で、微量の魔力を途切れなく流し込み続けている。

 わずかな揺らぎも許されない、極めて繊細な作業だ。

 並みの集中力では到底不可能。


「この子は一体……何者なの……!?」


 まだ十三歳の少女。

 それなのに、錬金術の基本が骨の髄まで染み込んでいる。

 二十を超えても基礎を軽んじ、独自の奇術に走る者が多い魔法使いの世界で、彼女の在り方は異質だった。


「できた」


 ツキノは黄金色の液体を満足そうに見つめ、にやりと笑った。

 次の瞬間、彼女はそれを落石で塞がれた地面へと静かに注ぎ込む。


「な、何を混ぜたの……火薬とか?」

「美味しいと思えるモノ。美味しいものは、頑張れるから」


 不可思議な返答の直後、液体は地面に吸い込まれ、反応を始めた。


 ――ごぽっ、と小さく音を立てて。


 そして。


「芽……? 植物?」


 砕けた石の隙間から、小さな緑の芽が次々と顔を出した。

 あり得ない光景に、ミレイミァンは思わず言葉を詰まらせる。


「でも……植物なんかじゃ……」

「大丈夫。父さんが作った薬たちを、いっぱい見てきた」


 ごごご、と低い振動が洞窟全体を揺らした。

 芽は一瞬で幹を形成し、枝葉を伸ばしていく。


「成長が早い……!

 しかも、さっきの蔦なんかじゃない。もっと――」


「図鑑で見たの。力強くて巨大な樹木、グランド・デゥウレ」


 本来なら何百年もの時を経て、円径七十メートルにも及ぶ巨木となる存在。

 そのはずの樹木が、今まさに時間を飛び越えて成長していた。


 圧倒的な生命力で岩盤を押しのけ、やがて――ガラガラと音を立てて、壁のように塞いでいた岩石を崩し去る。


「や、やったよ、ツキノちゃん!」

「うん……あの子、頑張ったね」


 崩落した岩は地面に転がったが、大部分は樹木に押し上げられて宙へ逃げた。

 しかも中央には人ひとり通れる空洞がぽっかりと残されている。

 無意識か、あるいは意図的か――その成長に込められた調整を前に、ミレイミァンは少女の錬金術師としての天賦の才を改めて実感する。


 やがて開かれた通路の先に、巨大な影が横たわっているのが見えた。


 ぐったりと伏すその姿。

 途中から打撃音が消えていたのは、衰弱しきっていたせいだろう。


「……グリフォン」

「そう、グリフォンだよ」


 ミレイミァンは息を呑み、頷いた。


「希少種。伝説級と呼ばれるモンスターで、出会うことすら滅多にない」


 隣に立つツキノへと向き直り、静かに言葉を続ける。


「グリフォンの爪も、嘴も、内臓も、皮も、尻尾も……すべてが希少な魔術素材になり得る。

 選ぶのは――ツキノちゃん、あなた次第だよ」


 ミレイミァンの声は重々しかった。

 グリフォン一体あれば、王都の貴族が住まうような大邸宅ですら容易に手に入る。

 資産としても、名声としても、錬金術師にとっては喉から手が出るほどの価値がそこにあるのだ。


 だがツキノは、まるで考えるまでもないというように、すぐさま近づいて薬を振りかけた。

 さらに懐から小瓶を取り出し、栄養剤のような液体を口元へそっと流し込む。


「え……近寄るなんて……!」


 グリフォンは知能が高く、同時に人間に対しては獰猛な性質を持つ。

 しかも魔法まで操る。

 そんな相手に無警戒で近づくなど、常識ではありえなかった。


 しかし――。


「の、飲んでる……!?」


 傷ついた巨躯が、小さく喉を鳴らしてツキノの差し出した液体を飲み下していく。

 生命を拒むどころか、むしろ救いを求めるかのように。


「エミリアの治癒魔法には劣るけど……おいしいよ」


 いつもの眠たげな声でそう呟くと、ツキノは大きな頭をやさしく撫でた。

 不思議なことに、猛禽の目をしたグリフォンは、小さく唸りながらも敵意を見せない。

 震える四肢で体を持ち上げると、堂々たる翼を畳み、彼女を見下ろした。


「狭い洞窟に住むなら、次は落石に気を付けてね」

「ぐぉ」


 その返事めいた咆哮ののち、巨獣はゆっくりと膝を折り、頭を垂れた。

 それはまるで――騎士が忠誠を誓う姫君に跪くかのような光景だった。


「私と一緒じゃ危ないよ?」


 ツキノが困ったように呟くと、グリフォンは頑なにその姿勢を崩さない。

 彼女の言葉を理解し、心を示しているとしか思えなかった。


 ミレイミァンは呆然と立ち尽くす。

 これまで「不思議な子」だと思っていたが――動物と心を通わせる錬金術師など、聞いたことがない。


「そう、うん、わかった。貴方が良いなら……そうする」


 ツキノが優しく撫でると、グリフォンは嬉しげに吠え、身体を地面へ伏せた。

 その広い背中を示すように。


「……乗れって言ってる」

「え、ええっ!? グ、グリフォンに乗るなんて!」


 あまりにおとぎ話めいた展開に、ミレイミァンは目を瞬かせる。

 だがツキノがためらいなく背に跨る姿を見ていると、自分がむしろ現実感を失った異邦人であるような錯覚すら覚えた。


「さすがツキノちゃん……では、私も遠慮なく」

「うん、そろそろ行こう、《《先輩》》」


 眠そうな目をしたまま、ツキノは背後に乗り込んだミレイミァンへ語りかける。


「このまま、学術院の近くまで送ってくれるって」

「――え、ええ!?!?」


 次の瞬間、羽ばたきが洞窟を震わせた。

 ツキノの薬で癒された巨体は、信じられない力強さを取り戻し、狭い空間を疾駆する。


「ちょ、ちょっと待ってツキノちゃん!

 そういえば……さっき、なんかグリフォンと話してなかった!?」


 恐怖と驚愕に震えるミレイミァンの問いに、ツキノは振り返らず、短く答えた。


「呼んだら……いつでも来てくれる、って」


 その規格外の契約の重みを理解し、王都アルケミスト学術院の首席であるミレイミァンですら、言葉を失った。


 しかもちゃっかり、崩落によりグリフォンの折れた爪まで、ツキノは後ろ手に渡してくれた。


 ――この子ならあり得るかもしれない、討伐するだけじゃない世界の在り方を見せてくれるかもしれない。

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