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おっさん修理士は辺境で孤児を育てる ~成長中の娘たちが使う武具も道具も伝説級になっていく~  作者: ひなのねね


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第24話

 セントビショップ教会は、エミリアが住んでいた工房と似たような場所にある。

 深い森、広い湖、遠くに連なる山脈、数多くの野生動物――その中央には何十メートルの高さを有する赤レンガの壁が存在する。


 誰も寄せ付けぬ壁面の内側には広大な敷地が広がり、人によって造形された庭園は元より、美しい石像が立ち並ぶ。


 まさに辺境の楽園――いや、男子禁制の女性の園である。


 セントビショップ教会でシスターになったものは、どの国でも引く手あまたと言われ、輩出された治癒師は多くの冒険譚で名前が語り継がれていくと言われるほどだ。


「名門中の名門が故、王族はおろか、貴族、侯爵、名のある名家の子たちが通う教会」


 馬車の客車で向かいに座る金髪の少女は、品のある佇まいで両手の指先まで意識が行き届いたような動きで座っている。


「教会とは言いますが、実際は学び舎とさほど変わりませんわ。

 寮が付いている巨大な学び舎……いえ、監獄とでも言った方がお似合いかしらね、リリィ」


 よほどセントビショップ教会に押し込まれるのが不満なのか、金髪の少女――アリスディールは毒づいた。


「左様ですね、お嬢様。

 それよりもお口のタレをそろそろ綺麗に拭いても?」


 リリィが差し出したシルクのハンカチを慌てて受け取ると、ごしごしと口元を拭いた。


 ――この子どこかで見たような。


 エミリアは豪快に顔を拭くアリスディールを見つめながら、首を傾げる。

 こんなお姫様みたいに可愛い子を忘れるはずがないけど、思い出せない。


「貴女、どこかでお会いしたかしら」


 エミリアの心の声を読んだように、アリスディールも不思議そうに首を傾げる。

 マリンブルーの瞳は吸い込まれそうなほど深い。


 ――私と同じ金髪碧眼なのに、質が違うっていうのかな。凄い綺麗な子。


「私もそう思ってたんですが……どこでしょう?」

「金色の髪に青い瞳……そして可愛らしいその造形……私たち似てますわね。だから会ったことがある気がしたのかもしれませんわ」

「か、可愛らしい……!?」


 言われなれてないのかエミリアは、カッと身体が沸騰する。


「あら、エミリアは相当可愛らしいですわ。

 そうよね、リリィ」

「左様でございます」


 リリィは恭しく頭を下げる。

 本物のお姫様に挨拶でもしているようだ。


「男子が放っておかなかったのでは?」

「ア、アリスディールさん、そんなことないよ。

 住んでたところの近くには他に子どもはいなかったし、近くの村も2時間もかかるし……」

「かなりの辺境のようね」

「なのかなぁ、でも姉妹も父さんも母さんもいたから、毎日楽しかったよ」


 本人たちの前では、はっきりと父さんや母さんとまだ呼べなかった。

 自立して工房に戻ったとき、ハッキリと照れずに呼べたらいいなと、エミリアは内心微笑んだ。


「そういうものなのかしら」

「姫――お嬢様も遊ぶお友達はいらっしゃらなかったのでは?」

「リリィ、言うようになったわね」

「あと3年はこうして話すことも、減りますから」


 美しい顔のままリリィはにやりと笑う。

 つられてアリスディールもにやりと笑った。


 ――この二人は信頼しあってるんだ。


 ふとミルフィとツキノを思い出して、胸が苦しくなった。


 二人は無事に王都ヘ向えただろうか。

 ツキノは自由奔放だからミルフィはサポートできているか少し心配だ。

 けどああ見えて、ミルフィも喧嘩早いのでトラブルに巻き込まれてないと良いが。


 途端、馬車がガタガタと揺れ出す。

 次の瞬間――ガタンッと大きく跳ねて停車した。


「何事か!」


 リリィが語気を強めて飛び出して、御者の女性へと詰め寄る。


「す、すみません、リリィ様。

 ですが、あれが――」


 深い森、道も整備されていない。

 震える手で御者が指さす先にいるのは、熊だ。


「ハンティングベアー……ですか」


 しかもかなり大きな方だ。

 胸には月のようなマークが入っているが、よく見ると切り傷のようで、歴戦のハンティングベアーかもしれない。


「姫様、ここはリリィが」

 

 ロングスカートを持ち上げて、中に潜めている武装へと手を伸ばそうとしたとき、アリスディールがふわりと地上に降り立った。


「私が出るわ」

「しかし、これから教会に入られる方が――!」

「誰に口をきいている」


 赤を基調としたロングドレスのアリスディールの威圧感は皇帝。

 リリィは一瞥するだけで、背を90度曲げて下がった。


「あ、あの私も」

「エミリア、貴女も下がりなさい。

 私の初めてのお友達の手を煩わせたくないわ」


 背中を見せてアリスディールは熊と向かい合う。

 距離はまだ遠い。


「ダメだよ、お友達ならなおさら!」


 しかしエミリアもすぐに客車から飛び出した。

 あのメイドのリリィすら押し戻した、アリスディールの神々しいまでの覇気を物ともしない。


「お友達なら、『一緒に行こう!』っていうの、分かった?」


 アリスディールに立ち並ぶように、懐から短杖を取り出してエミリアは彼女の顔を見る。


「エ、エミリア。

 私の命令を聞かないのは、貴女が初めてですわ」

「仲良くなりたいなら、同じ景色を見て進む――父さんが言ってた」


 いつも一緒にいたからツキノやミルフィと何度も喧嘩したけど、だからこそ、信頼という言葉で言い表せないほど、心の奥で何かが繋がっている気がした。


 ――こんなに離れていても、繋がりは消えない。


「サポートは任せて、アリスディールさん」

「さんは、不要。ア、アリスと呼んでくださらない? エミリア」


 なぜか頬を染めながらアリスはもじもじと、潤んだ目でエミリアを見つめた。


「もちろん、行こうアリス!」

「ええ、私の剣技――大親友に見せてあげるわ」


 何処から取り出したのか、片手剣をスラリと抜きアリスは突きを放つ姿勢で構える。


 ハンティングベアーが気付いたのは、まさに同時だった。


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