第23話
小さな港町から旅船に乗り、12時間ほど。
天候にも恵まれ、のんびりと船は進み、トラブルもなく少し大きな港町に到着した。
「うわあ……こんなに大きいんだ」
まだ揺れる足元を地面にしっかりとつけて、エミリアは街を見渡す。
一般的には中規模な港町だが、山間の村しか知らない彼女から見れば、どんな町も大都会だ。
「すごい、お店がいくつも並んでる!」
ふわりとした金髪の揺らしながら、弾むように歩く。
色とりどりのテントが魚や野菜を販売し、店員たちも活気がある。
武器を扱う露店もあれば、簡単に食べられる露店も開かれていた。
「おいしそう……」
ぐうっと小さくお腹が鳴り、エミリアは紅潮してお腹を押さえた。
雑踏にかき消されて誰も聞いていないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「まだ時間はあるし、食べて行っても良いよね」
セントビショップ教会はこの街からさらに人里離れた場所に存在する。
なんでも山奥の魔力だまりに出来た教会で、男子禁制の神聖な土地だ。
そこでシスターとして治癒術を学び、治癒師としての道を目指すことができる。
――もちろん、リーンベルみたいにシスターにもなれるけど、おっちょこちょいなリーンベルを、沢山癒せる人が家族には必要だよね。
いつも明るく接してくれた大好きなリーンベルのようになりたいし、彼女を助けたい。
その思いでエミリアは治癒師の道を選んだ。
だからこそ、今は腹ごしらえだ。
「何にしようかなぁ」
飲食が立ち並ぶ露店からは甘い匂いや香辛料の香りが絡み合うように漂ってくる。
アシュレイが多種多様な食事を作ってくれたが、珍しい食事の材料はあまり食卓に並ばなかった。
エミリアは好奇心の赴くまま歩き――一つのテントの前で足を止めた。
「美味しそう……」
網の上で串焼きにされた分厚い牛肉が焼かれている。
甘しょっぱいタレが更に胃袋を刺激し、よだれが出そうな口元を慌てて拭った。
――大丈夫、漏れ出てない!
残りは一つ、買うなら今だ。
溢れる肉汁が、想像しただけで頭の中をお花畑にしてしまう。
「おじさん、ひとつください!」
「店主、一ついただけますか?」
「え?」
「ん?」
声が重なり、エミリアは顔をあげた。
そこにはメイド服を着た綺麗な女性が不思議そうに見下ろしていた。
――わわわ、すっごい綺麗なメイドさん。
氷のように澄んだ蒼い髪を持ち、瞳は珍しいグレーの色。
長い髪を綺麗に頭の後ろで丸く結っている。
漆黒のメイド服の上にはフリルが付いたエプロンを付けているが、空から吊るされているように、メイドは姿勢が良い。
「失礼しました、お嬢さんがお先ですね」
「あ、いえ、あの、わたしは、だ、大丈夫です!」
あまりに見惚れていたので、エミリアは慌てて手を振った。
「お、お姉さんの方が早かったと思うので、ど、どうぞ!」
「優しいお嬢さんね」
穏やかで美しいメイドさんは顎に手を当て、「店主」と優しく声を掛けた。
「あと数本焼いてくれませんか。
もちろんタレで」
長年、串を焼いてきたであろう店主は静かに頷くと、残りの肉を追加で焼き始めた。
じゅううと胃に刺激的な音が辺りに鳴り響く。
「焼けるまでもし良ければ、そちらで待ちませんか?」
メイドが丁寧な所作でベンチへとエミリアを誘う。
こんな美しい人と並んだことがないので、エミリアは頷くのが精いっぱいだった。
「私の分も焼いてくれるように言っていただいて、ありがとうございます。
ええと――」
「リリィです、どうぞお見知りおきを」
「リリィ――綺麗なお名前ですね」
エミリアのヒマワリのような笑顔を見て、リリィはハッと息を飲む。
「どうかしましたか?」
「いえ、お嬢さんはとても真っすぐで――眩しかったものですから」
「眩しい?」
「ええ、人にまっすぐにお礼を伝えられるのはとても難しいこと。
当たり前のことだからこそ。
良ければ名前をうかがってもいいかしら?」
「え、エミリアです」
「エミリアさんは、旅の途中かしら?
見たところ……一人旅のようね」
「はい、これからセントビショップ教会へ向かうんです」
「あら、奇遇ですね」
リリィは落ち着いた表情の中に驚きを見せる。
「私が仕えている姫――嬢様も本日から教会で生活を送られます」
「え、そうなんですか、すごい偶然!」
「姫――お嬢様もエミリアさんくらい素直だったら、可愛げがあったのですが――『牢獄に収監される前に庶民の食事を楽しみたいわ』なんて、とても第五皇女として――」
言いかけてリリィは口元を押さえ、
「そのペンダント、聖具ですね」
強引に話を逸らした。
「はい、父が独り立ちのお祝いに作ってくれたんです」
「お父様が……」
リリィはまじまじとペンダントを見つめる。
美しい模様がいくつも掘られ、内側に途方もないほど大量な魔力が込められている。
おそらく膨大な時間が、この聖具に魔力を溜めたのだろう。
「お父様はよほど名のある方ですね。
王都でもこのような力を秘めたペンダント、見たことがございません」
「そうなんですか?」
「もし良ければお父様のお名前をうかがっても?」
「アシュレイと申します」
「アシュレイ……?」
リリィは何度か繰り返し、空を見上げる。
「……耳にしたことがないですね」
「恥ずかしがり屋ですから」
エミリアは微笑んでペンダントを優しく撫でる。
「それほどのアクセサリーを作り出せる方でしたら、いつかお会いしたいものです。姫様――お嬢様もお喜びになります」
「ふふ、父もお友達を連れてきたら驚くと思います」
きっと面倒くさそうにしながらも、最高のお茶と焼き菓子を並べてくれるだろう。
そう思ったとき、ぐうとお腹の音が鳴った。
二人は笑い合い、店主が声を掛けると、エミリアはすぐに串焼きにかぶりついたのだった。




