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おっさん修理士は辺境で孤児を育てる ~成長中の娘たちが使う武具も道具も伝説級になっていく~  作者: ひなのねね


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第22話

 朝靄を抜ける街道は、まだ夢の名残を引きずるように静かだった。


 草の葉に宿った露が陽を受けてきらめき、遠くでは荷馬車の車輪が軋む音だけが響いている。


 三人の影は並んで長く伸び、白く吐く息がその背を追いかけていった。


 春にしては肌寒い朝。

 ミルフィは肩をすくめ、ツキノは袖口を握りしめ、エミリアは欠伸をかみ殺す。

 夜更けまで語り合ったせいで、どの顔にも眠気の痕が残っていた。


「遅くまで話しすぎちゃったね」

「三人で寝るのなんて、もうしばらくないかもしれないから」

「……悪くなかった」


 軽口を交わす声は柔らかく、どこか惜しむように澄んでいた。

 夜明けの空に浮かぶ淡い陽光が、彼女たちの瞳を細めさせる。

 今日の行き先は港町――それは同時に、それぞれの未来への分かれ道でもあった。


「エミリアは、船ね」


 沈黙を破ったのはミルフィだった。

 声は低く、それでも彼女の心を気遣う響きがあった。


「うん。セントビショップ教会へ行くには海を渡らないとね。

 ……船に乗るのは初めてだから、ちょっと楽しみ」


 いつものはじけるような笑顔ではなく、エミリアの口元には小さな微笑が浮かんでいる。

 期待と、不安と、寂しさを少しずつ混ぜ合わせたような笑みだった。


「ミルフィとツキノは王都だね」

「そう。騎士団候補生としての寮生活。

 ……きっと堅苦しい毎日になるわ」


 紫の長い髪を払いながら、ミルフィは肩を竦める。

 だがエミリアはすぐに首を振った。


「大丈夫だよ、ミルフィは優しいから」

「私が? それを言うのはエミリアくらいだよ」

「ミルフィは優しい。ツキノもそう思う。

 だってイタズラの後はいつも一緒に隠れてくれた」


 にんまりと笑って見上げるツキノに、ミルフィは頬を染めて視線を逸らす。


「――小さいときの話を持ちださないの」


 言い訳のように足を速め、先頭を歩いてしまうその背中が、逆に優しさを物語っていた。


「素直じゃないんだから」


 エミリアは笑い、ツキノに視線を向ける。


「ツキノ、ミルフィのことお願いね」

「まかせて」

「いや、頼まれるのは私の方なんだけど」


 ミルフィが振り返って苦笑する。

 ツキノはにやりと胸を張り、「たのんだ、ミルフィ」と返した。


 三人の笑い声が、街道に小さく弾んだ。

 まるで本当の姉妹のように身を寄せ合い、道のりを進んでいく。


 やがて、街道が二つに分かれる場所にたどり着く。

 一方は王都へ、もう一方は港町へ。


 立ち止まったミルフィは背筋を伸ばし、深く息を吸った。


「――元気で」


 短く、それでいて揺るぎのない言葉だった。

 ツキノもその隣に並ぶ。


「……手紙、飛ばす」


 どこか不器用な言葉に、エミリアは自然と笑ってしまう。

 伝書鳩か、それとも新しい術か。ツキノらしい約束の仕方だった。


「また会おうね」


 それは祈りにも似た言葉。

 最後ではないと分かっていても、胸の奥に押し寄せる切なさが三人を抱きしめる。


 エミリア、ミルフィ、ツキノ――互いに抱き合い、しばし離れられなかった。

 名残を惜しむように体温を確かめ合い、やがて、静かに手を放す。


 振り返らず、ミルフィとツキノは王都への道を歩き出した。

 広がる草原の向こうで、二人の背は小さくなっていく。


「……よしっ、行こう」


 エミリアは両手を胸の前でぎゅっと握り、港町へと足を踏み出した。

 今まで片時も離れなかった二人と別れた寂しさが、背中に重くのしかかる。

 けれど同時に、これから一人で歩ける勇気も湧き上がっていた。


 孤児だった自分を育ててくれたアシュレイとリーンベル。

 彼らから受け取った想いを抱きしめ、とうとう自分の道を歩き出すのだ。


 胸元のネックレスに指を添える。

 アシュレイが渡してくれた聖具は、冷たさよりも不思議な温もりを帯びていた。

 強く握ると、胸の奥から熱がこみ上げてくる。


 ――未来はまだ遠い。

 けれど今、確かにその第一歩を踏み出した。

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