第19話
――それから七年の月日が流れた。
泣き虫で駆け回っていた少女たちは、もう子どもではない。
それぞれの夢を胸に抱き、自分の道を選ぶ年頃へと成長していた。
朝の工房に、軽やかな声が響いた。
「みんなー! 起きてる?
今日は大事な日なんだから、早く準備してねー!」
シスター服姿のリーンベルが、ぱたぱたと足音を鳴らして入ってくる。
十三歳になった三人娘にとっては、もうお姉さんというより母親に近い存在だった。
アシュレイは作業台に並べた木箱の蓋を閉じ、深く息を吐いた。
今日が来ることは分かっていたが、胸の奥にどうしても寂しさが残る。
「アシュレイさん、ほんとに全部できたんですか?」
「できてる。仕上げも確認した。あとは渡すだけだ」
リーンベルはぱっと顔を輝かせ、工房の扉を開いた。
差し込む朝日が、そこに立つ三人の少女を照らす。
金髪碧眼のエミリア、褐色の肌に紫髪のミルフィ、黒髪ストレートのツキノ。
それぞれ、もう立派に大人びていた。
「アシュレイさん!」
三人の声が重なり、アシュレイの胸にまっすぐ届く。
「おう……入れ」
彼女たちは小走りで工房に入り、並んで立った。
リーンベルが誇らしげに胸を張り、アシュレイに視線を送る。
「ね? 立派でしょ、三人とも」
「そうだな」
言葉にすると、胸の奥に熱いものが広がった。
泣き虫で幼かった子どもたちが、いまはそれぞれの道へ進もうとしている。
アシュレイは木箱を一つずつ取り出し、娘たちの前に置いた。
「まずはエミリア。おまえには――」
箱を開けると中には銀色に輝く小さな聖具と、細工の施された短杖が収められていた。
光を受けて淡い輝きを放つそれは、まさに治癒師の象徴だった。
「セントビショップ教会に行くなら、これが必要だ。
簡易の聖印と、祈りの補助杖。扱いやすいように調整してある」
「わあ……! すごいです、アシュレイさん!」
エミリアの碧眼がきらきらと輝き、胸に両手を当てる。
その姿にリーンベルがぱちぱちと手を叩いた。
「似合ってる、本当に治癒師みたい」
次にアシュレイは二つ目の箱を開けた。
そこには重厚な金属光沢を放つ盾が収まっている。
サイズはミルフィの体格に合わせ、幾度も調整を重ねた逸品だ。
「ミルフィ。
おまえには、この盾だ」
ミルフィはそっと手を伸ばし、盾を抱きしめる。
紫の瞳に決意の光が宿る。
「……ありがとう。これで誰も貫けない」
「自分自身も守る対象だ、忘れるなよ」
「うん」
短い言葉のやりとりに、アシュレイは彼女が幼い頃から一貫して「家族を守る」と言っていた姿を思い出す。
彼女の芯の強さが、この盾と共にさらに育っていくだろう。
最後に、アシュレイは三つ目の箱を開けた。
中には小ぶりながら精緻な錬金道具一式が並んでいた。
小瓶、秤、触媒の器具。
すべてアシュレイが鍛え、磨き上げたものだ。
「ツキノ、おまえにはこれだ。
王都アルケミスト学術院に行くなら、必要になる」
「わあ……きらきらしてる……かわいい……」
ツキノは頬をほんのり染めながら、器具をそっと撫でる。
その仕草にリーンベルが笑いをこらえきれず吹き出した。
「ふふっ、やっぱりツキノはそういうとこ、変わらないわね」
「でも、ガラスは可愛い……」
小さなやりとりに工房が和み、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
アシュレイも口の端をわずかに上げた。
全てを渡し終えたアシュレイは、腕を組んで三人を見渡した。
「それぞれの道に進め。俺たちはいつまでもここにいる。
好きに帰ってこい」
三人はそろって「はい!」と答える。
その声に、リーンベルが思わず目頭を押さえた。
「ううっ……立派になっちゃって……ぐすっ……!」
「リーンベル、泣かないでよ」
「これで抑える方が無理だよお」
涙を浮かべながら笑うリーンベルに、三人は駆け寄って抱きしめる。
アシュレイは少し離れてその光景を見守った。
胸の奥に込み上げるものを、ぐっと押し殺す。
やがて工房の鳩時計の音が響いた。
出発の時を告げる音だ。
「行ってこい」
短い一言に、三人は深く頷いた。
「行ってきます、アシュレイさん! リーンベル!」
工房を飛び出していく背中は、もう子どもではない。
まっすぐ未来を見据え、力強く歩き出していた。
リーンベルは涙をぬぐいながら、アシュレイに寄り添う。
「……寂しくなるね」
「そうだな」
だがその声は、どこか誇らしげでもあった。
育てた子どもたちが、自分の道を歩き出した。
その姿を見届けられることこそ、何よりの幸せだった。




