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おっさん修理士は辺境で孤児を育てる ~成長中の娘たちが使う武具も道具も伝説級になっていく~  作者: ひなのねね


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第18話

 降り積もる粉雪は、踏みしめるたびにきゅっきゅっと耳に心地よい音を立てる。

 重たい雲からはひらひらと白い結晶が舞い降り、森も村も、人々の営みさえ深い眠りに沈んでいた。


 人付き合いを避け、辺境の山奥に工房を構えたのは気楽さを求めてのことだった。

 だが――こうして大雪の中、山間の村まで足を運ぶのは流石に骨が折れる。


「こっちだ、アシュ」


 村の入り口で、白衣の上に熊毛の分厚いコートを羽織ったバルバトスが、大きく手を振っていた。


「年末の真夜中に悪いな、魔導暖房機がイカレちまってな」

「金が出るなら何でもやるさ」


 一般の民家では暖炉の炎で部屋を暖めるが、バルバトス診療所には王都でも普及し始めた魔導暖房機が導入されている。


 炎の魔法を込めた魔石を燃料にし、火災の心配もなく安全に室内を暖めることができる。

 特に入院患者を抱える診療所にとってはなくてはならない存在だった。


 深々と降りしきる雪の中、二人はカンテラの灯りを頼りに歩き出す。



「金か……どうだそろそろ娘たちの養育費は貯まったか?」

「いくらあっても足りんよ、子育てってやつは」


 リーンベルがエミリアたちを工房に連れてきてからというもの、アシュレイの生活は未知の連続だった。


 赤子はどんな服を着るのか、何を食べるのか、どう寝かせればよいのか――日中どう面倒を見ればいいのか。

 こればかりは、いかに凶悪なモンスターを討伐してきた彼でも想像が及ばぬ試練だった。


 日々の生活用品を揃えるだけでも相応の出費だ。

 彼女たちをいずれ独り立ちさせるとなれば、さらに多くの金が必要になるだろう。


「勉強はリーンベルちゃんが教えてるんだろ?」

「ああ、よくやってくれている」

「お前じゃ、言葉が足りんからな」

「喋りすぎの医師よりはマシだろう?」

「うるせぇ」


 二人はくくっと笑い合い、診療所へと入る。

 白い息が立ち昇るほど室内は冷え切っていた。


 アシュレイはかじかむ指先で魔導暖房機を分解し、慣れた手つきで内部を調べていく。


 ――経年劣化。古い部品を交換すれば、まだ使えるな。


 黙々と作業を進める彼の横で、バルバトスは椅子に腰を下ろし、ふと問いかける。


「どっかに通わせるのか?」

「……そうだな」


 三人娘の意思を尊重したい。

 望むなら、進みたい道を歩ませてやりたい。


「その顔は……遠くにやりたくなさそうだな」

「あ?」


 思わぬ言葉にアシュレイは手を止め、鋭い目で睨む。

 そんな顔をした覚えはない――と無言で訴えるが、バルバトスは肩をすくめた。


「俺には無駄だぞ。

 お前の微妙な表情くらい、リーンベルちゃんだけじゃなく、俺にも読み取れる」

「……そんな顔してたか?」


 ――リーンベルが俺の表情を読むというのも腑に落ちんのだが。


「今度、三人娘の将来を思い浮かべながら鏡を見てみろ。納得するさ」

「……ほら、出来たぞ」


 機械を組み直し終えると、魔導暖房機は再び温もりを吐き出す。


「おお、助かる。相変わらず手際がいいな。

 随分と勢いが違う、これで診療所の隅まで暖かくなる」


 バルバトスは愛おしげに機械を撫で、重たい革袋を差し出す。


「……多くないか?」

「年末年始特別特急料金の上乗せさ」

「悪いな」


 報酬を受け取り、アシュレイはローブのフードを深くかぶって診療所を後にした。

 真夜中の作業が終えた頃は、すでに新年の始まりはとうに過ぎていた。


 以前なら年越しに工房を空けることなど気にもしなかったが、今は違う。

 物心つき始めた子どもたちの顔を思い浮かべると、一刻も早く帰らねばという気持ちになる。


「アシュ、良い年を」

「お前もな」


 背中に声を受け、アシュレイは足を速めた。

 降りしきる雪はさらに重たくなる。


 ――俺にできるのは村から仕事を回すくらいだが。

 あの子たちは、俺にとっても可愛い存在だからな。


 見送るバルバトスは、心の中で呟きながら頭をかいた。


 夜明け前の山道を急ぐ。

 作業を始めたのが遅かったこともあり、工房に辿り着く頃には空が白み始めていた。


 リーンベルは子どもたちと眠っているだろうか。

 年末は遅くまで起きていていい習わしもあるが、もう朝が近い。

 あと一時間もすれば世界は朝日に照らされる。


「ん?」


 工房の窓から、優しい灯りが漏れていた。

 アシュレイは歩を速め、コートに積もった雪を払いながらドアノブに手をかける。


 そっと開けると――。


「あ、お帰りなさいアシュおじさん。

 ほらみんな、やっと帰って来たよ」

 

 出迎えたのは寝間着代わりのワンピース姿のリーンベル。

 そして、眠たげに目をこすりながら頭を揺らすエミリア、ミルフィ、ツキノだった。


「お帰りなさい……アシュレイさん」


 エミリアは鉛筆と紙を握ったまま。

 用紙には家族と思しき人々の顔が並んでいる。


「寒くない?」


 珍しく優しく問いかけてきたのは、半分眠りながらも盾を磨いていた形跡を残すミルフィ。

 だが今は布の代わりに、リーンベルの服の裾をぎゅっと握っていた。


「もう食べられない……」


 ツキノは夢の中に落ちかけながらも、トランプを強く握りしめている。眠気をごまかすために遊んでいたのだろう。


「みんな、アシュおじさんが帰ってくるまで寝ないって聞かなくて……ふぁ……ふふふ、無事に帰ってきて安心した」

「ありがとう、リーンベル――いつも、な」

「ううん、私はこうやって待ってるのが好きだから」


 にっこり笑ったリーンベルは、そのまま後ろに倒れ込み、眠気に身を委ねた。


「ありがとな、みんな。

 さて、今から運ぶからリーンベルと一緒に寝てくれるか?」


 しかし寝ぼけているはずなのに、3人娘たちは顔を見合わせてこう言った。


『やだ、みんなで寝る!』


 年頃の女性と同じ部屋ではリーンベルも嫌だと思い、これまで部屋は別にしてきた。

 だが、彼女たちがどれほど寂しさを抱えていたのか――その気持ちが今はよく分かる。


 アシュレイは少しばかり考え、リーンベルを両手で抱きかかえる。


「……今日だけだぞ」


 その声に、少女たちは小さく笑い、安心したように彼の後ろをついていく。


 やがて並んで眠りについた寝息が、工房に穏やかなリズムを刻む。

 窓の外では雪がしんしんと降り続け、世界を白く閉ざしていた。


「新しい年か……」


 その呟きは、吐息となってすぐに溶ける。


 結局、リーンベルの了承もあり、その後もたまに同じ部屋で寝ることになるとは、その時は思いもしなかった。

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