第13話
工房の裏手、木漏れ日の差し込む小さな森。
その奥にある大きなクスノキの根元が、ツキノの「秘密基地」だった。
苔むした根に寄りかかる形で置かれた古びた机。
机の上には、小瓶や錬金器具が並び、空気の中にほのかに甘い薬草の香りが漂っている。
その真ん中に、キュウリ、ナス、トマト、ピーマン、オクラ、トウモロコシ、ニラ、カボチャ、ズッキーニ、ゴーヤなどが無造作に並べられている。
ツキノは手に持ったフラスコから灰色の薬を一滴たらす。
自己流の錬金術による植物成長促進剤。
既に収穫した野菜に使用することで巨大化するのか、遊びを交えた実験の最中だった。
「――大きさに変化はない」
次は味だ。
口に含んだら甘さが増えているかもしれない。
服でトマトを乱暴に拭いて口に運ぼうとしたその時、
――ぱぁんっ。
突然、森の奥から乾いた破裂音が響いた。
ツキノはきょとんと顔を上げる。
次の瞬間、木々の間から淡い青白い光がふわりと漂ってくるのが見えた。
「……ひかり……?」
秘密基地を出て、ふらふらと引き寄せられるように、ツキノは光の方へ足を運んだ。
やがて、視界が開けた小さな空き地に出た。
そこには一人の少女が立っていた。
年の頃は15くらいだろうか、年上の人の年齢はよく分からない。
腰まで届く金色の髪が陽の光を受けてきらめき、鮮やかな青い瞳が真剣な色を帯びている。
白いブラウスに紺色のベスト、その上に革のベルトや小さなポーチをいくつも下げ、いかにも旅の錬金術師という風貌だ。
そして、その少女の肩には――鳥がいた。
全身が淡く青白く光り、羽ばたくたびに細かな光の粒子が零れ落ちる。まるで月明かりを羽毛に溶かし込んだようだ。
けれど、右肩羽だけは輝きが弱く、ほんのり灰色がかっていた。
「……きれい」
思わずツキノが呟くと、少女は驚いたように振り返った。
「……あれ? こんな森に、人が?」
「ようせい」
「あはは、面白いね」
少女はくすっと笑い、軽く手を上げて挨拶した。
「私はミレイミァン。旅の錬金術師だよ」
「ツキノ」
ツキノはじっと鳥を見つめた。
鳥は首をかしげ、かすかな鳴き声を上げる。
その透き通るような音色は、森の静けさに溶けていった。
「この子は?」
「アオノソラ。私が錬金術で生み出したホムンクルスだよ。
かわいいでしょ」
ミレイミァンは愛おしそうに鳥の頭を撫でる。
「とべない?」
「え……?」
ツキノの指摘にミレイミァンは表情を曇らせる。
彼女の表情が答えを物語っていた。
「どうしてそう思ったの?」
「植物みたい」
「ん?」
ツキノの回答は要領を得ない。
もしここにアシュレイが居れば通訳してくれるだろうが、初対面のミレイミァンでは理解が追い付かない。
「その子、陽がたりない」
「日光?」
ツキノは少し考えてから横に首を振る。
「違うけど、そう」
ミレイミァンは少しだけ黙り込み、遠くを見るように目を伏せた。
「この子はね、私の実験の失敗に巻き込まれて怪我しちゃったんだ。
だからずっと飛ばないで肩にいるの」
「失敗?」
「そう絶対に失敗しちゃいけないところで失敗しちゃってね。
私はいつもそう、肝心な時に全部ぶっ壊しちゃう」
ツキノは、ふわりと笑った。
「アシュレイは言ってた。
失敗しても成功するまで試せばいいって」
「そうだね……でも、一度も失敗できない時もあるんだよ。お姉さんになるとね」
ミレイミァンは過去を思い出すように流れる雲を見つめている。
「だから私は失敗を取り返す方法を探して旅をしてるんだ。
今日はここから山間の村を通って――何処まで行こうかな」
「さっきの音は何?」
ツキノは秘密基地から聞こえた音を思い出した。
薬品が爆発したときの音とそっくりだったからだ。
「この森って辺境なせいか、珍しい植物多いでしょ?
要素を抽出して、失った栄養を取り戻せないかなって……」
「ふうん?」
「ツキノちゃんには少し難しかったかな、この子を――咲かせたいんだ」
背中の使い古された革のリュックを開けると、中から透明なガラスポッドに入れられたバラの花が現れた。
しかしそのバラは灰色に変色し、水分はなく、触れれば塵になってしまう儚さがあった。
「枯れてるの?」
「正確には生命力が全て吹き飛んだ状態のまま固定されている――なんだけど、簡単に言えば枯れてるね」
バラのポッドを愛おしそうに撫で、ミレイミァンは小さく息を吐いた。
「正直、もう直す方法なんてないのかもね……はあ」
肩に止まったホムンクルス鳥のアオノソラが、白い頬に優しく寄り添った。
飛べない翼は色素が薄く、ツキノには痛々しく映った。
「ありがとう、アオノソラ。
ツキノちゃん、私もそろそろ行くね――うわっ」
立ち上がった裾を引っ張られ、ミレイミァンはたたらを踏んだ。
「アオノソラにお薬あげる」
ツキノは彼女を秘密基地へと案内した。
幼き日の自分を重ね合わせるようにミレイミァンはクスノキにある"ツキノの工房"をじっくりと眺めた。
「ツキノちゃんは錬金術師になりたいの?」
こくりと頷く。
「これ」
指さした先には試験管が数本掛けられていた。
「これは……薬品かな?」
緑色の液体や黄金色の液体がいくつか並んでいる。
「そっちはまだ」
アシュレイの工房から、こっそり一本持ちだしてきた成長促進剤の成分を解明しようとしていたのだ。
「こっち」
「これだけ――不純物もない、何を混ぜたらこんなきれいな色が……。
こんなものを作れる人が存在するの?」
「塗っても良い?」
「くんくん……危険は無さそうだね」
ツキノが机に並べている野菜の山を見てミレイミァンは頷いた。
ちょっとした成長剤の一種だろう。
「安心の一本」
ツキノは胸を張ってから緑色の液体と黄金色の液体を混ぜ、アオノソラの肩羽にそっと塗った。
すると、失われていた青白い光がじわりと戻っていく。
鳥は嬉しそうに羽ばたき、光の粒子を空き地いっぱいに散らした。
「……なおった」
「と、飛んでる――!?」
アオノソラは嬉しそうに何度もミレイミァンの頭上を回っては、ぴぃぴぃと鳴く。
「な、なんで、ただの植物成長剤じゃないの!?
いや、でもアオノソラは陽の光が栄養源。
体中の植物属性を活性化させれば――でもそれは、私が吹き飛ばしたバラと一緒で、陽光を取り入れる細胞は破壊され……ええ、まって、もしかして破壊から再生させたの!?」
あまりの驚きにミレイミァンの脳内では様々な錬金術の方程式が巡るが、何一つ解決した理由に届かない。
「バラにも使えると思う」
「そ、そんなまさか」
「一滴しかないけど」
「ううん、十分だよ」
彼女は胸の奥から湧き出る感情が抑えきれず、喉がからからに乾く。
これ以上、声を絞り出すことも出来ずに、ツキノから受け取ったスポイトを取り出したバラへと一滴――ただの一滴、垂らした。
風が吹き、アオノソラが旋回しながら残光を降らせた。
バラの花弁がほのかに輝き、ミレイミァンの頬を照らす。
それは彼女の旅の終わりを告げる光でもあった。




