第12話
王城の静謐な一室。
陽光が大理石の床を照らし、長机の中央には一本の剣が静かに置かれていた。
刃には銘が刻まれているが、どうにも独特な書体が読みにくい。
かつて戦場を駆け抜けたであろう名剣は、今や製造当時を超える輝きを放つ完璧な刀身としてそこにあった。
「これは……誰が直したのだ?」
武具管理の騎士長が刃をそっと撫でる。
継ぎ目は一切なく、魔力の流れは滑らかで、場にいる鍛冶師たちは息を呑んだ。
「ただの修理ではない……研ぎ直されてるようだ」
「いや、ただの砥方で説明できん。それ以上だ。
素材そのものが強化されておる。鍛冶と錬金術、両方の極みを知る者の仕事だろう」
「――というのが管理官たちの反応です」
「ありがとう、リリィ」
第五皇女アリスディールは剣に目を凝らし、細く澄んだ蒼い瞳が光を反射する。
ゆるやかに波打つ金髪が肩に揺れ、まだ幼いながらも気品に満ちた佇まいだった。
優しく、穏やかで、誰もが振り返るほどの可憐さ。
けれどその瞳は、何よりも深い好奇心に輝いていた。
「リリィ、私はこの剣を直した方に、きちんとお礼を言いたいわ」
控えの侍女リリィがすっと一歩前に出て、凛とした所作で深く礼をする。
銀髪をまとめ、落ち着いた紺色のメイド服が清楚に映えていた。
「調査はお任せください、姫様。
必ずや手掛かりをお持ちいたします」
「期待してるわ、リリィ」
その後、リリィはすぐさま王都の鍛冶工房を一軒一軒訪ね歩いた。
名門の老舗、王都随一の技術を誇る工房、そして錬金術と鍛冶を融合させた新進の店……どの職人も剣を目にし、一様に息を漏らす。
「うちは違うが……惚れ惚れする仕事だ」
「ほんとに研いだだけか?
こんなの再創造だ。こんな技は鍛冶も錬金も極めた者にしかできん」
やがて老練な鍛冶師がぽつりと呟いた。
「スレイ様の剣じゃな……隠居して久しいが、あの方なら何か知っておるかもしれん」
馬車で半日、森の奥深くにひっそりと佇む木造の家。
煙突からは煙一つ上がらず、静かな時が流れていた。
リリィが扉を叩くと、白髪混じりの老人が顔を見せた。
名匠スレイ。
かつて王国中に名を轟かせた鍛冶師は、今は杖を頼りに歩く隠居者だ。
「珍しい客じゃのう……若いメイドさんとは」
「突然の訪問、失礼いたします。私はリリィと申します」
「で、そのリリィ殿がなに用じゃ。
ここにいるのは枯れ枝の如く、役目を失った翁のみぞ」
彼の瞳は色を失い、既に俗世からも隠居したことを物語っている。
「実はこちらの剣を見ていただきたく訪問しました」
差し出された剣を一瞥すると、老人の瞳が大きく見開かれた。
震える手で柄を握り、光にかざす。
「間違いない……わしが打った剣"スワロウテイル"じゃ。しかし何十年も前の剣が――」
刃を指でなぞり、修理跡を確かめる。
刃こぼれした箇所は跡形もなく、強度は製造時よりも遥かに増している。
魔力の流れは淀みなく、まるで鋼が息づいているかのようだ。
「神業じゃ……わしには到底できん」
「いったい誰が直したのでしょうか?」
スレイは首を振る。
「知らん……だが、これは職人の夢そのものだ。
こんな挑戦状、無視できるわけがない」
胸の内に若き日の熱が再び燃え上がる。
火の消えた炉を振り返り、握った拳に力を込めた。
「わしはもう一度火を入れる。いや、入れねばならん」
スレイは別宅に入ると棚から古びた設計図を広げる。
そこに描かれていたのは数々の噂を集めて形した次作の図、長く細い刀身――「カタナ」の試作案だった。
「技術が足らず断念した武器だが……あんな技を見せられてはな。
ワシは新しい時代の武器を――命を燃やして作るべきだ」
リリィは深く頭を下げる。
「スレイ様、お話をありがとうございます。
また新たに槌を振るうこと、姫様もお喜びになりましょう」
スレイは設計図を広げたまま、微笑んだ。
「この修理をした者に感謝せねばならん……ワシにもう一度生きる喜びをくれたのだから」
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王城へ戻ったリリィはアリスディールの前で跪いた。
「修理した方は不明ですが、スレイ様が鍛冶を再開されます」
「まあ……ただの修理ではなかったのね」
「はい。新たな武器の開発にも着手されるとのことです」
アリスディールは誰が修理したか分からない剣を優しく抱きしめ、小さく微笑んだ。
「いつか、この素晴らしい剣を直した方に、きちんとお礼が言いたいわ」
その日、王城にひとつの噂が広まった――“名匠スレイ、鍛冶再開”。
それは王国の武器史に新たな時代を告げる序章となる。
――そして遠く海辺の工房では、アシュレイが古びた農具をのんびり修理していた。
王都でひとりの老人が再び火を灯したことなど、まだ夢にも知らずに。




