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第八話 紗彩

「ハァハァハァハァ……」

 娯楽室に逃げ込んだ紗彩は、扉に鍵を掛け、その場に座り込んだ。

 ホテルの建材のほとんどは、余命力を含んでいない。

 そのため魂食は、城壁のように壁ごと取り込んで無に還すことができない。

 鍵を掛けられた娯楽室には、魂食は入って来られなかった。

「みんな……必死で逃げてきたのに……救われないの?」

 不法滞在の魂の多くが、逃げ遅れていた。

 魂食になった者。

 魂食に取り込まれ、消えていった者。

「私は……ここに来て救われた」

 紗彩は、閉ざされた扉の方を見る。

「みんなにも……救われて欲しかった」

 涙が止まらない。

「希望はあるって……教えたかったっ!」

 紗彩はその場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。

 ジリリリリリリーッ――

 鳴り止まない警報機の音が、紗彩の感覚を鈍らせていた。

 ズズズッ……

 娯楽室の奥にある別室から、何かが這い出てくる。

 中型の魂食だった。

「うっ……うっ……」

 ズズズッ……

 ゆっくりと、しかし確実に紗彩へ近づいてくる。

「……え?」

 紗彩はそこで初めて、魂食の存在に気付いた。

 慌てて立ち上がり、その場から逃げ出す。

「いやっ!」

 扉から離れ、部屋の隅へと逃げる。

 だが――

「あっ……」

 足がもつれ、床に倒れ込んだ。

(もう……ダメね……紗羅……)

 目を閉じた、その瞬間――

 ドンッ!!

 娯楽室の扉が、激しい音と共に吹き飛んだ。

 そして、すぐに声が響く。

「ママ!!」

 聞き覚えのある、必死な声だった。


 ヴィクターが床を蹴る。

 一瞬で魂食との間合いを詰めた。

「ふんっ!」

 ザンッ――

 振り下ろされた大剣が、中型魂食を斬り裂く。

 刃は確かに命中した。だが、その瞬間――大剣の輝きが失われる。

 魂食は削られたが、まだ消えてはいない。

「はっ」

 ヴィクターの手に力が入る。

 すると失われていた輝きが、大剣に再び宿った。

 余命力による補填だった。

「ふんっ!」

 ザンッ――

 揺らいでいた魂食に二撃目。

 今度は完全に斬り裂かれ、中型魂食は静かに無に還った。

 その瞬間、紗羅が紗彩の元へ駆け寄る。

「ママ! 大丈夫?」

「紗羅? なんで来たの?」

「多分……ママと同じ理由よ」

 同じ境遇の魂を、放っておけなかった。

 だが――

「まだ終わってないぞ」

 ヴィクターの声が低く響く。

 奥の別室。

 そして入口。

 二方向から、小型の魂食が娯楽室へと侵入してきていた。

 ヴィクターは大剣を背中へ戻し、腰の銃二丁を抜く。

 同時に、二方向へ撃ち始めた。

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 小型魂食は次々と無に還る。

 だが――

 押し寄せる数の方が多い。

「ちっ! 数が多過ぎるか」

 ヴィクターは背中に手を回し、ランチャーを握った。

 魂食の群れへ向けて構える。

 ドンッ!!

 撃ち出された弾は空中で広がり、ネット状となる。

 群れていた魂食を一気に包み込み、まとめて無に還していった。

 一瞬、空間に隙が生まれる。

 その瞬間――

 ヴィクターは壁へ向かって走った。

 ドンッ!!

 蹴り破り、外へ通じる穴を開ける。

「逃げろ!」

「ママ! 走れる?」

「え?……うん、大丈夫そう」

 紗彩は立ち上がり、紗羅と共に穴から外へ出た。

 だがヴィクターは、建物の中に残る。

 魂食を引きつけるためだった。

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

「ヴィクター! あなたも早く逃げなさい!」

 外から紗羅が叫ぶ。

「ダメだ」

 ヴィクターは撃ちながら答えた。

「ここで殲滅しないと、他に被害が広がる」

「一人じゃ無理よ!」

「大丈夫だ」

 紗羅は建物の近くで、心配そうに声をかけ続けていた。

 その――瞬間。

 二階の窓が割れる。

 パリンッ!

「え?」

 そこから、小型魂食が飛び出してきた。

「紗羅!」

 紗彩の叫び。

 ドンッ――

 強い衝撃。

 紗羅の身体が大きく揺れた。

 何が起きたのか――

 紗羅には、一瞬理解できなかった。


「キャッ!」

 紗羅の身体は突き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。

「痛っ……何?」

 顔を上げる。

 さっきまで自分が立っていた場所――

 そこに、紗彩が横たわっていた。

「ママ? ……ママ!」

 紗羅は慌てて駆け寄る。

 紗彩の身体を抱き起こそうとした、その瞬間――

 紗羅の顔が青ざめた。

「ママ!!」

 紗彩の身体は、半分近く失われていた。

 魂食との接触によって、その部分が無に還されていたのだ。

 ズズズッ……

 二階の窓から、再び魂食が忍び寄る。

 だが紗羅の目には、もう母親の姿しか映っていなかった。

「ママ! ママ! 目を覚まして!」

 ズズズッ……

 パンッ!

 銃声が響く。

「紗羅ーっ! 大丈夫か?」

 蒼が外から飛んで、駆けつけてきた。

「蒼! ママが……ママが!」

「紗彩さん? ……っ!」

 紗彩の姿を見た蒼は、一瞬青ざめる。

 だがすぐに状況を理解した。

「紗彩さんはまだ大丈夫だ。魂は消えていない」

「ホント?」

「ああ。だけど、早く治療が必要だ。しかし……」

 蒼は周囲を見る。

 ズズズッ……ズズズッ……

 建物の中からも、周囲からも、魂食が集まり始めていた。

「状況が……」

 パンッ!

 パンッ!

 蒼は銃で応戦するが、数が多い。

 この状況では、治療に集中することができなかった。

 その時――

「助かるのね。分かったわ」

 紗羅が静かに言った。

 そして、紗彩の身体に手を当てる。

 自身の余命力を、流し込んだ。

「ママ。もう大丈夫よ」

 淡い光が、ふわりと溢れる。

 傷ついた紗彩の魂を、優しく包み込んでいく。

 やがて光が収まる。

 紗彩の魂は、安定していた。

「治ったわ」

 その言葉と同時に――

 紗羅の身体に変化が起きていた。

 数年分の時間が、一気に流れたかのように。

 中学生の少女だった姿が――

 高校生の少女へと、変わっていた。


 建物の中から銃声が響く。

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

「蒼か? 二人を早く逃がせ! ここは危険だ」

 ヴィクターの声が建物の奥から飛んできた。

 建物の内部は死角が多い。

 さらに上層階にも注意を払いながら、紗羅と紗彩を守るのは厳しい状況だった。

「分かった。すぐ戻る」

 蒼は短く答える。

 紗羅は余命力を使った反動か、気を失っていた。

 紗彩は完治しているが、まだ目を覚まさない。

 蒼は二人を抱え、地面を蹴った。

 次の瞬間――ホテルの外へと跳び出す。

 ホテルの外では、ノートパソコンを抱えたミチルが心配そうに待っていた。

 そこへ蒼が降り立つ。

「ミチル! 紗羅と紗彩さんを連れてきたぞ!」

「そーちゃん! 紗羅! 紗羅ママ!」

 ミチルは三人に抱きつき、泣き出した。

「ミチル。二人をよろしくな。俺はまだ、やらなきゃいけない事があるから」

「分かった……」

 ミチルは紗羅と紗彩の手を握りながら、蒼を見送る。

 蒼は振り返らず、再びホテルへ向かって走り出した。

(紗羅……どこまでも冷静なやつだよな)

 蒼は心の中で呟く。

 ミチルにパソコンを持たせたこと。

 クロにパソコンのGPSで居場所を知らせていたこと。

 そして――

 ホテルへ向かう途中も、眼鏡を外さずライブ映像を送り続けていたこと。

(俺が、すぐ駆けつけられるように……)

 蒼の頭の上には、実はずっとクロが乗っていた。

 ここまでの道も、すべてクロがナビゲートしていた。

 そのおかげで蒼は迷うことなく、ミチルと紗羅の元へ辿り着けたのだ。

「蒼。もう少しだ」

「あぁ」

 蒼は足に力を込める。

 そして――

 ヴィクターの元へと、再び跳んだ。


(暖かい……優しい感情が……流れてくる)

 紗羅はゆっくりと目を開けた。

 視界に入ったのは、こちらを覗き込むミチルの顔だった。

「紗羅!」

「ミチル?」

「良かった〜」

 ミチルは紗羅の手をぎゅっと握っていた。

(ミチルの感情……だったんだ)

 紗羅はそこで気付く。

 さっき感じていた暖かい感情は、ミチルから伝わってきていたものだった。

 ミチルの奥を見る。

 そこには、横になっている紗彩の姿があった。

「ママ!」

 紗羅が身を起こそうとする。

「紗羅ママも眠ってるだけだよ〜」

 ミチルが慌てて言った。

 紗羅は紗彩の魂を見る。

 鼓動は、しっかりと打っていた。

「良かった……」

「んっ……」

 その時、紗彩もゆっくりと目を開けた。

「紗羅? 無事だったのね。良かったわ」

「ママが助けてくれたんじゃない」

「そういえば……魂食が二階から降ってきて……」

 そこまで言って、紗彩は言葉を止めた。

 改めて紗羅の姿を見る。

「紗羅! その姿って……まさか」

「少しは大人になれたかしら?」

「なんて……ことを……」

 紗彩の声が震える。

「ママ。私の余命はママよりあるのよ。何も心配ないわ」

「母親失格ね……」

「それは違うわ」

 紗羅は静かに首を振った。

「私はママと二回もお別れしたくないのよ」

 現世で出来なかったこと。

「親子としての時間を、ここで築いていきたいの」

「私は……」

 言葉は冷静だった。

 だが、その瞳には涙が溢れていた。

 紗彩はゆっくりと手を伸ばす。

 そして――

 紗羅を、強く抱きしめた。

 紗彩が、初めて娘を抱きしめた瞬間だった。

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