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第七話 ヴィクター

 廊下から聞こえてきた叫び声に、紗彩と支配人は慌てて部屋を飛び出した。

「キャーッ!」

「逃げろー!」

「ウワーッ!」

 悲鳴があちこちで上がる。

 その瞬間――

 ジリリリリリリーッ!!

 けたたましい警報機の音がホテル中に響き渡った。

「紗彩さんは他のスタッフと一緒に、お客様の避難誘導を!」

「はいっ!」

「私は現場を見に行きます」

「支配人、ダメですよ。危ないです」

 紗彩は思わず止める。

 だが支配人は静かに首を振った。

「まだ助かる魂がいるかもしれないので……」

 そう言い残し、支配人は一度部屋へ戻った。

 そしてすぐに廊下へ戻ってくる。

 その手には、銃が握られていた。

「これがありますから、私は大丈夫。さあ、紗彩さんも行ってください。気を付けて」

「支配人……分かりました」

 紗彩は小さく頷き、フロントの方へ走り出した。

 支配人が向かう方向とは逆だった。

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 廊下を駆ける紗彩の耳に、警報音が鳴り続けている。

 ジリリリリリリーッ!!

 フロントへ辿り着くと、そこでも警報が鳴り響いていた。

 すでにスタッフたちが避難誘導を始めている。

「こちらへ! 落ち着いてください!」

 紗彩もすぐに加わり、客を出口へと誘導していく。

 幸い、朝のチェックアウトの時間帯だった。

 客室に残っている客は少なく、避難は比較的順調に進んでいた。

「客室の方は?」

 紗彩がスタッフに声をかける。

「他のスタッフが誘導しています。全階層が混雑していましたが、やっと緩和されてきました」

 ほっと胸を撫で下ろす。

 だが、紗彩には気になることがあった。

「魂食の発生源って……どこなの?」

 スタッフは一瞬ためらい、答えた。

「寮みたいですね」

「寮……」

 紗彩の表情が凍りつく。

 そこは――

 ついさっきまで自分がいた場所だった。

(まさか……私が……?)

 胸の奥がざわつく。

「ここはもう大丈夫そうですよね? 私は……逃げ遅れた人がいないか見てきます」

「お願いします。気をつけて」

 紗彩は頷くと、踵を返した。

 そして――

 寮へ向かって、全力で走り出した。


 時間を少し遡る――。

 ヴィクターは、ヘリの調査へ向かう準備をしていた。

 整備作業は順調に進んでおり、少し時間に余裕があった。

 そのため、ホテル内の飲食店で朝食を取っていた。

「朝からスシが食えるとは、かなり贅沢な朝食だな」

 カウンターの向こうでは、在来魂の寿司職人が黙々と寿司を握っていた。

 ヴィクターは一貫ずつ味わいながら、静かに舌鼓を打った。

 最後の一貫を食べ終えると、満足そうに息を吐く。

「Thank you」

 代金とチップをカウンターに置き、ヴィクターは席を立った。

 店を出て、ホテルの入口へ向かう。

 フロントはチェックアウトの対応に追われ、朝からかなり混雑していた。

 慌ただしく行き交うスタッフと宿泊客。

 その様子を横目に、ヴィクターはホテルを後にした。

 城壁のヘリポートへ向かって歩き出す。

「今日、最終整備が終われば……明日には戻れるな」

 独り言のように呟いた、その時だった。

 今来た道の方から、一人の魂が走ってくる。

 息を切らし、なりふり構わず逃げている様子だった。

(余命力を使って逃げているのか?)

 ヴィクターは足を止め、振り返る。

 そして、意識を研ぎ澄ませた。

(ホテルから……人が散り散りに逃げている? 何があった)

 ヴィクターは余命力で聴覚を強化する。

 遠くの声が、一気に耳へ流れ込んできた。

「魂食が出たって!」

「ヤバいだろ!」

「早く逃げろ!」

「どうなってるんだ!?」

(っ!?)

 ヴィクターの表情が一瞬で変わる。

 すぐに踵を返した。

 ホテルへ向かって、全力で走り出す。

(街中で魂食……)

 脳裏に、ある光景がよぎる。

(あの時と……一緒なのか?)

 地面を蹴る足に、余命力が込められていた。


 朝食を食べ終えた紗羅とミチルは、ホテルへと向かっていた。

「走ってる人、いっぱいだね〜」

 ミチルがきょろきょろと周りを見渡す。

「ホントね。イベントかしら?」

 紗羅も不思議そうに周囲を見た。

 だが、通りを走っていく魂たちは皆、どこか必死な様子だった。

 その時――

「あっちで魂食が出たらしい! 近づかない方がいいぞ!」

 一人の魂が大声で注意した。

 その魂が指差す先は――ホテルの方角だった。

「ちょっと。あっちって、どこの事よ!」

 紗羅が慌てて聞き返す。

「え? ホテルだよ、ホテル」

「なっ……」

「ホテル〜?」

 ミチルは、まだ状況が分かっていない様子だった。

「……ホテルに魂食が出たの。街の大きな壁を消しちゃたやつ」

 ミチルは少しだけ考えてから、ぽつりと呟いた。

「……消えるのヤダ。でも……」

 小さな手が、紗羅の服をぎゅっと掴む。

「あっちに紗羅ママがいるよ……」

「……そうね。分かっているわ」

 紗羅は視線をホテルへ向けた。

 魂食が相手では、自分は役に立たない。

 それは誰よりも、自分自身がよく分かっている。

 それでも――

 目は、ホテルから離れなかった。

 紗羅はノートパソコンを開き、クロへメッセージを送る。

(ホテルで魂食発生。ホテルへ向かう)

 短く打ち込み、すぐに送信した。

 そしてノートパソコンをミチルへ渡す。

「ミチル、これ持ってて。ここで待ってて頂戴」

「紗羅? ミチルも一緒に行く」

 ミチルは首を振る。

 だが紗羅は、優しく頭を撫でた。

「お願い。きっと蒼がここに来てくれるから」

「そーちゃん……?」

「二人で迎えに来て。お願い」

 ミチルは少し黙り込む。

 そして、小さく頷いた。

「……うん」

「いい子ね」

 その言葉を残し――

 紗羅は振り返らず、ホテルへ向かって走り出した。


 息を切らしながら、紗羅はホテルへと辿り着いた。

「ハァ……ハァ……」

 道中、何人もの魂に引き止められた。

 だが紗羅は、その声を振り切ってここまで走ってきた。

 ただ一人――紗彩の姿を探して。

「ハァハァ……いないわね……」

 周囲を見回すが、見慣れた母の姿はない。

 紗羅はホテルの入口を見上げた。

(やっぱり……まだ中?)

 紗羅は近くにいたホテルのスタッフに駆け寄った。

「あの、ママは……紗彩ってスタッフを見ませんでしたか?」

 スタッフたちは顔を見合わせる。

「いや、見てないね」

「私も」

「僕も」

 皆が首を振る中、一人のスタッフが近づいてきた。

「紗彩さんを探しているのかい?」

「はい」

「最初は私とフロントで避難誘導をしていたんだけど……」

 そのスタッフは不安そうに言葉を続けた。

「逃げ遅れた人がいないか見に行くって言って、それきり見ていないの」

「え……?」

「多分、別の出口から逃げてると思うよ」

 その言葉を聞きながら、紗羅は視線を落とした。

(ママは弱者だった)

 余命力を持たない、普通の魂。

(私と同じ……)

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

(ママはきっと……)

 もし自分が紗彩の立場なら――

 きっと同じことをする。

 紗羅は、ホテルの入口へ足を向けた。

「ちょ、君!」

「危ないよ!」

 スタッフたちの制止の声を振り払い、紗羅は中へ飛び込む。

 ジリリリリリリーッ!

 警報機の音が鳴り止まないホテルの内部。

 だが――人の気配はない。

(奥……よね?)

 紗羅は奥へと進む。

 バックヤードの構造を思い出しながら、迷わず進んでいく。

 だが、警報音が耳を刺す。

(うるさいわね……何も聞こえないじゃない)

 さらに奥へ進んだ、その時。

 パンッ!

 乾いた銃声が響いた。

「聞こえた! こっち?」

 紗羅は音のした方向へ走る。

 そこには――

 銃を構えた支配人が、小型の魂食を相手に奮闘していた。

 黒い影のような魂食が、何体も迫っている。

「誰?」

 紗羅が思わず声をかける。

「え? 君、なんで逃げていないんだ!」

 支配人は驚きながら叫んだ。

「ここは危険だ! 早く逃げなさい!」

「ママは? 紗彩ってスタッフは?」

「紗彩さん? ここにはいない。それより君も避難しなさい!」

 紗羅は歯を食いしばる。

 そして来た道を引き返した。

(ここは……スタッフの寮?)

 多くの部屋が並ぶ廊下。

 紗羅はその廊下を走る。

 その瞬間――

 ガタンッ!

 一つの部屋の扉が開いた。

 そこから、小型の魂食が現れる。

「え……?」

 ズズズッと、黒い影が床を這うように迫ってくる。

 紗羅は思わず足を止めた。

 慌てて引き返そうとする。

 だが――

 後ろからも魂食が迫っていた。

「あっ……」

 逃げ場がない。

 紗羅はぎゅっと目を閉じた。

 その瞬間――

 パンッ!

 パンッ!

 銃声が二度、響いた。

「無事か?」

 低い声が聞こえる。

 紗羅が目を開けると――

 そこには、銃を構えたヴィクターが立っていた。


 ジリリリリリリーッ――。

 警報機が鳴り響く中、銃声が重なる。

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 ヴィクターは銃を撃ちながら、迷いなく奥へ進んでいく。

 その後ろを、紗羅が必死に追いかけた。

「その銃、何発撃てるのよ?」

 紗羅が息を切らしながら聞く。

「俺の余命が尽きるまで、だ」

「蒼の銃とは作りが違うのね。弾数が決まっているもの」

 蒼の持つ零命銃は、クロが集めた余命力を弾として使う武器だ。

 蒼自身の余命力を使う必要はない。

 だが弾を込めすぎれば、その分だけ銃が重くなる。

 そのため、蒼は弾数を制限して使っていた。

「それより――」

 ヴィクターは前を見たまま言う。

「本当にいるのか? お前の母親」

「きっといるわ」

 紗羅は即答した。

 ヴィクターは一瞬だけ沈黙する。

「……どちらにしても、魂食は全て無に還す」

「もう一人、武器を持ったスタッフがいたけれど?」

「あれはこのホテルの支配人だ」

 ヴィクターは短く答える。

「俺と同じ“生き残り”だ」

「生き残り……」

 紗羅の脳裏に、一つの事件が浮かぶ。

 街一つが崩壊した、あの出来事。

 支配人は、その事件を生き延びた魂だった。

 魂楽界へ来た後も、不安が消えず――

 武器を手放せなかった。

「あれを生き残ったんだ。あいつは大丈夫だ」

 そう言うと、ヴィクターは足を止めた。

 廊下の突き当たり。

 そこには大きな扉がある。

 ヴィクターは、迷いなくその扉を蹴り破った。

 ドンッ!!

「ここは……娯楽室?」

 紗羅がヴィクターの背後から、扉のプレートを読む。

 ヴィクターは銃を下ろし、背中に背負っていた大剣へ持ち替えた。

 ゆっくりと構える。

「いるぞ」

 低く呟く。

「中型だ」

 部屋の隅。

 そこに、大きめの黒い影が蠢いていた。

 ズズズッ――

 床を這うように動く影。

 その進む先には――

 一人の女性が倒れていた。

 紗彩だった。

「ママ!!」

 紗羅の叫びが、娯楽室に響いた。

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