第六話 発覚
それから二日が過ぎた。
蒼の護衛は問題なく続き、環状道路は着々と開通へと向かっていた。
ヴィクターのヘリの整備も順調で、あと数日で終わる模様だ。
一方で――
紗羅の調査は、ホテルを中心に探りを入れていた。
昨夜、蒼は紗羅から報告を受けていた。
◇
「ちょっと見て」
紗羅がノートパソコンの画面を見るように促す。
蒼は紗羅の後ろから覗き込むように画面を見る。
そこにはホテルのマップ、各種施設、その規模が細かく整理されていた。
「この規模のホテルなら、従業員は少なくても三百人は必要なのよ。でも……」
紗羅は画面を切り替える。
ホテルの従業員リストが表示された。
その中には紗彩の名前もある。
「二百人くらいなのよ。従業員は」
「少ない、ってことか」
蒼は腕を組む。
「残りは在来魂とかは?」
「この従業員リストは外来魂だけじゃないわ。少ないけど在来魂も働いている」
「じゃあ、足りない人員は裏で……?」
蒼の言葉に、紗羅は大きく息を吐いた。
「はぁ……もう真っ黒にしか見えないわね」
母親が働くホテルが怪しい。
その一つの結論に辿り着き、紗羅は思わずため息をついた。
「クロさん? 来てるの?」
ミチルが会話に割って入ってくる。
「来てないよ」
蒼が答える。
「で、そのクロには報告したのか?」
「したわよ。駒を集めるって言ってたわ」
「駒、か……」
「いつ到着するかしらね……早く終えたいわ」
◇
昨日の紗羅の報告を思い出しながら、蒼は周囲を警戒していた。
今は護衛任務の最中。
環状道路の建設現場の近くで、蒼はふと中央街の方を見た。
クロが来る時は、必ず空にカラスの群れが現れる。
だが――
今日の空には、まだカラスの影は見えなかった。
朝、蒼を見送った紗羅は、ミチルとホテルの裏側へと向かった。
(何かあっても、ミチルがいれば迷い込んでもおかしくは見えないわよね? ママもミチルのこと知ってるし)
走り回るミチルを追いかけるフリをしながら、紗羅はバックヤードで働く魂たちを眼鏡越しに確認していく。
(正規、正規、正規……)
視界に映る魂を一人ずつ見ていくが、不審な反応は出ない。
「ふぅ。ミチル〜。あまり遠くに行かないでよ〜」
「分かってる〜」
(分かっていない)
紗羅は小さくため息をつく。ミチルの性格上、遊びが終わるかもしれないと感じると、わざと遠くへ走っていくのだ。
「今そっちに行くから、ちょっと待っててよ〜」
「あっ、コラ!」
(やっぱり……)
「そっちは何もないでしょ?」
打算がない子どもは疑われにくい。
それは調査には都合がいい。だが――
「ほ、ほんとうに……はぁ、一回……はぁ……止まって……はぁ……よ……はぁはぁ」
ミチルは全力で遊んでいた。
ミチルが走って消えていった建物の角を曲がると、そこには巨大な入り口があった。
「はぁはぁ……搬入口……はぁはぁ」
「おっきいトビラ〜! あっ!」
ミチルが振り向いた先を見る。
大きなコンテナ車両が二台、搬入口へ向かって近づいてきていた。
「ミチル、危ない!!」
「大丈夫だよ〜。はい」
ミチルは軽く手を振ると、すぐに紗羅の元へ戻ってきた。
コンテナ車両の運転手が窓を開け、二人に声をかける。
「ここは危ないから、お嬢さんたちは広場の方でおくつろぎください」
丁寧な言葉遣いだった。
「はい。すみません」
「ゴメンなさ〜い」
二人が謝ると、運転手は軽く頷き、前を向いて車を進めた。
コンテナ車両はゆっくりと搬入口へ入っていく。
「…………」
紗羅は二台の車をじっと見送っていた。
やがて踵を返し、広場の方へ歩き出す。
その手を、ミチルがぎゅっと握った。
「紗羅。どうしたの?」
不思議そうに見上げてくる。
紗羅は小さく息を吐き、低い声で呟いた。
「……いた」
「え?」
ミチルが首をかしげる。
紗羅の視線は、搬入口へ消えていったコンテナ車両に向いていた。
「いたのよ」
眼鏡越しに見えた反応。
さっきまで確認してきた魂たちは、すべて“正規”だった。
だが――
「あの運転手……」
紗羅の声は、確信に変わっていた。
「不法滞在の魂だわ」
慌てず、急がず、怪しまれず。
紗羅とミチルは何事もなかったかのように、広場の方へと向かった。
朝のフロントは慌ただしい。宿泊客のチェックアウト対応で、スタッフたちが忙しく動き回っている。
二人は広場のベンチに腰を下ろした。
紗羅はノートパソコンを開く。
(いつもは気にならないのに、起動が遅い!)
蒼から貰ったパソコンは、紗羅にとって大切な宝物だ。
だがこの時ばかりは、そのスペックの低さに苛立ちを隠せなかった。
やがて画面が立ち上がる。
「よしっ」
すぐにメールを開き、クロ宛てにメッセージを打ち込む。
(いたわよ。不法滞在の魂。画像も送るわ)
眼鏡で運転手を見た瞬間の映像は、すでに保存してある。
それを添付し、送信した。
「任務完了、ね」
紗羅は小さく息を吐いた。
隣ではミチルが、よく分からないといった顔でこちらを見ている。
「お仕事、終わり?」
「そうね」
「ここ、もう帰る?」
紗羅は少しだけ考える。
「……蒼の仕事が終わるまでは、いるかしらね」
「やった〜」
無邪気に喜ぶミチル。
(そうか。帰るんだ)
紗羅はふと空を見上げた。
(ママとは、ここで……)
胸の奥に小さな痛みが走る。
(でも、また会えるわよね)
気持ちを切り替えるように立ち上がる。
「ミチル。朝ご飯食べに行くわよ」
「やった〜。何食べる〜?」
二人の声は、朝の賑やかな広場に溶けていった。
◇
その頃――
紗彩は寮の部屋を整理していた。
「紗彩さん。今回は多いから、一旦寝袋の用意をして欲しい」
「はい」
声を掛けられ、紗彩は倉庫へ向かう。
倉庫でカゴ付きの台車を一台手に取った。
(余命力があれば、一人で二台とか運べるんだろうな……)
ふと頭をよぎる考え。
だが、すぐに首を振る。
(いえ。ここではそんな事は考えない)
コロコロと台車を押しながら、紗彩は寝袋のあるアウトドア備品室へ向かっていった。
紗羅とミチルは、ホテルの外にある食堂へ来ていた。
「やっぱり和食よね」
紗羅は迷わず焼き魚定食を頼む。
「やっぱりお肉だね〜」
ミチルは元気よく焼肉定食を注文した。
料理を待つ間も、紗羅は眼鏡をかけたまま周囲を観察している。食堂の客や店員を一人ずつ確認していた。
(眼鏡、慣れちゃったわね)
視界の端に流れる情報にも、もう違和感はない。
(買っちゃおうかしら)
そんなことを考えていると、向かい側でミチルが箸を構えていた。
「右手にお箸〜、左手にお茶碗〜」
少しぎこちない動きだが、しっかり持てている。
どうやら最近、箸が使えるようになったらしい。
「見て見て〜」
早く披露したくて仕方ない、といった顔だ。
「はい、焼き魚定食と焼肉定食ね」
店員が料理を運んできた。
目の前に置かれた定食を見て、二人の表情が一気に明るくなる。
「これよね、やっぱり。いただきます」
「お肉〜。いただきま〜す」
紗羅は味噌汁を一口すすり、ほっと息をつく。
ミチルは焼肉を一枚つかむと、そのまま口いっぱいに頬張った。
「おいひ〜!」
「落ち着いて食べなさいよ」
そんなやり取りをしながら、二人はのんびりと朝食を楽しんでいた。
◇
一方その頃――
紗彩は、コンテナ車から降りてきた避難民たちを寮へ案内していた。
(確かに今回は多いわね)
廊下を歩きながら、後ろを振り返る。
うつむいたまま歩く魂たちの列。
(いつもは十人もいないのに……今回は何十人いるのかしら)
不法滞在であることの負い目なのか。
それとも、これまでの生活が過酷だったからなのか。
すぐに前向きになれる魂は、ここにはいなかった。
「こちらの寮を使ってほしいのですけど、部屋が足りていないので……」
紗彩は扉を開けながら説明する。
「狭いですけど、二人ずつご利用願います。ベッドは一つしかないので、寝袋を使ってください」
避難民たちは小さく頷きながら部屋へ入っていく。
案内を終えた紗彩は、支配人室へ向かった。
コンッ、コンッ、コンッ。
「どうぞ」
「失礼いたします」
扉を開けて中へ入る。
「避難民の方々を部屋まで案内いたしました」
「ご苦労さまです」
支配人は書類から目を上げた。
「今回はいつもより多かったみたいですね」
「三十二人と聞いています」
「……ホテルの増築を進めないといけないですね」
支配人が小さく呟いた、その時だった。
廊下の方から騒がしい音が聞こえてくる。
最初はざわめきだった。
だが次第に大きくなり、悲鳴にも近い喧騒へと変わる。
そして――
はっきりと、その声が聞こえた。
「魂食だー!」




