表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第五話 余命格差

 魂の選別が行われない魂楽界は、現世よりも無秩序になりやすかった。

 あるのは法律ではない。

 神の使者が定めた“理”だけ。

 しかし、その理は――弱者を守るものではなかった。

 魂楽界における弱者。

 それは余命力の少ない魂を指す。

 この世界のほとんどの問題は、余命力で解決できる。

 だからこそ、余命力の差はそのまま生きやすさの差になっていた。

「私はね……現世では病気だったみたいなの」

 ホテルの廊下を歩きながら、紗彩が静かに話し始めた。

「気付いた時には、もう手遅れだった」

 少し視線を落とす。

「アメリカで手術を受ける予定だったんだけど、その前に医者に言われたの。“こんな症状、見たことがない”って」

 紗彩は苦笑する。

「もし早期発見が出来たとしても……」

 小さく息を吐いた。

「あの当時の医療じゃ、きっとダメだったのよ」

「ママ……」

 紗羅の声がかすかに震える。

 紗彩は娘を安心させるように微笑んだ。

「私はね、この世界に来た時に悟ったの」

 胸に手を当てる。

「私には余命がないって」

「……え?」

 蒼は思わず声を漏らした。

「余命力を使わなければ、長生きできる」

 紗彩は静かに続ける。

「そういうことなんだって」

「……!」

 蒼は思わず紗羅を見た。

 紗羅は余命力を使わない。

 その理由を、蒼は聞いたことがなかった。

 だが――

(もしかして……)

 紗羅も同じ理由なのではないか。

 そんな考えが頭をよぎる。

「前にいた魂楽界はね」

 紗彩が遠くを見る。

「武器を持ち歩く魂が多かったの」

 その言葉に、蒼はヴィクターを思い出した。

「でも私は……持つことが出来なかった」

 紗彩の視線を、紗羅が追う。

「自分の余命力を削って作る武器」

 紗彩は続けた。

「さらに使う時も、余命力を消費する」

「武器を使うのも……責任が生じる、か」

 蒼はぽつりと呟く。

 ヴィクターの姿が脳裏に浮かんだ。

 全身を武器で固めた男。

 あの姿は――

 まるで全ての責任を背負っているようだった。

「護衛用の武器を持つだけで、私の余命は尽きかねない」

 紗彩は静かに言う。

「でも周りの魂は、武器を持つことで自由を得ていた」

 そして蒼の武器を見る。

「あなたも……責任を背負っているのね」

 蒼は少し困ったように笑った。

「俺は、そんなんじゃないですよ」

 肩をすくめる。

「出来ることをしてるだけです」

 紗彩は小さく頷いた。

「そうね」

 優しい笑顔を浮かべる。

「私も、出来ることを頑張るわ」

 そう言って、また案内を続けた。

 ホテルの施設をいくつも回り――

 最後に、食事が出来る場所へ案内してくれた。

「ここなら、ゆっくり食事が出来るわ」

「ありがとう、ママ」

 紗羅が言う。

「私は仕事に戻るわね」

 紗彩は軽く手を振り、仕事へ戻っていった。

 三人は席に座る。

 しばらく無言の時間が流れた。

 やがてミチルが元気よく言う。

「お腹すいた〜!」

 その一言で、重かった空気が少しだけ和らいだ。

 三人はそれぞれ料理を注文し――

 静かな夜のホテルで、夕食を取るのだった。


 ――ハァ、ハァ、ハァ……!

「パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!」

 乾いた銃声が鳴り響く。

「くそっ! 切りがねー!」

「そっちじゃねー!」

「パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!」

 叫び声と銃声が入り混じる。

「あっ……あっ……あっ……」

「くそっ! こいつもかよっ!」

「パンッ」

「うわぁ――」

 ――そこで、夢は途切れた。

「……っ!」

 ヴィクターは勢いよく目を開けた。

 額には汗が滲んでいる。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 荒い呼吸を整えながら、ベッドの上で起き上がった。

「また……あの時の夢か……」

 五年前。

 街が壊滅したあの日。

 地獄のような現実の記憶は、今でも夢となって蘇る。

 ヴィクターはこのホテルが出来てから、毎回ここに泊まっていた。

 クロが指定した宿だからだ。

「ここに泊まると、毎回同じ夢を見るな……」

 天井を見上げながら呟く。

(俺の街を守るために……)

 拳が自然と握られる。

(この街を危険に晒しているかもしれない)

 そんな思いが、胸の奥にある。

(しかし……)

 ヴィクターはゆっくりと立ち上がった。

 ベッドの横に並べていた武器を手に取る。

 剣。

 銃。

 ランチャー。

 全身に装備していく。

 金属の重みが身体に馴染んだ。

「……行くか」

 ヘリの調整を確認するため、部屋を出るのだった。

     ◇

 一方――

 紗彩は、この世界に来たばかりの頃のことを思い出していた。

 余命力を使う仕事は、高額の報酬が得られる。

 それはこの魂楽界では当たり前のことだった。

「私には……縁のない話ね……」

 紗彩は小さく呟く。

 当時、紗彩が住んでいたのは寂れた街の片隅。

 仕事はレストランのウエイトレスだった。

 同じ仕事でも、余命力を使える者は違う。

 料理を運ぶ速度を上げたり、演出をしたり――

 そういうサービスが出来る者には、チップが弾まれる。

 だが紗彩は違った。

 余命力を使えない。

 だからチップも、ほんのわずかだった。

(……貰えるだけマシよね)

 そう自分に言い聞かせていた。

 仕事帰りの夜道。

 人気の少ない通りを歩いていた時だった。

 ドンッ!

「キャッ!」

 誰かにぶつかり、紗彩は尻もちをついた。

 その瞬間――

 手に持っていた鞄が奪われた。

「あっ……!」

 男は振り向きもせず走り去る。

 紗彩は手を伸ばした。

 だが――

 取り戻すための余命力はない。

 追いかける力もない。

 ただ、その場に座り込むしかなかった。

「もう……イヤ……」

 涙が溢れる。

「なんで……私だけ……」

 紗彩は、その場で泣き崩れた。

     ◇

「……はぁ」

 紗彩は小さく息を吐いた。

 現在に意識が戻る。

「昨日、あんな話をしたからかな……」

 紗羅たちに昔の話をした。

 そのせいで、記憶が蘇ったのかもしれない。

「思い出しちゃったわね……」

 それでも紗彩は、いつもの朝の準備を始める。

 簡単な身支度。

 朝の軽い食事。

 そして――

 今日は仕事が休みだった。

 紗羅たちと会う約束がある。

 鏡の前で髪を整えながら、ふっと微笑んだ。

「今日は……楽しい一日にしましょう」

 そう呟きながら、紗羅に会う準備を進めるのだった。


 蒼は朝から護衛の依頼に向かっていた。

 ホテルの入口を出たところで、見覚えのある男と出会う。

「ヴィクター、おはよう」

「ん? おう」

 ヴィクターが軽く手を上げた。

「これから仕事か?」

「あぁ」

 ヴィクターの周りには、見慣れない魂が数人いた。

 どうやら昨日ヘリで運ばれてきた外来魂らしい。

 ヴィクターは、この魂楽界での生活について説明していたようだった。

「邪魔しちゃマズイな」

 蒼が言うと、ヴィクターは首を振る。

「いや、ちょうど終わったところだ」

 外来魂たちを見送りながら続ける。

「俺も城壁へ向かうところだ」

「そうか」

 二人は並んで歩き出した。

 城壁へと続く道。

 その途中、蒼はふと先程の外来魂たちのことが気になった。

「さっきの連中……」

 ヴィクターの横顔を見る。

「望んでこの魂楽界に来たのか?」

 ヴィクターは少し考えるように空を見る。

「そうだな」

 だがすぐに、苦い表情になった。

「昔はな、望めば誰でも来れたんだ」

「へぇ」

「だが……」

 ヴィクターは鼻で笑う。

「希望者が殺到してな」

 少しだけ声が低くなる。

「今じゃ金で優先権を買い取る魂ばかりだ」

「金か……」

 蒼は呟いた。

「立場の弱い魂は淘汰される世界なんだ」

 ヴィクターは前を見たまま言う。

「俺のいる魂楽界はな」

 拳がわずかに握られていた。

     ◇

 一方――

 紗羅はホテルの中庭にいた。

 ベンチに座り、ミチルと並んでいる。

 そこへ紗彩が歩いてきた。

「おはよう、紗羅。ミチルちゃん」

「おはよう、ママ」

「おはよ〜、紗羅ママ〜」

 今日は三人でホテルの外へ出る予定だった。

 向かうのは商業地区。

「どこに行こうかしらね」

 紗彩が楽しそうに言う。

「昨日、ミチルが行きたいって言ってたんだけど……」

 紗羅が少し視線を逸らす。

「動物園!」

 ミチルが元気よく手を挙げた。

「いいわね〜」

 紗彩が笑顔になる。

「ミチルがどうしてもって言うから……」

 紗羅は照れくさそうに言う。

 何かとミチルを言い訳にしているが――

 紗彩には、娘の気持ちがなんとなく分かっていた。

(かわいいわね……)

 紗彩は内心で微笑む。

 母親らしいことが出来る機会。

 それが嬉しかった。

 一方のミチルは、すでに動物のことで頭がいっぱいだった。

「カラス〜、シカ〜、キツネ〜、ネコ〜」

「その辺、普通に街にいるから」

 紗羅が即座に言う。

 三人は商業地区へ歩き――

 やがて動物園の入口に着いた。

 紗羅がポケットからチケットを三枚取り出す。

「はい」

「紗羅?」

 紗彩が驚いた。

「私がお金出すわよ」

「経費よ、経費」

 紗羅はあっさり言う。

 調査の名目で落とすつもりらしい。

「ケーキ、ケーキ」

 ミチルがよく分からないことを言っている。

「そうなの?」

 紗彩は少し感心した。

「紗羅は頑張ってるのね〜」

 だが次の瞬間、小さくため息をつく。

「はぁ……」

「どうしたの?」

「母親らしいこと、ひとつ取られた気がして……」

 紗彩が肩を落とした。

 紗羅は苦笑する。

 そして動物園の中へ入る。

 広い敷地。

 子供たちの笑い声。

 平和な空気が流れていた。

 紗彩は空を見上げ、ふと呟く。

「こうやって楽しめる世界は……やっぱりいいわよね」


 動物園の中は、多くの魂で賑わっていた。

 家族で魂楽界へ来るケースは少ない。

 それでも、気の合う仲間同士で訪れている魂は多く、年齢も性別もさまざまだった。

 楽しそうな笑い声。

 動物を指差してはしゃぐ声。

 穏やかな時間が流れている。

 一見すれば、この世界には格差などないようにも見える。

 だが――

 紗彩は知っている。

 この世界にも確かに“差”は存在することを。

 それでも。

 隣で笑う娘の姿を見て、紗彩は静かに思った。

(それでも今は……)

 こうして娘と同じ時間を過ごせている。

 それだけで――

 十分に幸せなのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ