第三話 親と子
紗彩は上司に事情を説明し、その日は早上がりしていた。
そして――
四人は蒼たちの部屋で向かい合っていた。
「本当に……紗羅なのね」
紗彩は目に涙を浮かべている。
その表情には、喜びと戸惑いが混ざっていた。
「ママは、私を産んだあとすぐに亡くなったって聞いていたわ。しかも……」
「アメリカでね」
紗彩が静かに答える。
「私の病気、日本では治せなかったの。でも……アメリカでもダメだったわ」
そこで一度、言葉を止めた。
「こんなことなら……少しでもあなたの側にいたかった」
その声には、後悔が滲んでいた。
つまり――
紗彩は紗羅の今の姿を知らない。
成長した娘の姿を見ることは、本来なら喜ぶべきことだった。
だが。
「紗羅も……?」
紗彩は震える声で尋ねる。
「違うわ」
紗羅は首を振った。
「私は事故よ」
ここは魂楽界。
亡くなった魂が集まる場所。
つまり――
その事実を目の当たりにした紗彩は、言葉にできないほどの感情を抑えて、なんとか声を出した。
「……ごめんね」
紗彩が小さく呟く。
「何でママが謝るのよ」
紗羅は即座に言い返した。
「事故なんだから、仕方ないじゃない……」
「俺が……」
蒼が口を開く。
「蒼!」
紗羅が遮った。
「今は蒼とミチルの三人で暮らしてるのよ。楽しくやってるわ」
紗彩は少し驚いた顔をする。
「紗羅……」
そして、ゆっくりと息を吐いた。
「私は、母親の責任を果たせなかったのが……心残りだった」
紗彩の言葉には、長く抱えていた無念が込められていた。
だが――
紗羅の表情を見ると、自然と笑みが浮かぶ。
「でも……楽しそうで、良かったわ」
二人の女性は、静かに見つめ合う。
その強く優しい二人の魂を、ミチルはじっと見ていた。
顔を知らない母と娘。
それでも、確かにそこにある絆。
ミチルもまた、母親の顔を知らない。
(でも、いつかきっと……)
「ミチル?」
蒼の声で我に返る。
ミチルは蒼の手を握っていた。
ぎゅっと、力がこもる。
その小さな感情の揺れが、蒼にも伝わってきた。
紗羅と紗彩は互いの人生を語り合った。
知らなかった時間を、少しずつ埋めるように。
その夜。
二人は朝まで語り続けたという。
蒼とミチルは、静かに部屋を出て――
蒼の部屋で眠ることにした。
翌朝。
蒼はベッドの横に立ち、ミチルを揺すっていた。
「ミチル、朝だぞ」
「ん〜……眠いよ〜」
布団に顔を埋めたまま、ミチルは小さく抗議する。
「ほら、起きろ」
「やだ〜……」
蒼は肩をすくめた。
「やれやれ……」
ミチルの寝起きの悪さは、相変わらずだ。どうしたものかと考えていると――
「蒼。ミチルは私が見てるから、あなたは護衛に行ってきて」
ドアの向こうから紗羅の声が聞こえた。
蒼がドアを開けると、そこには紗羅が立っていた。
「おはよう、紗羅。頼んでいいか?」
「ええ」
紗羅は軽く頷く。
「私は今日、情報収集に専念するからホテルにいるわ。ここ、各地から魂が集まっているみたいなの。ママが言っていたわ」
「依頼のこと、言ったのか?」
「言ってないわ。街の調査をしに来た、ってだけ」
紗羅は肩をすくめる。
「それに……ママも外来魂だもの。五年前には、こっちに来ていたみたいね」
そう言って、ノートパソコンの画面を蒼に見せた。
画面には、正式な手続きを経て来ている外来魂のリストが表示されている。
その中に――
「紗彩」の名前と顔写真があった。
「紗羅……知っていたのか?」
「リストを貰った時にね」
紗羅は静かに言う。
「でも確証はなかったわ。だから……こんな無茶振りの依頼でも引き受けたのよ」
「そうだったのか」
蒼は小さく頷いた。
紗羅はいつも通り冷静に見える。
だが、よく見ると――目が少し赤い。
(やっぱり……年相応なんだな)
蒼はふっと思った。
「じゃあ、護衛に行ってくる。紗羅も気を付けろよ」
「わかったわ。あ、朝食持っていって」
「サンキュー」
蒼はテーブルの上に置かれていたベーグルとワッフルを手に取る。
そのままかじりながら、部屋を出た。
ホテルのロビーに降りると、フロントの前で紗彩と目が合った。
「おはようございます。蒼さん」
「おはようございます」
紗彩は少し申し訳なさそうに笑う。
「昨日はごめんなさい。遅くまでお邪魔してしまって」
「いいんです」
蒼は首を振った。
「俺たち、こっちにいる間はこのホテルに泊まるんで。いつでも会いに来てください」
「ありがとう。でもね……」
紗彩は少し肩を落とす。
「お互いお仕事もあるから、って紗羅に言われちゃったわ」
しゅんとした表情。
それを見て蒼は思う。
(こうして見ると……)
精神年齢は、もしかすると紗羅の方が上かもしれない。
蒼は苦笑しながら、ホテルの外へと歩き出した。
北の城門へ向かうと、すでに作業員たちが集まっていた。
掘削用と締め固め用の重機。
そして人力用の道具を積んだトラック。準備は整っているようだった。
「お待たせしました」
蒼が声をかけると、作業員たちは頷き、車両がゆっくりと動き出す。
一行は城壁を抜け、作業現場へと向かった。
環状道路は北の地方街からも同時に延びている。
つまり、繋がる地点は城壁から最も遠い場所になる。
もしそこで魂食が現れれば――
避難が遅れ、被害が出る可能性が高かった。
「俺たちは城壁の外の仕事は初めてだが……」
作業員の一人が蒼に話しかける。
「北から来てる作業員にも、護衛は付いてるのか?」
「そうですね」
蒼は頷いた。
「シロの駒が護衛しています」
「消えちまうんだろ? 魂食に触れると……」
「小型なら助かると思います。ただ、余命力を使わないと厳しいですね」
作業員は小さく息を吐いた。
「一度死んだ身だからか……ここでの生に、しがみついちまうよな」
その言葉を聞き、蒼はふと考え込む。
昨夜見た、紗羅と紗彩の再会。
その光景が頭に浮かんだ。
(俺も……)
自然と、自分の親のことを思い出していた。
(親不孝者だよな)
無鉄砲な性格。
トラブルばかり起こして、迷惑ばかりかけていた。
(心配、させっぱなしだったよな……)
その時、ふと魂が揺らぐような感覚がした。
蒼は空を見上げる。
いつもは窓越しに見ていた空。
だが今日は、遮るものがない。
澄み切った青空が、どこまでも広がっていた。
紗羅とミチルは、ホテルの敷地内にある広場で休憩していた。
元気が有り余っているミチルは、遊具で楽しそうに遊んでいる。
(私より大きい女の子が遊具で遊んでいる姿って……シュールね)
紗羅はベンチに腰掛け、ノートパソコンを開いていた。
画面には街のマップ。
聞き込みで得た情報を整理しているところだった。
「開発地区は……意外と人の出入りが多いみたいね。関係者が多かった……」
マップの開発地区に、小さな三角印を付ける。
だが、不法滞在の魂の潜伏場所としては可能性が低いと判断していた。
「工業区画は……ここじゃ情報が集まらないわね」
今度はハテナマークを付ける。
この街の区画は、本来なら中央街と同じ構造のはずだった。
だが――
外来魂の増加によって、新しい区画が生まれている。
「外界区画……」
そこは外の魂楽界の文化を集めたエリア。
異国風の店や建物が並び、多くの外来魂が働いている。
今泊まっているホテルも、その区画にあった。
「広い空間……魂が集まる場所……手引きしている魂……」
紗羅はマップを見つめる。
外界区画に丸印。
そしてホテルに、二重丸。
今のところ――一番怪しい。
「はぁ……クロ……目星つけてたってこと?」
そう呟いた直後、紗羅は首を振った。
「いや、先入観はダメね」
まだ調査は始まったばかり。
自分を戒めるように息を吐く。
その時――
「紗羅、ここにいたのね」
聞き覚えのある声がした。
「ママ?」
振り向くと、紗彩が立っていた。
手にはランチボックスを持っている。
「お昼、一緒にどうかしら?」
「いいわよ」
紗羅は平静を装って答える。
だが――
胸の奥から、喜びがじわりと湧き上がってくる。
まだ少し、照れくさい。
「ミチル呼んでくるわね」
そう言って立ち上がる。
ミチルのいる遊具へ向かう足は、自然と早足になっていた。
「ミチル、お昼ご飯にするわよ」
「やった〜!」
ミチルは元気よく駆け寄ってくる。
その様子を、紗彩は少し不思議そうに見ていた。
「ミチルちゃんは……紗羅の妹みたいね」
「え?」
「見た目は逆なのにね」
「まぁ色々あるのよ……って、見た目が逆は余計よ!」
紗羅が思わず声を上げる。
「ふふっ」
紗彩は楽しそうに笑った。
「紗羅、怒りながら照れてる?」
ミチルが首をかしげる。
「うるさいっ! 早く食べるわよ!」
紗羅は顔を赤くしながら、強引に話題を変えた。
三人は広場のベンチに座る。
ランチボックスを開き、ゆっくりと昼食を始めた。
ホテルの庭には穏やかな風が流れている。
調査の最中であることを忘れそうになるほど――
静かで、優しい時間が流れていた。




