第二話 外来魂
蒼は荒野を眺めていた。
魂楽界の外に広がる、理の違う世界。
そこに存在するのもまた、同じ“魂”だ。
「増え過ぎる魂……か」
蒼は以前、クロから聞いた話を思い出していた。
* * *
「昔の偉人とかもいるのか?」
蒼がそう尋ねると、クロはあっさりと首を振った。
「ここにはいないな」
「ここには?」
「魂楽界は百年単位で新たに誕生する。ここにいる魂は、西暦で言えば2000年から2100年くらいの魂が集まる魂楽界だ」
「ということは、今も別の魂楽界には偉人の魂が存在するのか?」
「かもな。俺も過去の日本管轄の魂楽界には行けないからな」
クロは肩をすくめて続けた。
「外の国――つまり横の繋がりの魂楽界へは行き来できる。だが、別の時代――縦の繋がりの魂楽界へは行き来できない」
ニヤリと笑う。
「なんだ? 会いたい偉人でもいたのか?」
「いや……」
蒼は少し考えてから答えた。
「ここに原始人がいても、共存できないだろうな、って思っただけだよ」
その言葉にクロは、なるほどな、と小さく笑った。
蒼はその時、この魂楽界の過ごしやすさに納得した。
同じ時代を生きた魂が集まっている。だからこそ、現世の理を共通認識として理解できるのだ。
「俺が死んだのは2026年だったから、この魂楽界はまだこれからも増えるんだな」
「そうなるな」
クロは軽く頷く。
「しかも、外の魂楽界からも魂はやってくる」
「外の魂楽界……」
* * *
(クロのやつ、紗羅に不法滞在の魂を探させて……何をするつもりなんだ?)
蒼は整地された道を歩きながら、作業員たちの護衛を続けていた。
荒野を切り開いて作られた環状道路。
作業員たちは資材を運びながら、街へと戻っていく。
「今日は魂食、出なかったな?」
作業員の一人が話しかけてきた。
魂は筋トレしても大きくはならない。だが、その男の身体は明らかに日本人離れしていた。外来魂の可能性があるが、蒼は何も言わなかった。
「そうですね」
蒼は軽く頷く。
「北からの道路も順調だ。この調子なら、一ヶ月もしないで繋がりそうだな。環状道路」
蒼はこの依頼の前にも、北の地方街やその周辺、道路の進捗、東の地方街の調査などを何度も請け負っていた。
「やっと完成しますね」
「ああ。北と繋げて、何か流通でもさせるのかね?」
作業員の何気ない一言。
だが蒼の頭の中では、別の答えが浮かんでいた。
(クロは……)
蒼は静かに考える。
(外来魂で増えてきた魂を、東以外の地方街へ移そうとしている?)
東の地方街には、外の魂楽界から来た魂が多い。
もしそれが増え続ければ――いずれ街は溢れる。
そのための環状道路。
中央街。
地方街。
そして、外の魂楽界。
百年という時間の中で増え続ける魂。
(クロは……この世界のバランスを取ろうとしてるのか?)
蒼は荒野の向こうを見つめた。
まだ答えは見えない。
だが、この世界の裏側で何かが動いている――そんな気がしていた。
城壁内へ入ると、人の流れの中に紗羅とミチルの姿が見えた。
紗羅は眼鏡をかけたまま、落ち着きなく辺りを見回している。
ミチルは蒼を見つけると、ぱっと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「そーちゃん、お疲れ〜」
「あぁ。ミチルは良い子にしてたか?」
「うん!」
胸を張るミチルに、蒼は軽く頭を撫でる。
「蒼、お疲れ様」
「紗羅も、お疲れ様。どうだった?」
「ダメね」
短い一言だった。
だが、それだけで蒼には理解できた。
不法滞在の外来魂は、少なくとも街中には出歩いていない。
二人は最初から予想していた。
潜伏している可能性を。
「どうするの?」
「人の少ない場所は危険だ。ミチルを連れては行けないだろ」
「そうよね」
紗羅は頷く。
「じゃあ、作戦通りだな。街中を調査しながら聞き込み」
「そうね。街の発展調査ってことで、全エリアを聞いて回るわ」
クロから街のマップは渡されている。
だが詳細な情報までは載っていない。
蒼が護衛任務の間に紗羅が潜伏場所を絞り込む。
そして護衛を終えた蒼が突入する。
それが事前の作戦だった。
三人はベニが手配したホテルへ向かう。
大通りに面した大型ホテル。
出入りする魂の数は多く、ロビーは人で溢れていた。
「多いわね、人が」
眼鏡をかけた紗羅が、珍しい物を見る子どものようにきょろきょろする。
「おのぼりさんだな、紗羅」
「うるさい! 私の方が都会人よ」
「そうだよ、そーちゃん。紗羅はこいのぼりさんじゃないよ」
「……それフォローになってないからな?」
三人はエレベーターで部屋へ向かった。
部屋は三人同室。
だが中で仕切られており、簡単な個室のようになっている。
「とりあえず、ご飯食いに行こうか」
「そうね」
「やった〜!」
ミチルが両手を上げる。
三人はそのままホテルのレストランへ向かった。
廊下もロビーも、人の流れが絶えない。
「中央街の人が観光に来てるのか?」
「そうみたいね」
紗羅がため息をついた。
「これなら静かな旅館の方が良かったわ」
今日はもう眼鏡を外している。
それでも紗羅の視線は、つい人の顔を追ってしまう。
魂を確認する癖が、すっかり染みついていた。
レストランの扉を開く。
中もまた、人で賑わっていた。
蒼の前には、リブアイステーキとマッシュポテト、そしてコーヒー。
紗羅の前には、グリルサーモンとシーザーサラダ、アイスティー。
ミチルの前には、チーズバーガーにフレンチフライ、そしてアイスクリーム。
「めっちゃ美味そう」
蒼はナイフとフォークを手に取り、ステーキを見つめる。
「現世を思い出すわね」
紗羅もサーモンに視線を落としながら、小さく笑った。
「アイスー!」
ミチルはすでにデザートへ意識が向いている。
三人はそれぞれ料理を口に運び、ゆっくりと食事を楽しんだ。
ホテル代は依頼料に含まれているため支払いはない。
だが、食事は実費だ。
もっとも――
前回の超大型魂食の討伐報酬がまだ精算されていない。
つまり今回の食事代も、まとめてクロへ請求がいくことになる。
「お金を気にせず食べられるのって、最高だな」
蒼は満足そうにコーヒーを飲む。
「そうね」
紗羅も同意するように頷いた。
「おかわり〜」
ミチルはポテトをつまみながら手を上げる。
そんな調子で、賑やかな夕食の時間はゆっくりと過ぎていった。
「先に部屋に戻るわ」
食事を終えた紗羅が席を立つ。
「了解」
蒼は軽く手を振った。
その後、蒼とミチルはホテルの中を見て回ることにした。
「そーちゃん、あれすごいね〜」
「そうだなぁ」
ロビーの広場では大道芸人が芸を披露している。
別の場所ではダンサーが踊り、さらに奥ではミュージシャンが演奏していた。
ホテルの中とは思えないほどのエンターテインメント空間。
華やかで賑やかな雰囲気を、二人は楽しみながら歩く。
「紗羅も見に来たらよかったのにね〜」
「まだこのホテルに泊まるんだし、明日三人で来るか」
「うん!」
ミチルが元気よく頷いた。
しばらく歩き回り休憩をしようとした、その時――
蒼の視線が、ふと一人のスタッフに止まった。
ホテルの制服を着た女性。
忙しそうに客の案内をしている。
だが、その顔は――
「紗羅、か?」
「紗羅だね〜。おーい、紗羅〜」
ミチルが手を振る。
「何よ?」
返事は、後ろから聞こえた。
二人は同時に振り向く。
「え?」
「紗羅?」
そこには、紗羅が立っていた。
「ちょっと気分転換にホテルの中を見て回ってたのよ。そしたら、二人を見つけたんだけど……」
紗羅はそう言いながら、二人の視線の先を見る。
蒼とミチルも前を振り返る。
しかし――
そこにいたはずのホテルスタッフの姿は、もうなかった。
「さっき、あっちに紗羅そっくりの人いたよ〜」
ミチルが指をさす。
その言葉を聞いた瞬間、紗羅の表情が変わった。
「いつ?」
「たった今だよ」
次の瞬間。
紗羅はすでに走り出していた。
「おい、紗羅!」
蒼は慌てて後を追いかける。
角を曲がると、すぐ先で紗羅が立ち止まっていた。
「あの!……紗彩さん、ですよね?」
紗羅の前には、ホテルスタッフの女性が立っている。
「そうですけど……」
紗彩と呼ばれた女性は、不思議そうに首をかしげた。
自分とよく似た少女が、目の前に立っている。
その姿に、思わず視線が釘付けになっていた。
(確かに似ている……)
蒼は二人を見比べる。
(でも、紗羅よりずっと大人っぽいな。年齢は……今の俺より少し下……二十代前半か)
そこへ、ミチルも追いついてくる。
「紗羅! そーちゃん! 急に走らないでよ〜」
息を切らしながら二人の隣に並んだ。
「紗羅……? まさか、あなた……」
紗彩の表情が変わる。
何かに気付いたように、複雑な顔をした。
紗羅はまっすぐ女性を見つめる。
そして、静かに口を開いた。
「そうよ。初めまして、でいいかしら?」
ほんの一瞬の沈黙。
次の言葉を、紗羅ははっきりと言った。
「……ママ」




