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第一話 地方街

 蒼と紗羅とミチルは、バスに揺られていた。

 整備された一本道を、真っ直ぐに走る。途中の停留所はない。

 魂楽界の道路は、街と街を結ぶためだけに存在している。

 管制樹のある“中央街”を中心に、東西南北へ広がる四つの“地方街”。

 それぞれが城壁に囲まれているが、規模は中央街より小さい。

「最近多いわよね。地方街への依頼」

「今、地方街同士を結ぶ環状道路を作ってるからな。護衛と調査が足りてないんだろ?」

 紗羅はノートパソコンに視線を落とす。

 画面には、クロの駒――カラスの上空映像。魂楽界を俯瞰する黒い影が、未完成の道路を映し出していた。まだ、環状には繋がっていない。

「この前の超大型の影響だな。シロの鹿が大量に失われて、環境整備が遅れてる」

「シカさん、いないの?」

「あぁ。街を守るために頑張ったんだ」

「シロさん、寂しいね……」

 ミチルが眉を下げる。

 神の使者が使う“駒”に意思はない。

 余命力で作られた、機械人形のような存在だ。

 クロの駒はカラス。広域調査用で数が多い。

 シロの駒は鹿。環境整備と護衛を担うが、数は限られる。

 ベニはキツネ。取引用。

 チャトは猫。監視用。

 ミチルにはまだ、魂と駒の違いは難しい。

「でもな、ミチルがそんな顔してると、シロはもっと悲しいかもな」

「え?」

 首を傾げながらも、少し考える。

「……分かった。シロさんに会ったら、一緒に遊ぶよ」

 ぱっと笑顔が咲いた。

(ミチルは俺の干渉を受ける、か。父親代わり……しっかりしないとな)

 蒼の言葉一つで表情を変える無垢な存在。

 蒼と紗羅は顔を見合わせ、柔らかく頷いた。

「そうだな」

「そうね」

 荒野の先に、城壁が見えてくる。

 中央街よりは低いが、所々が広く張り出し、ヘリポートになっていた。

 他の魂楽界との移動は基本的にヘリ。街同士は遠く、徒歩や車では余命力の消費が大きすぎる。

「東の地方街が見えてきたわね」

「あぁ」

「ひがし〜」

 城門がゆっくりと開く。

 バスは減速することなく、そのまま東の地方街へと進んでいった。

 新たな依頼と、新たな出来事が、彼らを待っている。


 東の地方街は、活気に満ちていた。

 中央街とは違い、日本以外の魂も多い。

 石造りの洋風建築、色鮮やかな看板、異国の装飾。通りには多国籍な店が並び、香辛料の匂いが風に乗る。

 魂楽界に言語の壁はない。

 だが、文化は現世のままだ。

「こっちは中央街にない店が多くて楽しみだな」

「美味しそうね」

「ごはん〜ごはん〜」

 バスを降りた三人は、誘惑だらけの通りを進む。

 だが依頼の時間が迫っているため、足は止められない。

「ミチル、行くぞ」

「やだ〜」

 店先から離れようとしないミチルを半ば引きずりながら歩く。

「外国人、多いな」

「心なしか、みんな大人に見えるわね」

 紗羅が自分の身長をちらりと気にする。

「紗羅もお姉ちゃんだよ〜」

「……ミチル、なんかバカにしてない?」

「ん?」

 無垢な首傾げ。

 普段なら喜ぶはずの“お姉ちゃん”呼びも、今回は素直に受け取れない。

 三人は北門へ向かう。

 今回は北の地方街へと伸ばす環状道路の護衛任務。

 北門で作業員と合流する手筈だ。

 城門近くには、作業服姿の男が立っていた。

 隣にはクロの駒――カラスが一羽、目印のように佇んでいる。

「お待たせしました」

「来てくれたか。噂は聞いているよ。頼りにしてるから、よろしくな」

 短い挨拶。すぐに準備へ移る。

「じゃあ、私たちはこっちだから」

「そーちゃん、またね〜」

「あぁ。気を付けろよ」

「あんたもね」

 紗羅とミチルは街の中心部へ戻っていく。

 今回の依頼は二本立てだ。

 道路護衛のほかに、東の地方街の調査。

 他の魂楽界から来た魂の確認。

 正規手続きをせず滞在している魂を見つけ、クロへ報告する。

「クロの奴……パソコン買ったの知ってから、観測データ大量に送りつけやがって」

 紗羅のノートパソコンには、外来魂の情報が山のように届いている。

 未登録の魂を照合し、洗い出せ――という無茶振りだ。

「どんな交渉したんだか……よく引き受けたよな」

 蒼は苦笑しつつ、城門の外へ目を向ける。

 荒野の先には、未完成の道路が伸びている。

 東と北を繋ぐ、新たな道。

 その先に何があるのかは、まだ誰も知らない。

 蒼は銃を確かめ、一歩を踏み出した。


 魂楽界の道路は、現世のようにアスファルトを敷いたりはしない。

 季節も、天候も、災害もない世界。

 だから“道路”といっても、実際は整地に近い。

 城壁の外は荒野。

 地面を削り、穴を埋め、踏み固める。重機の唸りと人の掛け声が、乾いた大地に響いていた。

「魂食、出そうかね?」

 作業員の一人が、疑心暗鬼な顔で聞いてくる。

「本来なら出る可能性は低いですね」

 蒼は周囲を見渡しながら答えた。

 現世で亡くなった魂は、中央街の管制樹付近に集められる。

 怨念の残滓が魂食として発生するのも、その近辺だ。

 多くの魂を囮として、巨大な城壁で防衛する中央街。

 誘導し対処する。それが魂楽界の基本的な防衛方法だった。

「でも、魂が増えてくると発生するかも、ってクロは言ってましたね」

「それは……やっぱり外来魂が原因か?」

 作業員は東の地方街を振り返る。

「俺は聞いただけですが、魂が増え過ぎて壊滅した街があったとか」

「……外の魂楽界の話だな。五年くらい前だ」

 その世界は、魂の選別をせず、すべてを受け入れた。

 結果、限界を超えた魂は次々と魂食となり、多くの魂と共に無へ還った。

 静かな終焉。

「正規の外来魂はヘリで来る。だが、不法滞在は……荒野を歩いて渡ってくる」

「受け入れているんですか?」

「気付かない内に入り込んでるんだろう。俺たちは管理を任されてない。誰が正規で誰が不法か、判断もできん」

 作業員はため息をつく。

「手引きしている奴がいるはずだ。正規の外来魂か、あるいは……」

「あるいは?」

「元は日本にいた外国人の魂が多い街だ。特に日本より東側の国出身がな。もし彼らの誰かなら、絞れる数じゃない」

 やれやれ、と肩をすくめる。

(だから紗羅に調べさせてるって訳か……)

 蒼は内心で呟く。

 調査は極秘だ。

 どこに対象者がいるか分からない以上、情報は最小限に留める必要がある。

「神の使者たちも動いているはずです。報告を待ちましょう」

 それ以上は言わない。蒼の依頼は、内部調査を内密に行うための表向きの依頼だった。

「そろそろ始めましょう。魂食が出たら、すぐ城壁内へ。俺が対処します」

 蒼が銃を構える。

 作業員たちは頷き、再び整地を開始した。

 未完成の道が、少しずつ北へと伸びていく。

 静かな荒野。

 だが、その沈黙がいつまで続くかは――誰にも分からなかった。


 紗羅とミチルは、とある喫茶店の窓際に座り、大通りを眺めていた。

 多くの魂が行き交う通りは、絶え間なく人の流れが続いている。

「いっぱいいるね〜」

 窓に顔を寄せながらミチルが言う。

「中央街の方が多いはずだけど……こっちは活気があるわね」

 そう言いながらも、紗羅の視線は鋭い。

 眼鏡の奥の瞳が、大通りを歩く魂を一人一人追っていく。

「正規……正規……正規……」

 膝の上にはノートパソコン。

 画面のデータベースと通行人を見比べながら、静かに確認を続けていた。

 紗羅が掛けている眼鏡は、クロから渡された物だ。

 レンズ越しに魂を見ると、パソコンのデータベースと自動で照合される。

 正規登録された魂なら、すぐに判別できる仕組みだった。

 実はこの街に来てから、紗羅は何度も眼鏡を掛けて確認している。

 だが――

「……いないわね」

 小さく呟いた。

 日本管轄の魂楽界には、毎年およそ五万前後の魂がやってくる。

 だが、この世界の魂は“長く存在したい”と願う者が多い。

 そのため、無に還る魂は年間一万にも満たない。

 つまり――魂は増え続けている。

 本来なら外来魂は受け入れるべきではない。

 だがクロは、「少しなら」と許可していた。

 その数、東の地方街だけで五年間に約三百。

「はぁ……」

 紗羅は大きくため息をつく。

「不正って分かってるんだから、表に出てこないわよね……」

 小声で呟いた。

「紗羅、これ食べていい?」

 ミチルがメニューを指差す。

 そこには、何層にも重ねられた巨大なパンケーキ。

 クリームと果物が山のように盛られていた。

「……映え、ね」

 紗羅は軽く肩をすくめ、店員を呼ぶ。

 注文を済ませ、ドリンクを一口飲んだ。

「見つけたら……クロはどうするつもりかしらね」

 魂楽界が許容できる魂の数は分かっていない。

 だが、魂が溢れれば――魂食が発生する。

 それだけは確かな事実だった。

 神の使者の判断は、基本的に事務的だ。

 魂の選別も、例外ではない。

「たぶん……強制送還よね」

 紗羅は呟く。

「元の魂楽界に還すのか……それとも……」

 言葉の続きを、紗羅は口にしなかった。

 頭に浮かんだ想像が、あまりにも不吉だったからだ。

 その時、注文したパンケーキが運ばれてきた。

「おっき〜い!」

 ミチルの目が輝く。

「わ〜い!」

 フォークとナイフを握りしめ、今にも切り分けようとする。

「ミチル、待って!」

 紗羅が慌てて止めた。

「写真撮るから!」

 スマホを構え、パシャリ。

 そのままパソコンを操作し、SNSにアップする。

「……コメント、早っ!」

 すぐに通知が表示された。

「なになに? “沙羅どの、地方街におりましたか。探しましたぞ”……」

 紗羅の顔が引きつる。

「……こわっ!」

 即座にSNSのページを閉じた。

 何事もなかったかのように、パンケーキを切り分ける。

 ミチルと二人で、甘い山を少しずつ崩していく。

 しかし――

 紗羅の視線は、再びパソコンへ戻っていた。

 画面に表示された無数の魂のデータ。

 その中で、ただ一つ。

 紗羅は、ある“魂のデータ”をじっと見つめていた。

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