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第九話 終息

 蒼はホテルへと戻って来た。

 すでにヴィクターと支配人が建物の外へ出て、魂食の群れに応戦していた。

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

「ヴィクター! 無事か!」

「問題ない。だが数が多い。かなり消耗させられる」

 その横で、支配人が低く呟いた。

「これほどの数の魂食……」

「あなたは?」

「俺の同郷の男だ」

 ヴィクターが短く答える。

 説明している余裕はない。

 再び銃声が響く。

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 ――パンッ。カチッ、カチッ。

「くっ」

 蒼の零命銃の弾が尽きた。

 残された武器は零命剣だけ。

 だがこの数の魂食を相手にすれば、すぐに余命力が尽きてしまう。

 その時だった。

「蒼! お前自身の余命力を弾として撃ち出せ」

 ヴィクターが叫ぶ。

「その武器でも出来るんだろ? クロ」

 蒼の頭に乗っているクロへ声を掛ける。

「出来る」

 即答だった。

「お前のコントロールなら、余計な余命力は消費しないだろう」

「だと、いいなっ!」

 蒼は再び零命銃を構える。

 そして――

 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!

 蒼の余命力を弾に変え、撃ち出した。

 三人の銃撃は止まらない。

 終わりの見えない戦いが、続くかと思われた――その時。

「来たぞ」

 クロが空を見上げる。

 無数のカラスが、空に隊列を組んでいた。

 その群れは次々とホテルの中へと飛び込み――

 魂食に突っ込んでいく。

 触れた魂食は、その瞬間に無に還っていった。

「ふぅ。何とか耐えたな」

 クロの駒だった。

 カラスの姿をした駒が、魂食を次々と消していく。

「まったく」

 クロがぼやく。

「私の駒は、対魂食戦用ではないというのに」

「お前、今回いろいろ怪しいからな」

 蒼が睨む。

「何のことだ?」

 クロは首を傾げた。

 とぼけているのか。

 本当に何も意図がなかったのか。

 それは分からない。

 だが――

 一つだけ確かなことがあった。

 この戦いは、終わりを迎えたのだ。


 戦闘を終えた三人は、その場に座り込んでいた。

 余命力を消耗した影響か、心なしか顔つきが年老いたように見える。

「私が……招いてしまった……事態です」

 ホテルの支配人が、かすれた声で言った。

「お前、不法滞在の魂をどれだけ匿っていたんだ?」

 ヴィクターが問いただす。

「今回の受け入れで……二百は超えたところです」

「二百?」

 蒼が驚きの声を上げた。

 だが、現れた魂食の数は――

 明らかに、それを上回っていた。

「魂一つで、魂食が一つ生まれる訳ではないぞ」

 クロが淡々と答える。

「魂食は、怨念などの負の感情の残滓。感情が強ければ複数の魂食を生んだり、中型を生んだり……あるいは融合して大型になる」

 それは、蒼がこの魂楽界へ来た時に最初に聞かされた説明だった。

 だが――

 ヴィクターと支配人がいた魂楽界では違っていた。

「魂が溢れるからでは……なかったのか?」

 ヴィクターが低く問う。

 街の崩壊。

 あの悲劇を繰り返さないために、彼はこれまで魂を溢れさせないよう動いてきた。

 その信念が、今揺らいでいる。

「魂食の具体的な発生原理は、まだ分かっていない」

 クロは静かに続ける。

「だが魂が集まれば、負の感情も集まる。そして、新たな負の感情が生まれる」

「負の感情……」

 蒼は呟く。

「だから、生きたいと願う魂を選んでいるのか?」

 今、蒼はこの世界の理を身をもって理解していた。

 その言葉に、ヴィクターが顔を上げる。

「何故、選別されなければならない!」

 怒りを含んだ声が響いた。

「我々は、みんな自由のはずだ!」

 だが――

 クロは即座に答えた。

「その結果が、街の崩壊であり……今回の騒動だ」

 冷たい声だった。

「自由を望んだ責任だな」

「くっ……!」

 ヴィクターは歯を食いしばる。

 クロの言葉は冷酷だった。

 だが――

 否定できる言葉は、何一つ見つからなかった。


 クロは静かに続けた。

「魂の数は、私の駒で上空から監視している。だが、それは“魂の波動による総量”が分かるだけだ」

 クロの監視は、主に二種類に分けられる。

 一つは、目視による監視。

 街を巡回する駒が直接確認するもので、主に一般魂の把握に使われる。

 もう一つは、魂の波動による監視。

 これは魂食の発見を目的としたものだった。

「管理している魂の総量と、現場の総量が合わないため、チャトの駒も数匹街に放っていたが……駒不足だった」

 神の使者といえど万能ではない。

 中央街と四つの地方街。

 それら全てを管理するには、今の駒の数では足りていなかった。

 支配人が震える声で口を開く。

「移民魂の皆は……絶望して逃げてきていたのです」

 視線は地面に落ちていた。

「不法滞在であることは分かっていました。だから街には出歩けなかった……」

 ホテルの中だけが、彼らの居場所だった。

「環境は変えられても……感情は変えられていなかった……ということですね」

 ようやく絞り出した言葉だった。

 余命格差。

 それが負の感情を生み出す。

 そして、その感情を制御するために存在するのが、選別システムを持つこの魂楽界。

 だが――

 魂楽界ごとに、その理は異なる。

 ヴィクターのいた魂楽界では、自由の代わりに責任を魂自身が負う。

「これから、どうすればいい?」

 ヴィクターが言った。

 信念は揺らいでいた。

 それでも、諦めてはいない。

 クロは短く答えた。

「弱者への希望を示せ」

 その言葉に、支配人が顔を上げる。

「私は……どう責任を取ればいいのでしょうか」

 今回の事態は、あまりにも大きすぎた。

 自分がどう償えばいいのか、分からない。

「魂食の殲滅で、今回の責任は終わりだ」

 クロはそう言った。

「この後、お前たちがどうするかは任せるが……」

 そして、少しだけ間を置く。

「これまでと同じ役割を任せたいがな」

 ヴィクターを見る。

「ヴィクターは、希望を持つ魂の移民を」

 次に支配人を見る。

「支配人は、外来魂に希望を」

「クロ……」

 蒼がぽつりと呟いた。

 クロの真意は分からない。

 だが、その言葉の中に――

 確かに“優しさ”を感じた。

「何だ? 蒼」

「なんでもねーよ」

 蒼はそっぽを向く。

 クロの黒い瞳が、何を映しているのか。

 それは――

 誰にも分からなかった。


 今回の騒動は――

“ホテルから魂食が発生した”という、あまりにもショッキングなものだった。

 城壁の内側。

 本来、最も安全であるはずの場所から魂食が発生する。

 それは、この街のこれまでの安全基準が崩れたことを意味していた。

 その時、街のあちこちでクロの駒が声を上げた。

「今回の騒動の原因は、搬送用コンテナ車に多数の魂食が取り憑いていたことによるものだ!」

「魂食、全ての消滅を確認!」

「警戒態勢、解除!」

 街中に触れ回られる報告。

 だが、それは――嘘だった。

 多くの不法滞在の魂が、今回の騒動で失われた。

 その事実を公表すれば、この街に新たな恐怖と不信が生まれる。

 だからこその嘘。

 これからも、この街で生きていく魂たちのための嘘だった。

 ホテルの前で、支配人が口を開く。

「私は……ホテルの支配人としての役割を果たすために、ここに残ります」

 避難したスタッフや客たち。

 彼らへ説明する責任がある。

 支配人はゆっくりと、ホテルの入口へ向かって歩き出した。

 その背中を見送りながら、ヴィクターが言う。

「俺は、明日飛び立つ予定だったが……少し予定を変える」

 街の方へ視線を向ける。

「この魂楽界を、もう少し見て回ろうと思う」

 そして、静かに続けた。

「ここにある希望を、この目で確かめるために……」

 そう言い残し、ヴィクターは街の中へと姿を消していった。

 蒼はその背中を見送りながら、頭の上のクロへ声をかける。

「クロ。任務完了だよな?」

「お前の任務は終わってないぞ」

「なに? ……あっ」

 蒼は思い出した。

 環状道路の開通作業。

 まだ終わっていない。

「はぁ……」

 がっくりと肩を落としながら、蒼はトボトボと歩き出す。

 紗羅とミチルの元へ向かうためだった。

「蒼!」

「そーちゃん!」

 二人はすでにホテルの近くまで来ていた。

 蒼の姿を見つけると、勢いよく抱きついてくる。

「二人とも無事か? ……それに紗彩さんも」

 蒼は後ろに立つ紗彩の姿を確認する。

「紗彩さん、無事でよかったです」

「ありがとうございます。蒼さんのおかげです」

「俺だけじゃないですよ」

 蒼は首を振る。

「ヴィクターと支配人がいたから、みんな助かったんです」

 その言葉に、紗彩の表情が少し曇った。

「私は……この先、どうしたらいいのか……」

 迷いの言葉。

 蒼は少しだけ笑った。

「支配人が待っています」

「え?」

「紗彩さんの力を必要としています。みんなに希望を与えるために」

「希望……?」

 紗彩はゆっくりと顔を上げ、蒼を見る。

「そうです」

 その表情には――

 紗彩がずっと求めていたものがあった。

 “希望”。

 紗彩は軽く頭を下げる。

「ありがとうございます」

 そう言うと、踵を返した。

 そして支配人の元へ向かって走り出す。

 まるで自分自身に言い聞かせるように。

 ――今は、前を向く時だと。


 蒼と紗羅、そしてミチルは、ホテルの状況が落ち着くまで街の広場で待っていた。

 騒ぎの余韻はまだ街の空気に残っていたが、人々の表情には少しずつ安堵が戻り始めている。

 その中で、紗羅が静かに口を開いた。

「蒼。私、あなたに謝らなければいけない事があるの」

 その声は震えていた。

 蒼は紗羅の方を見る。

「何のことだよ?」

「現世……のことよ」

「現世?」

 蒼は少し首を傾げた。

「あなたは私を助けようとして……一緒にここへ来てしまった」

「あぁ」

 蒼はあっさりと頷く。

「私の余命は、二十歳って言われていたの。だから……」

「え?」

「あなたが助けてくれても……後五年の命だったのよ」

 紗羅は拳を強く握る。

「そんな私を助けるために、蒼は……」

 これまで隠していた事実。

 余命の短い自分のために、命を落としてしまった少年。

 その事実を思うと、胸が締め付けられた。

「だから……許されないことだけど……ごめんなさい」

 紗羅は深く頭を下げた。

 その姿を見て、蒼は小さく息を吐く。

「頭を上げろよ」

 優しい声だった。

「紗羅はさ、ここに一緒に来た時、俺に言ったよな?」

 蒼は少し笑う。

「“助けるなら、きちんと助けなさいよ”って」

 紗羅が、はっと顔を上げた。

 それは、蒼がこの世界に来たばかりの頃に言われた言葉だった。

「あれ……俺の事だったんだな」

 蒼は照れくさそうに頭をかく。

「俺が助かれ、ってことだったんだろ?」

(あの時も……今と同じ顔してたな)

 泣きそうな顔で、必死に言っていた。

「目の前で事故に遭いそうな子がいたらさ」

 蒼は少しだけ肩をすくめる。

「俺が黙っていられると思うか?」

「……ううん」

 紗羅は小さく首を振る。

「それにさ」

 蒼は続ける。

「残りの余命が五年間もあるなんて、ここじゃ大金だろ?」

「え?」

「五Yコン。約五千五百万円分だぞ」

「……そうね」

 紗羅は少しだけ笑った。

「俺さ」

 蒼は遠くを見ながら言う。

「目の前で誰かが傷つくのを、見てられないんだよ」

 苦笑しながら続ける。

「勝手に身体が動いちまうし」

「……ここで、たくさん見てきたわ」

 紗羅は呟く。

 蒼が誰かを助ける姿を、何度も見てきた。

 だからこそ――分かる。

「だから」

 蒼は紗羅の方を見る。

「謝るなよ」

「……うんっ」

 紗羅の目から涙がこぼれた。

 そしてそのまま――

 蒼に抱きついた。

 すると。

「そーちゃん!」

 ミチルもつられるように抱きついてくる。

 三人はそのまま、しばらく離れなかった。

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