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偽聖女の妹に追放されましたが、私の力で国が保っていたので、もう手遅れですよ?

作者: 夢見叶
掲載日:2026/02/09

「エリアナ、あなたは国外追放です」


 王太子アルフレッドの冷たい声が、華やかな謁見の間に響き渡った。


 私の隣で、妹のリディアが涙を流している。透き通るような金髪が陽光に照らされて、まるで天使のようだ。廷臣たちが同情の視線を彼女に向けている。


「お姉様が私を妬んで、聖女の力を奪おうとしたなんて……」


 リディアの震える声。


(私が? リディアを妬む?)


 笑ってしまいそうになるのを、必死でこらえた。


「エリアナ・ハーヴェスト侯爵令嬢。あなたは妹君の聖女の力を妨害し、国に害をなそうとした」


 アルフレッドが淡々と告げる。


 私と彼は婚約者のはずだった。だが、彼の視線は一度も私を見ていない。見ているのはリディアだけ。ずっと、そうだった。


「明日の朝までに、この国を出て行きなさい。二度と戻ってくるな」


「……分かりました」


 私は静かに頭を下げた。


 父も母も、何も言わない。ただ、リディアを抱きしめて慰めている。


(ああ、やっと終わるんだわ)


 胸の奥で、何かがすっと軽くなった。


(この息苦しい生活が)


(誰も私を見てくれない日々が)


(もう、いいや)


 謁見の間を出る私の背中に、誰も声をかけなかった。


 いつも通り。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 部屋に戻ると、荷物をまとめ始めた。


 といっても、持っていくものなどほとんどない。この部屋自体、使用人部屋より少し大きいだけの狭い空間だ。


 窓から見える中庭では、リディアが貴族の子女たちに囲まれて笑っている。


「リディア様、お可哀想に」


「お姉様があんな方だったなんて」


「でも、これで安心ですわ。聖女様をお守りできます」


(私が、妹を妬む?)


 ベッドに座り、思い返す。


 五歳の時、リディアが生まれた。


 その日を境に、両親の態度が一変した。


「リディアは神に祝福された子なのよ」


 母が微笑みながら、金髪の赤ん坊を抱きしめていた。


「お前とは違う。特別な子なの」


(私は、特別じゃない)


 その言葉の意味を、五歳の私は理解できなかった。


 でも、分かったのは「私は愛されない」ということだけ。


 


 十二歳の時、リディアが初めて魔法を使った。


 小さな光の玉を作っただけだったのに、両親は大喜びした。


「さすが聖女の力!」


「リディアは本当に特別な子だわ!」


(私も、同じくらいの歳で光の魔法を使えたのに)


 誰も覚えていない。


 いや、最初から見ていなかった。


 


 十五歳の社交界デビューの時。


 リディアのドレスは、最高級のシルクで仕立てられた真っ白な美しいドレス。宝石がふんだんに散りばめられていた。


 私のドレスは、三年前の流行遅れのデザイン。しかも、元はリディアのために作られたものの「色が合わない」という理由で私に回ってきたもの。


「エリアナは地味だから、これで十分でしょう」


 母はそう言って、私を見ようともしなかった。


(地味)


(華がない)


(リディアの引き立て役)


 社交界で、何度も聞いた言葉。


 


 そして二年前、王太子アルフレッドとの婚約が決まった。


 政略結婚だった。ハーヴェスト侯爵家と王家の繋がりを強めるため。


 アルフレッドは一度も私に優しい言葉をかけなかった。


「君は地味だな」


 それが、彼が私に言った最初の言葉。


 そして、リディアが社交界にデビューした瞬間、彼の目は彼女に釘付けになった。


「リディアは美しい。君とは大違いだ」


(ええ、知ってますよ)


 もう、何も感じなかった。


 慣れていた。


 


 そんな日々の中で、私には一つだけ居場所があった。


 裏庭の小さな花壇。


 誰も来ない、静かな場所。


 そこで花を育てることだけが、私の楽しみだった。


「綺麗に咲いてくれたわね」


 青い小さな花に水をやりながら、微笑む。


(ここだけは、私の場所)


 不思議なことに、私が育てる花はどんな種類でも美しく咲いた。


 でも、それも誰も気にしなかった。


「花を育てるくらい、誰でもできるでしょう」


 母の言葉。


(そうね、誰でもできるわよね)


 


 荷物をまとめ終えた。


 本当に、少ない。


 服は数着。多少のお金。そして、裏庭から摘んできた小さな花の種。


(これで、全部)


 二十二年間生きてきて、これだけ。


 でも、不思議と悲しくなかった。


(むしろ、せいせいする)


 部屋を出る前に、一度だけ振り返った。


 狭い部屋。色褪せた家具。小さな窓。


(さようなら)


 私は、扉を閉めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝、誰も見送りには来なかった。


 使用人さえも。


 一人で門を出て、国境に向かう道を歩く。


 わずかな荷物を抱えて、一歩ずつ。


(重くない)


 むしろ、足取りは軽かった。


「あの……エリアナ様?」


 振り返ると、侍女の一人が息を切らして走ってきた。


「これ、お持ちください」


 差し出されたのは、小さなパンと水筒。


「ありがとう」


「……お元気で」


 彼女はそれだけ言って、走り去った。


(優しい人もいたんだわ)


 少しだけ、温かい気持ちになった。


 


 国境までは丸一日かかる。


 途中、何度か休憩を取りながら歩き続けた。


 陽が傾き始める頃、ようやく関所が見えてきた。


(やっと、着いた)


 でも、長時間歩き続けた疲労が一気に襲ってきた。


 視界が揺れる。


 足がもつれて——


「危ない!」


 倒れそうになった私を、誰かが支えた。


「大丈夫ですか?」


 見上げると、黒髪の美しい男性が心配そうに見つめていた。


 深い青い瞳。整った顔立ち。高貴な雰囲気。


「あ、ありがとうございます」


「無理をされていますね。少し休まれた方が」


 彼は私を近くのベンチに座らせてくれた。


「水をどうぞ」


「すみません……」


 差し出された水筒から水を飲む。


 喉が潤って、少し気分が良くなった。


「あなたは……」


「ルシアン・ヴァルトハイムと申します。隣国エルドリア帝国から視察に来ておりました」


(エルドリア帝国……?)


 聞いたことがある。この国の隣にある、強大な国。


「そして、あなたは聖女ですね」


「え?」


 思わず、彼を見つめた。


「何を……」


「この光が見えます」


 ルシアンが私の周りを指差した。


「純粋な癒しの力。間違いありません。あなたは聖女です」


(私が、聖女?)


 胸が高鳴る。


「でも、私は……聖女なんかじゃ」


「いいえ。間違いありません」


 ルシアンの声は確信に満ちていた。


「あなたの周りに、淡い光が見えます。これは聖女の証。しかも、非常に強い力です」


(力……?)


「私には、そんな力は——」


「ありますよ。ただ、自覚がないだけです」


 彼は優しく微笑んだ。


「あなたは、無意識のうちにその力を使っているのでしょう。周囲を癒すために」


(無意識に?)


 そういえば。


 私が育てた花は、どんな種類でも美しく咲いた。


 私がいる場所では、人々が病気になりにくかった。


(それって……)


「もしかして、あなたはこの国から追放されたのでは?」


 ルシアンが静かに尋ねた。


「……なぜ、分かるんですか?」


「一人で国境を越えようとしている。荷物も少ない。そして、何より——」


 彼の瞳が優しく細められた。


「あなたの目は、長い間苦しんできた人の目をしています」


(この人は……私を見てくれている)


 生まれて初めて。


 誰かが、本当に「私」を見てくれている。


「もしよろしければ」


 ルシアンが手を差し伸べた。


「私の国へ来ませんか? あなたの力を、正しく評価してくれる場所があります」


「……本当に?」


「ええ。私が保証します」


(行こう)


 迷いはなかった。


「お願いします。連れて行ってください」


 私は、彼の手を取った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 エルドリア帝国の都は、想像以上に美しかった。


 白い石造りの建物が立ち並び、街路樹が整然と植えられている。


 人々の表情は明るく、活気に満ちていた。


「ここが帝都です」


 ルシアンが馬車の窓から外を指差す。


「美しい街ですね」


「ええ。我が国の誇りです」


 馬車は宮殿に到着した。


 壮麗な建物。美しい庭園。


「ルシアン公爵、お帰りなさいませ」


 侍女たちが一斉に頭を下げる。


(公爵……?)


「驚きましたか? 私はこの国の宰相も務めております」


「そんな方が、どうして私なんかを」


「『なんか』ではありません」


 ルシアンが真剣な表情で私を見つめた。


「あなたは、かけがえのない存在です。そのことを、これから証明してみせます」


 


 謁見の間に通された。


 玉座に座っているのは、威厳のある中年の男性。


「陛下、ハーヴェスト王国より、真の聖女をお連れいたしました」


 ルシアンが跪く。


(真の、聖女?)


 皇帝が立ち上がり、私の前に歩いてきた。


「これは……」


 彼の目が驚きに見開かれる。


「なんと強大な癒しの力。ルシアン、よくぞ連れてきてくれた」


「光栄です」


 皇帝が私に向き直った。


「我が国に、真の聖女をお迎えできることを光栄に思う」


「え……」


「エリアナ・ハーヴェスト。あなたを、我が国の聖女として迎え入れたい」


(私を、聖女として?)


 涙が溢れそうになるのをこらえた。


「陛下のお言葉、ありがたく受けさせていただきます」


 


 その後、宮殿の美しい部屋に案内された。


 広々とした空間。大きな窓。柔らかいベッド。


「ここが、エリアナ様のお部屋です」


 侍女が微笑みながら案内してくれる。


「こんなに広い部屋……」


「当然です。あなたは聖女様ですから」


(私の、部屋)


 生まれて初めて、本当に「自分の部屋」を持った。


 ベッドに座ると、ふわりと沈む。


(柔らかい……)


 そして、気づいた。


 窓から見える景色。美しい庭園。青い空。


(私、笑ってる)


 鏡に映った自分の顔は、微笑んでいた。


 こんな表情をするなんて、何年ぶりだろう。


 


 翌日から、私は聖女としての仕事を始めた。


 病に苦しむ人々を癒す。


 傷ついた兵士たちの傷を治す。


「ありがとうございます、聖女様!」


「痛みが消えました!」


 人々の感謝の言葉。


 嬉しそうな笑顔。


(この力、人を救うために使えるんだ)


 初めて、自分の価値を実感できた。


「素晴らしいですね」


 ルシアンが隣で微笑んでいた。


「あなたの力は、本物です」


「でも、私は今まで何も……」


「いいえ。あなたはずっと、周囲を癒し続けていた。ただ、誰もそれに気づかなかっただけです」


(そうなの?)


「あなたがいた国では、疫病が少なかったはずです。魔物の襲撃も減っていたはず」


「……そういえば」


 思い当たることがあった。


 私がいた頃、確かに国は平和だった。


「それは全て、あなたの力のおかげです。無意識に、国全体を癒しの結界で包んでいたのでしょう」


(私が?)


「ええ。そして、あなたが去った今——」


 ルシアンが資料を広げた。


「ハーヴェスト王国で、疫病が蔓延し始めています。魔物の襲撃も激化している」


「それは……」


「あなたの力を失ったからです」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国での生活は、幸せだった。


 毎日、人々を癒す。


 侍女たちは親身に世話をしてくれる。


「エリアナ様は優しい方ですね」


「いつも笑顔で素敵です」


(私、笑えるようになったんだ)


 鏡を見るたび、そう思う。


 


 そして、ルシアンとの時間も増えていった。


「今日も一日、お疲れ様でした」


 夕暮れ時、彼が庭園を散歩に誘ってくれる。


「ルシアン様も、お疲れ様です」


「ルシアン様、ではなくルシアンと呼んでください」


「でも……」


「あなたは、私にとって特別な存在です。堅苦しい呼び方は必要ありません」


(特別……)


 胸が温かくなる。


「それに」


 ルシアンが立ち止まり、私を見つめた。


「あなたは、笑う方が美しい」


「え……?」


「あの国では、一度も笑ったことがないでしょう」


(バレてた)


「ここでは、笑っていてください。ずっと」


 彼の瞳が優しい。


「……はい」


 私は、微笑んだ。


 


 そんなある日。


 ハーヴェスト王国から使者が到着した。


「エリアナ様にお会いしたいと」


 侍女が困惑した表情で告げる。


「……誰が来たんですか?」


「王太子殿下と、ハーヴェスト侯爵ご夫妻、そしてリディア様です」


(来たんだ)


 驚きはなかった。


「会いますか?」


「……会います」


 


 謁見の間で、彼らを待った。


 ルシアンが隣に立っている。


「無理はしないでください」


「大丈夫です」


 扉が開き、見慣れた顔ぶれが入ってきた。


 アルフレッド。父。母。そして、リディア。


 リディアは、明らかに憔悴していた。


「エリアナ……」


 父が一歩前に出る。


「戻ってきてくれ。国が、お前を必要としている」


(今更?)


「疫病が蔓延している。魔物も襲ってくる。リディアでは、国を守りきれないんだ」


「そうね、母さま」


 母も懇願するような目で見てくる。


「あなたが本当の聖女だったなんて、知らなかったの」


(知らなかった?)


 笑いそうになった。


「お願いだ、エリアナ」


 アルフレッドが膝をついた。


「君が必要なんだ。戻ってきてくれ」


「お姉様……」


 リディアが泣きながら手を伸ばす。


「ごめんなさい。私が間違っていたの。だから——」


「いいえ」


 私は静かに首を振った。


「戻りません」


「エリアナ!」


「私は、もうあの国の人間ではありません」


 ルシアンが私の肩に手を置いた。


「彼女は、我が国の聖女です。そして——」


 彼が一歩前に出る。


「私の婚約者でもあります」


「な……!」


 アルフレッドの顔が蒼白になった。


「婚約者、だと?」


「ええ。先日、正式に婚約いたしました」


 ルシアンが微笑む。


「エリアナ。私の妻になってください」


 昨日、彼は私にそう言ってくれた。


「あなたが聖女だからではありません」


「あなたが、あなただから欲しいのです」


(あなただから)


 初めて、「私自身」を愛してもらえた。


 戸惑いながらも、私は頷いた。


「はい。喜んで」


 


「お前たちは、彼女を追放したのでしょう?」


 ルシアンの声が冷たくなる。


「それなのに、今更戻れと? 虫が良すぎませんか」


「しかし、国が——」


「あなた方が選んだ道です」


 私も言葉を続けた。


「リディアを選び、私を捨てた。それだけのことです」


「だが、国民が苦しんでいる!」


「それは、お気の毒ですね」


 私は淡々と答えた。


「でも、私にはもう関係ありません。私には、新しい家族ができましたから」


 ルシアンが私の手を握った。


 温かい。


「エリアナ……」


 リディアが泣き崩れる。


「本当に、ごめんなさい……」


(今更、謝られても)


「許してください」


 母が頭を下げる。


 父も。


 アルフレッドも。


「許す?」


 私は首を傾げた。


「私が、あなた方を?」


「お願いだ」


「違います」


 私は静かに言った。


「私は誰も恨んでいません。ただ、もう関わりたくないだけです」


 それが、本心だった。


 恨んでなどいない。


 ただ、もう二度と、あの苦しい日々には戻りたくない。


「お引き取りください」


 ルシアンが告げる。


「これ以上、彼女を苦しめないでいただきたい」


 


 彼らは、項垂れて去っていった。


 リディアが最後まで振り返っていたけれど、私はもう見ていなかった。


「大丈夫ですか?」


 ルシアンが心配そうに尋ねる。


「はい。大丈夫です」


 本当に、大丈夫だった。


 胸がすっきりしている。


「もう二度と、あなたを一人にはしません」


 彼が私を抱きしめた。


「私が、あなたを守ります」


(守られる)


 こんな感覚、初めて。


「ルシアン……」


「愛しています、エリアナ」


 彼の声が耳元で囁く。


「私も……愛しています」


 初めて、誰かにそう言えた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから数ヶ月。


 私とルシアンの結婚式が執り行われた。


 帝国中が祝福してくれる。


「聖女様、おめでとうございます!」


「お幸せに!」


 温かい声援。


 


 白いドレスに身を包み、ルシアンの隣に立つ。


「誓いますか? この人を、生涯愛し続けることを」


 司祭の問いかけ。


「誓います」


 ルシアンの声は力強く、私の手を強く握っている。


「誓います」


 私も、はっきりと答えた。


 


 式が終わり、二人で宮殿のバルコニーに立つ。


 眼下には、祝福してくれる人々。


「幸せですか?」


 ルシアンが尋ねる。


「はい。とても」


 心から、そう思う。


「あなたと出会えて、本当によかった」


「私もです」


 彼が微笑む。


「あなたを見つけられて、幸せです」


 


 風が吹いて、髪が揺れる。


 空は青く澄んでいて、雲一つない。


(追放されたあの日)


 ふと、思い出す。


(私の本当の人生が始まったんだわ)


 謁見の間で告げられた、追放の言葉。


 あの時感じた、不思議な解放感。


 全ては、あそこから始まった。


「エリアナ?」


「なんでもありません」


 私は微笑んだ。


「ただ、幸せだなって思っただけです」


「これからも、ずっと幸せにします」


 ルシアンが私を抱き寄せる。


「約束します」


「はい」


 


 そして、私を愛してくれる人の隣で、私は心から笑うことができた。


 もう二度と、一人じゃない。


 もう二度と、価値を認めてもらえないなんてことはない。


 ここに、私の居場所がある。


 ここに、私を愛してくれる人がいる。


(ありがとう、ルシアン)


(そして、ありがとう、あの日の私)


 追放を受け入れた、あの日の自分に感謝した。


 あの決断があったから、今の幸せがある。


 


 遠くで、鐘が鳴り響く。


 祝福の音色。


 私たちの未来を祝福する、美しい音色。


 そして、私はもう一度、心から微笑んだ。


 追放されたあの日、私の本当の人生が始まったのだと、今なら分かる。

読んでいただき、ありがとうございます。


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