氷の魔女と氷の猫
あるところに、氷の魔女がいました。
彼女の周りは全てが氷か、氷のようになります。
彼女自身も冷気を纏っていて、彼女が触れるもの全てが凍りつきます。
彼女にそれを止めるすべはありません。
彼女はそのための『氷の魔女』だったのですから。
そんな彼女のそばには誰もいません。
彼女も近づけさせません。
なぜなら、彼女が触れる生き物は──もしくは触れなくとも──みんな凍って死んでしまうことを、氷の魔女はずっと昔から、よくわかっていました。
彼女は、もうずっとひとりでした。
ある時、彼女は『猫』を創り出しました。
氷の魔女が魔力を込めて創った、氷の猫です。
氷で出来た体は透明で、けれど毛並みはふわふわで、しなやかな動きをする、とても冷たい猫でした。
彼女は猫と暮らし始めました。
猫は主人である魔女のそばにずっといるわけではなく、氷で出来た広い家を探検したり、長い階段の途中で眠っていたり、窓の外に広がる氷河や雪に覆われた山々や、氷の地平を眺めたりしていました。
彼女は猫を特別可愛がったりしませんでしたし、猫も特別彼女に甘えてきたりしませんでした。
気付けば足元にいたり、ほぼ一日見かけなかったり。
目を覚ますと枕元にいたりすることもありましたが、それはとても稀なことでした。
そんな日々が、数年。
数十年。数百年。
氷の魔女もとうとう老いて──その姿は少女のまま、魂だけが老いて──彼女の命も僅かとなりました。
ベッドの上で横になり、浅くゆったりとした呼吸を繰り返す彼女の枕元では、氷の猫が丸くなっています。
ここのところずっと、猫はこうして主人のそばに居ました。
彼女はゆっくりと手を伸ばし、猫をそっと撫でました。
相変わらず冷たく、ふわふわと柔らかな触り心地です。
猫は薄く目を開け、ちらりと主人を見ましたが、またすぐに目を閉じて丸くなりました。
「──私は、」
魔女は、ゆったりと口を開き、細く息を吐くように話し始めました。
「私は、もうすぐ死ぬけれど。あなたはまだ、生きてゆけるから」
だから。
「自由に。自由に生きて。あなたが望むように、あなたが幸せであるように」
主人の言葉に応えるかのように尾をゆるく一振りした猫に、彼女は柔らかく目を細め、微笑みを浮かべて。
それから、長く、長く息を吐きました。
それが最期でした。
氷の猫は、それからも主人のそばにいました。
魔女の体は徐々に透明に──氷になり、全く溶けず、まるで精巧な氷の彫刻のようでした。
そんな彼女のそばに、何年も。何十年も。
猫はずっと、主人のそばから離れませんでした。




