旅を終えた勇者パーティの夢の行方
「魔王を倒したら?僕は家に帰って家業の林業を継ぐよ」
こう言ったのは勇者だ。
「俺か?俺はもちろん公爵家の次期当主になるんだ。家をどんどん発展させて、国を、そしてなにより国民を守るんだ。それが貴族の誇りってもんだ」
こう言うのは戦士。
「私はもっと勉強して、治療院を開きますわ。魔王退治の報酬としてもらえるお金は莫大ですからね。これを元手にすれば、お金が無くて病気や怪我に苦しむ人を無料で治療してあげる事が出来ます。貧富に関わらず全ての人が医療を受けられる。そんな所を作るのが、私の幼い時からの夢ですから」
これは僧侶の言葉。
「私は、もっともっと勉強して国の発展に貢献するわ。魔法だけじゃない、様々な技術をより活用して、国をより洗練された素晴らしい大都市にするの」
これは、魔法使いである私の発言。
千年ぶりの魔法復活により、私達はそれぞれ【勇者】【戦士】【僧侶】そして【魔法使い】のスキルを得た。
スキルという物は一部の人が生まれながらに持つ者だが、これらは後天的に付与されたものだ。
ちなみに、勇者は男性で、唯一の平民。
戦士はこの中で最も高位貴族である公爵家の人間で、しかも次期公爵を約束された長男。
この二人は同じ国出身。
僧侶は、二人とは違う国の出身で、さらに歴代最年少で司教に任じられた才女。
魔法使いである私は、三人とはさらに別の国の伯爵家の長女。
こうしてバラバラの出自をもつ四人が、協力して魔王討伐に向かう事になった。
正直、最初は上手く旅が出来るのか?とも思ったが、杞憂だった。
最初こそ喧嘩したり、連携がバラバラだったりしたが、私達はとても仲良くなった。
仲良くなれば連携などの協力が上手くいく。
互いに背中を任せ、ピンチを何度も切り抜けた。
私達が名実ともに勇者パーティと言われたのもこの頃だった。
そんなある時、魔王討伐が終わった後の夢は何か?という質問が誰からともなく出て来て、その答えがさっきのものだった。
……その夢が叶わない事も知らずに。
それから数か月後、魔王討伐は終わった。
私達の力と息の合った連携の前に、魔王は倒れたのだ。
そして、私達は凱旋した。
死亡した勇者を除いた私達三人が。
そう、勇者は魔王城で死亡したのだ。
だけど、世界は歓喜に包まれた。
勇者死亡と言う悲劇はあったにせよ、長年恐れられた魔王と言う名の脅威が無くなったのだから当然だろう。
そして、魔王討伐の日から三年後。
つまり、勇者の三年後の命日である三回忌。
私達三人は、約束通り再会した。
これは、三回忌だから、という理由もあるが、魔王討伐の前に「討伐三年後に一度再会しよう」と約束していたからでもある。
そして、私達はかつて魔王城と言われた場所に来ている。
ここは、今では誰も立ち寄らない廃墟になっている。
魔王の幽霊が出るとか、男の幽霊が出るとか、そう言った理由から誰も立ち寄らなくなっている。
そんな場所で、私達は再会した。
だけど、会話が続かない。
魔王討伐の旅をしていた頃は、辛い中でも会話が絶えない、いい親友だったのに。
そんな中、戦士が口を開いた。
「なぁ、そう言えば、旅の途中で夢を語ったよな。旅が終わったら何をしたいかって」
「ええ、しましたわね」
「そうね」
なんでそんな事を言うのだろう。
そう思う私に、戦士は続ける。
「俺さ、いまは引きこもりやってんだよ。部屋からほとんど出ていない。まぁ、それでも次期公爵だけどな。父上からしたら魔王を討伐した勇者パーティの一人を次期公爵にしない理由が無いからな。まぁ、実務は弟がやる事になるだろうけど」
「あら、それだけではないでしょう?」
「なんだ、知ってるのか」
僧侶の指摘に、戦士は苦笑した。
「最近、連日出没する連続殺人鬼って、あなたの事でしょう?一年くらい前にあなたの国に行った事があって検死しましたけれど、あの切り口の見事さ。あれが出来るのは今ではあなたしかいませんもの」
「そうだな。今では俺くらいだな」
戦士と僧侶は、そう言って笑った。
あの頃のような楽しい笑いじゃない、悲しい笑い。
私は、困惑して質問した。
「どうして?だってあなた、あんなに国民を守るのは貴族の誇りだって言ってたじゃない」
「そうだな。そんな事言ってたっけな」
戦士はそう言って、成り行きを語り始めた。
「最初は、居酒屋で深酒してた時に店員と口論してうっかり殴り殺しちゃったんだよ。そうしたらさ、国がもみ消したんだよ。相手が平民だからって、俺にはなんのお咎めもなし。まぁ、勇者パーティの一人が罪もない平民を殺したなんて外聞が悪いんだろうけどさ、その時思ったよ。貴族ってなんだろうって。嫌な事にも手を染めて、それも国の為だと割り切ってやってさ。国を一番下で支える国民を殺してもなお名誉が大事だから隠ぺいして。こんなのが貴族かよって。そう思ったら、もう貴族の誇りとかどうでもいいやって思ってさ。気付いたら気の向くままに人を殺す様になったんだ」
そう言う戦士に、僧侶がため息をついて話しかける。
「はぁ……あなた、国に死刑にして欲しいのね。私達のスキルに毒は効かない。あなたを暗殺できる程の実力者もいるはずがない。であれば、国として死を命ずるしかない。でも、国は自国の英雄が死刑を賜るなんて恥ずかしくて出来ないとわかっていながら」
「あぁ。でも、俺が死を賜れば、国はきちんと動いている。法があり、貴族もノブレス・オブリージュを持ってると俺も思えるからな。だから、俺はむしろ死刑にして欲しいんだ」
そう言って戦士は楽しそうに笑う。
笑い終えると、戦士は僧侶に言い出した。
「そういうお前こそ、有名だぞ。金狂いの僧侶様」
「あら、有名ですのね。別にいいですけど」
「金狂いって、どういう事?」
私の質問に、戦士が答える。
「こいつ、治療院を開設したんだけどさ、通常の何倍も金とるんだぜ。まぁ、通常の怪我くらいだったら別の治療院に行けばいいんだろうけどさ、こいつの能力ならどんな大怪我や重病、末期の死病でも治るだろ?だから、そういった患者から大金を捲し上げてぼろ儲けしてるんだと」
「えぇ。無償の行為など、愚か者のする事ですもの。当たり前ですわ」
「で、今こいつは王都との一等地にでっかい屋敷をおったてて暮らしてるらしいぜ」
「今度外国に別荘を建てようと思っていますの。お金なら腐るほどありますし、今でもどんどん入ってきますから」
僧侶はそう言って笑った。
「そうそう。私、所属していた協会からは除名されましたわ。まぁ、望むところですけど。金がない貧民に寄付しろとか、治療費を安くしろってうるさく言われましたから。冗談じゃありませんわ。無償の行為をしたところで、相手は私のただ働きを当然に思うだけ。相手を信頼して無償の奉仕をして、裏切られたらたまったものじゃありませんもの」
「だな。善意で行動しても、善意が帰って来るとは限らないもんな」
「そうね」
楽しそうに話す僧侶に私達は同意する。
僧侶は今度は私の方を向いて質問してきた。
「あなたはどうしてますの?」
「そう言えば、お前の話は全然聞かないな」
そう質問する二人に、私は現状を話始めた。
「私は、山の中で一人暮らししている」
「山の中って?」
僧侶の質問に、私は山の名前を答える。
「おいおい、その山って人が入れない、肉食獣がいっぱいいる山じゃないか」
「そんな所に暮らして、大変ではないですか?」
そう聞く二人に、私は笑って言った。
「大丈夫だよ。私、強いし。それに、誰もいない所で暮らしたいんだ。だって、いつ後ろから刺されるか分からないし。信頼している人だって、いつ裏切って殺しに来るか分からないもの」
「あ~。そうよね」
「わかるぜ、その気持ち」
同意する二人に、私は話を続ける。
「えぇ、お父様やお母様、それに魔法を教えてくれた師匠や、幼い頃からの親友だって、いつ私を裏切るかわからないでしょ?そう考えると、図書館で落ち着いて本を読むことも出来ないし、夜も眠れないの。だから裏切りとかがない、弱肉強食という、シンプルな世界で生きようと思ったの」
「いいんじゃないか」
「素晴らしいですわ」
褒める二人に、私は嬉しくて続けた。
「えぇ、もう本もずっと読んでないんだけど、私は幸せだよ。裏切りとか、信頼とか考えなくていい、シンプルな世界に生きているんだもの」
そう言って、私は二人に笑いかけた。
ちなみに、私は二人に再会した最初から、魔法発動に必要な杖を手放していない。
そして、二人とは結構な距離を取って会話している。
この二人が私を裏切って殺しに来る可能性を否定出来ないからだ。
ちなみに、私ほどではないが二人も会話するには不自然なほど距離を取っている。
まぁ、無理もない。
あんな事をしたんだ。
もう他人を信じるなど不可能だ。
そして、私達は別れた。
命がけの戦いを、互いに互いの背中を守りながら戦った仲間の久々の再開というにはあまりに盛り上がらず、あまりに短い時間だったけれど。
私は、魔法で空を飛んで、家にしている山の洞窟に入った。
運のいい事に、洞窟の傍にクマがいたから風魔法で殺して、家に持ち帰る。
再度風魔法で解体した後、私は生のままクマの肉を食べた。
普通なら焼く所だが、私はそんな事はしない。
火魔法も当然使えるし、焚火を起こすくらいは火魔法を使わなくても出来るのだが、やらない。
なぜなら、私はあの時以来、火恐怖症になってしまったからだ。
そう、あの時。
私達四人が、魔王を討伐した直後。
僧侶が拘束魔法で勇者を拘束し。
戦士が勇者の首を刎ね。
私が火魔法で勇者の遺体を滅却した。
あの時から。
なぜ私達が大切な仲間を殺したか。
それは、私達の所属する所のトップから言われたから。
ある日。
もうすぐ魔王城へ乗り込めると報告に戻った日。
私達三人がお城に呼ばれた。
そこにいたのは、戦士の国の国王陛下と、僧侶が所属する教会の教皇、そして私の所属する国の国王陛下のお三方。
お三方は、私達に勇者の抹殺を命じたのだ。
当然私達は説明を求めた。
理由はこうだ。
勇者パーティの中でも、勇者は強すぎる。
魔王が死んだ後、その力は危険すぎる。
さらに、勇者は平民だ。
国の王族や貴族、そして神以外に、崇める対象が増える事はあってはならない。
もちろん、勇者を王族の婿に迎える事も出来ない。
王族にとって血は重要であり、いくら勇者とは言え平民の血を混ぜる事は出来ない。
貴族の婿に迎える事も、その貴族が王族より力を持つことになるから不可能。
よって、魔王討伐後は速やかに勇者を討伐すべし。
これは全ての国の王から下された勅命である。
……
…………
私達は、受け入れるしかなかった。
彼らの言う不安ももっともだ。
そして、なにより。
私達は上の命令に従う事が当然の社会で生きて来たからだ。
国の為には、私情を挟む事は厳禁。
貴族ではない僧侶も、神の為に私情を挟まず行動してきた。
だから、国の為、世界の為、不安要素を取り除かなけばならない。
だから、殺した。
その結果がこれだ。
誰よりも世界の為に戦った勇者。
誰よりも見返りを求めず、無償の行為をしていた勇者。
誰よりも人の事を信じ、優しかった勇者。
そんな彼を私達は殺した。
勇者の最期の顔を、私は忘れていない。
彼が首を切られる時の顔。
私が燃やした顔でもある。
きっと皆も忘れていないだろう。
私はあの日からグッスリ眠れていない。
二人の目の下にもクマがあったから、二人もそうなのだろう。
眠るとあの日の夢を見るから。
どうせ今日もすぐ目が覚める。
そう思いながら、私は洞窟の中で横になる。
敷物なんかない、下はそのままの地面。
枕は只の石。
まだ慣れないけど、私はここの暮らしを気に入っている。
だって、ここでは信頼する人に裏切られる事が無いから。
誰かを愛する事も、その人を裏切って殺す事も無いのだから。
お楽しみいただけましたでしょうか?
この話は、なんとなく思いついた話です。
時々あるんですよね、なんとなく思いつくの。
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