エピローグ 地獄の舟のはじまり
鈴鹿一家が壊滅し、神堂覇真も功二の手で命を落としたあの夜から、功二は街を消えた。
行く先も金も仲間もなく、背中に十五の殺しと裏切りの血だけを背負い、裏社会の闇に沈んでいった。
港の倉庫街、東山のスラム、パチンコ屋の裏口、地べたで寝起きしながら、酒と薬に溺れ、自分の名前さえも忘れかけていた。
自分が何者だったのか。
あの兄弟盃を交わした夜、何を捨て、何を奪ったのか。
胸の奥では、覇真の最後の狂気の笑みが今も焼き付いていた。
「……舟木功二だろ」
ある夜、功二を見つけた男がいた。
倉持篤志だった。
「生きてたか、狂犬」
倉持は煙草をふかし、功二の泥まみれの姿を見て、微かに笑った。
「鈴鹿も花村も、覇真の残党ももういねぇ。だが、世の中の地獄はまだそこら中に転がってる」
倉持は功二に老人ホームの仕事を紹介した。
「極道上がりでも、やれる場所がある。そこは、死に損ないと罪人の吹き溜まりだ」
功二は顔を上げ、静かに呟いた。
「……地獄か」
「ああ、だがそこなら、生きる意味を探せる」
そして功二は、名を隠し、履歴をごまかし、「ぬくもりの郷 さくらホーム」の門を叩いた。
そこには、過去も地獄も知らぬ老人たちの笑顔と、いつか命を燃やすことになる高坂麗奈がいた。
血と狂気の舟に乗った男が、ようやく辿り着いた、もう一つの地獄。
だがそこは、ほんのわずかでも、罪を贖う場所だったのかもしれない。
舟木功二、地獄の舟のはじまり