狂犬の堕ちる場所
鈴鹿一家抗争は、わずか三日で地獄と化した。
錦三丁目の街には焼け焦げた組員の死体、逆さ吊りの死骸、手首を吊るされた遺体が並び、血に塗れた名古屋の夜が牙を剥いていた。
「功二、総長がやられた」
その報せを聞いたとき、功二はもう驚かなかった。
神堂覇真が親父を裏で売ったのは、もうわかりきっていたからだ。
「俺と一緒に来い。鈴鹿は終わりだ」
覇真は、功二を自分の組へと誘った。
その目には、すでに人の情も義も残っていなかった。
血と信仰と金と狂気。覇真の求めるのは、それだけだった。
「兄弟の盃を返すわけにいかねぇ」
功二はそう答えた。
兄弟であるなら、決着はこの手でつける。それが極道の筋だった。
その夜、鈴鹿一家の本部跡。
血まみれの座敷に、最後に残った功二と覇真が対峙する。
「功二……これで終わりにしようや」
覇真は血塗れの短刀を持ち、笑った。
功二も血塗れの出刃を握る。
「兄弟の盃、ここで返すぞ」
二人は静かに歩み寄り、血の海の中で、盃を酌み交わす。
だが、それは別れの盃だった。
「覇真、地獄の底までついていく気だった…だがな、もうお前は極道じゃねぇ」
功二の刃が覇真の肩を裂いた。
覇真も笑いながら功二の腹を抉る。
「ははは、いいぞ功二!それだ、それでこそだ!」
二人は血まみれで組み合い、壁を突き破り、血溜まりの座敷を転げ回る。
指を折り、眼窩を殴り潰し、歯を折り、耳を削ぎ落とす。
「狂犬功二、このまま俺と神の舟に乗れ! この世を血で染め上げるぞ!」
覇真の目は、狂気そのものだった。
功二は最後の力で覇真の喉笛を裂く。
「兄弟の盃は、ここで割れた」
覇真は血を噴き、なおも笑いながら倒れ込む。
「いいぞ功二……いつか、また……地獄の底で、会おうぜ」
そう言い残し、覇真は息絶えた。
功二は血塗れの短刀を握りしめたまま、崩れ落ちた本部から姿を消した。
その夜、鈴鹿一家は壊滅。
覇真の残党は行方をくらまし、後に「天の印教団」となる。
功二の地獄の舟は、そこで始まった。