兄弟盃と裏切りの花
功二が鈴鹿一家・神堂覇真の直参若衆となって一年が経った。
その間に彼が殺した人数は十五。内、生きたまま皮を剥いだのが四人、逆さ吊りで血抜きにしたのが二人。
気がつけば、周囲の兄貴分も舎弟も、功二に対する目が変わっていた。
「狂犬功二」「地獄の舟木」
そう呼ばれるようになっていた。
そして、その年の春。
鈴鹿一家は、長年の宿敵である花村会との全面抗争に突入する。
「功二、今夜は血の宴だ」
覇真は、いつものように艶めかしい笑みを浮かべ、手製の拷問部屋に功二を連れて行った。
そこには、花村会の若衆が五人、裸で逆さ吊りにされ、すでに手足の指は斬り落とされ、腹は裂かれていた。
「こいつらで宴の支度だ」
覇真の命で、功二は生きたままの男の胸を切り裂き、臓物を取り出し、それを覇真が手ずから喰らう。
血塗れの臓器を咀嚼する音が、薄暗い部屋に響く。
「これが力だ、功二。これが極道だ」
その晩、功二と覇真は正式に兄弟盃を交わした。
奥座敷で、親分・岡村総長の前に並び、血の盃を口に含む。
「これより舟木功二、神堂覇真の兄弟分となり、地獄の果てまで命預け申す」
盃を干した瞬間、覇真が功二の肩を抱き寄せ、耳元で囁く。
「俺となら、この一家も、この街も、すべて呑み込める」
その言葉に、功二も迷わず頷いた。
だが、その夜——血の宴のさなか
倉持篤志、功二の古くからの兄弟分が、密かに功二を呼び寄せた。
「功二、聞け。覇真の奴、もう裏で動いてる」
「……何だと?」
「鈴鹿一家を裏切る気だ。今の岡村総長を殺して、自分が跡目を継ぎ、そのうえで教団を作るつもりだと」
「教団?」
「あいつの寝床の押し入れ、見た。経文みたいな血文字だらけの帳面。『胎動の刻』『魂の浄罪』……ありゃ狂ってる」
功二は衝撃を受けた。
兄弟分として盃を交わした男の胸の内に、そんなものが渦巻いていたとは。
「功二……お前だけは巻き込まれんな。早くこの街を出ろ」
だが功二は、ただ静かに頭を振った。
「兄弟の盃は、命より重ぇ」
そう言い残し、功二は再び覇真のもとへ戻っていった。
その夜の宴で、一人の幹部が毒殺された。
手足をもがれた遺体が翌朝、山中に打ち捨てられた。
鈴鹿一家の内側で、裏切りの花が静かに咲き始めていた。