13.京香さんとデート②
「これはどうでしょう?」
「これは、きわどすぎる気が」
「ご主人様はややうぶな御様子なので積極的に攻めることをお勧めいたします」
「う……」
「これなどは如何でしょう」
「ほとんど紐……」
「それが良いのです」
着替えブースから怪しい会話が聞こえる。しかも声を控えるつもりはなくって良く聞こえるんだ。俺に聞かせてるんだろう。なんて羞恥プレイだ!
メイドさんコワイ。
アイスティを飲みながら待つこと10分少々で京香さんが帰ってきた。
「おおおおお!」
頭には白いカチューシャ、黒いロングスカートに白いエプロンをつけた正統派メイドさんがそこにいた。
シャンと立っているけどこちらをチラ見してくるので早く感想を言わねば。
「56億7千万年後に現れる弥勒菩薩さまのようです」
「……守君、それ褒めてる?」
「京香さんの可愛さが世を救いそうです!」
「……ありがとう」
あれ、あんまり嬉しそうじゃないな。言葉を間違えた?
「ご主人様? このような時は今すぐにでも君を押し倒して子孫繁栄を誓わせてくれ!くらいは言ってもやらしい、いえ、よろしいかと」
年嵩のメイドさんに嗜められてしまった。駄菓子菓子。
「やらしいって言いました?」
「いえ、よろしい、ですわ」
いや、絶対に言ってる。ふふって笑ってるもん。
「ともかく、その恰好でご奉仕とか言われたら即オチする自信はあります」
「……ご主人様、ご奉仕いたします」
「ぐっは!」
俺は胸を押さえて倒れた。
結局、京香さんはメイドの恰好のままデートを続行するようで、俺は由緒正しいメイドさんの手を引きながら秋葉原を歩いてる。
メイド喫茶の聖地だとかでメイドさん自体は見かけるけどミニスカメイドばかりでクラシカルメイド(というらしい)の京香さんは非常に目立つ。
「腹が減ったし、どこかで食べません?」
「それならば行きたい店があります」
視線から逃げる意味もあったので京香さんのおすすめの店に行く。細い路地にある黄色い看板の牛丼屋だ。昼時は過ぎてるのに何人か並んでいる。
「秋葉原では有名なお店です」
すまし顔のメイドさんが列の後ろにつく。ガチメイド美人が並んだので待っている男たちが動揺しているのがわかる。
「来てみたかったんです。さすがに先輩は誘えない店構えなので」
「あー、わかる」
うちの近所の飲み屋みたいだもん。ほんとにやってる?って疑いたくなる感じの。
「牛丼しかないのでお酒が頼めないんです」
「そりゃ、なおさらだね」
牛丼ならうちで作ってもいいんだけど。
「あああの、拙者後でもよいので、お先にどうぞでござる」
「某もでござる」
「メイドさんはいいものだ」
前に並んでいた男らが順番を譲ってくる。どうぞどうぞされるので仕方なく入店。食券機で食券を購入。本当に牛丼しかない。京香さんが並盛と卵を買ったので俺も合わせる。
店内は狭く、相席が基本らしい。ちょうど並んで座れる場所が開いたので相席相手に断って席に着く。
京香さんを見て箸が止まってしまったのはごめんなさい。
おばあさんがお茶を持ってきたので食券を渡す。
「見ない顔だね」
「本日からお世話を仰せつかりましたので」
「ふん、そうかい」
おばあさんは俺を見て鼻を鳴らして厨房に戻っていった。釣り合わないんでしょ? わかってるって。
「ところでご主人さま」
「ぶはっ!」
小声だが唐突なご主人様呼びに吹き出してしまった。
「本日の予定ですが、私の希望は叶いました。どうしましょう」
「買い物はもういいの?」
「1番の希望が叶いました」
「じゃあ2番目の希望も叶えようか」
「……では、遠慮なく」
京香さんがにこっと笑った。と同時におばあさんが牛丼を持ってきた。
「……甲斐性はありそうだね」
ゴトゴトどんぶりを置いていく。肉に覆われてご飯が見えない。
「熱いうちに食べましょう」
「「いただきます」」
俺は卵を溶いて牛丼にかけたけど京香さんはそのまま載せて黄身を突きながら牛肉と絡め始めた。食べ方はいろいろだ。
「肉が多くて食べ甲斐がある」
「味が薄めでちょうどいいです」
「あ、いつもは濃かった?」
どうしても濃いめに作っちゃうんだよ。
「いつも守君が作ってくれるご飯は好きです」
また京香さんがにこっとした。店が何やらざわついてる。
「ご主人様が食事の支度だと?」
「メイドにご奉仕していいのでござるか」
「某にもメイドがいれば」
何かを歪めたようだ。なんかゴメン。
牛丼を食べたので場所を移動する。2番目の希望は内緒のようで、とりあえず電車で千葉方面へ戻り、千葉駅で降りた。駅周辺を散策するらしい。
「今日は本当に楽しい」
街中でも浮きまくってるメイドさんはご機嫌だ。
「私は真面目だと思ってるし、周囲もやっぱりそう思ってるから、どうしてもそれにこたえなきゃって思ってしまう」
「俺が知らないハンター関係の知識とか助かってますよ」
「役に立ててるならうれしい」
ちょっと照れた笑顔ごちそうさまです!
「まーでも、外からのイメージに合わせるってのは、今の世の生き方なのかなーと思うことはある」
「私も、スカートよりパンツルックが似合うからってスカートをはかなくなった。今日は思う存分はけて楽しい」
語尾にハートマークがついてそうなほど声が明るい。録音すべきだった。
「外見ってのはその人そのものだけど、でもそれがその人の本質とは限らないんだよね。愛嬌のある詐欺師とかいるしね」
「……船橋の受付にいるお局」
「あはは、あの化粧が濃い人ね。あの人も見かけはキレイだけど、なんか近寄りたくないオーラを持ってるね」
「あのお局はコネで入ってきて嫌味ばかり」
我がメイドさんがご機嫌斜めになってしまった。話題を変えねば。
「イメージを重く見て社会に溶け込むことも大事だけど、自分を出すこともそれと同じくらい大事だと思うんだ」
「仏教の教え?」
「まぁそうかな。人の本質は外見じゃなくってその内面だって話。俺が好きなのは京香さんの美人さだけじゃなくって、まじめで頼りになる、でもたまにしぐさが可愛すぎて悶えちゃうお姉さんの京香さんだったりするってこと」
「私が、もっと自分を出せば、もっと私を好きになってくれる?」
「絶対に」
そう言ったら、京香さんにぐっと手を引かれて立ち止まった。じっと俺を見てくる。
「……守君のそばなら出せる、かも。がんばる。だから、私のそばにいて」
「俺がメイドさんにご奉仕してもOK?」
「そうだ、私がご奉仕」
ハッとして周囲を見渡す京香さん。近くには、昨日お世話になったホテルがあった。昨夜のあれこれがフラッシュバックして顔が熱くなる。
「2番目の希望」
京香さんがホテルから視線を外さない。
「最初の子供は先輩に譲った……同時に妊娠で動けなくなるのはダメ。でも、先輩には負けたくない」
くいっと小さく腕を引っ張られた。拒絶すればすぐにふりほどけちゃう強さだ。意味くらい分かる。
やんわり拒絶? そんなことしたら京香さんが泣いてしまう。
それに、据え膳食わぬとは何事と閻魔様にしばかれる。
坊主は度胸じゃい!
「僭越ながら拙僧がご奉仕奉ります」
京香さんの背に手をまわしぐっと押すと、京香さんがトコトコと歩きだす。
「煩悩はいいの?」
「ここ数日は仏様も見逃してくださいます」
「私初めて」
「配慮しますが何分拙僧も昨日初めてを終えたばかりなのでその、ガンバリマス」
がんばったぞ。




