13.京香さんとデート①
今日は京香さんとデートだ。てっきり一緒に行くものと思っていたら『10時秋葉原駅に待ち合わせ』というメモ書きを渡された。ただいまの時刻は朝の8時。ちょっとギリギリなんですけど。
瀬奈さんに駅まで送ってもらって間に合うことをお祈りしながら電車に揺られる。
「まにあった!」
9時50分にホームに降りた。降りたというか後ろから押されて追い出された感じ。
「人多すぎ!」
「出口はどこだよ!」
「なんで下に向かうのに階段を上るの?」
大都会はわからんぜよ。
迷っていたらスマホが鳴る。案の定京香さんからだ。
「いまどこ?」
「駅にはついてます! 迷ってます!」
「何番ホーム?」
「えっと、緑色の電車のホームで3て看板があります」
「そっちにいく。ホームの真ん中くらいにエレベーターがあるからそこにいて」
「わかりました」
田舎者ですみません。
5分くらいすると京香さんが迎えに来てくれた。京香さんが浴衣姿で、紺色に金魚が泳いでる柄がとてつもなく可愛らしい。
歩いてくるときも周囲の視線を集めてた。美人さんが浴衣着てたら見るよね。
「すっごく似合ってます」
「守君に合わせた」
「あ」
はい、今日も作務衣です。ちゃんと毎日着替えてるし色違いだし!
ちなみに今日は灰色だ。
浴衣美人の待ち合わせが俺なので視線に殺意が込められている気もするけど知ったことか。
「さっそく行く」
京香さんに手を散られて連れていかれた。
駅を出て高架下を歩いて大きなビルに入る。人が多くてビビる俺氏。エレベーターで4階へ。
4階につくとアニメ関係のショップがあり、その隣に飲食店があった。京香さんは迷うことなくそこに向かう。当然手を引かれてる俺もだ。
「メイド喫茶……?」
入口から見える店内にはメイドの格好をした女性が忙しなく動いていた。席の半分は埋まってたが整理券なしで入店できた。
いや整理券て……。
「今日はコラボの日」
案内された席に着いた京香さんの視線はミニスカートのメイド服の女の子に釘付けだ。スラっとしたおみ足がまぶしい。
この店のメイドさんは2種類に分かれてる。ロングスカートでいかにもメイドっぽい人とアニメとかで見るようなミニスカートのメイドっぽい人だ。ミニスカートのほうがコラボのメイドさんらしい。
ともかく。
「京香さん説明を」
俺の言葉にはっとした顔の京香さんが姿勢を正した。
「ここは、メイド喫茶発祥のお店です」
「メイド喫茶……発祥……」
「ここに来たかったので」
京香さんが恥ずかしそうにうつむいた。やべえ、可愛い。スマホで写真を撮りそうになった。
「主な客層は男性なので、女ひとりては来にくくて」
「瀬奈さんとは来なかったんです?」
「秘密の趣味だから」
京香さんの耳が赤くなってる。大事なカミングアウト嬉しい。
「誘ってくれてありがとう」
京香さんとの距離がだいぶ縮んだ気がするぜ!
「メイドさんたちは京香さんが気になるようだけど」
近くを通るメイドさんたちは京香さんを見てはニヨニヨしてる。あちらはメイド、こちらは和装。通じ合うものがあるんだろう。京香さんは美人だし。
「たぶん、守君が考えてることようなじゃないと思う」
京香さんが両手で顔を覆ってしまった。なんと、違うの?
ちょうど注文を取りに来たのでメニューを眺める。昼には早いのでスイーツだ。気まぐれアイスというのにひかれたのでそれにする。
「これとこれとこれとこれ」
京香さんはパパパパっと何か所も指をさして注文してた。来たかったからいろいろ頼んだんだろうね。
メイドさんが離れたので京香さんが説明を続行する。
「実は、メイドに限らず、可愛い服が好きで」
京香さんはゆっくり語る。
おぉ、意外だ。いつもはスーツをびしっと決めてる印象だったからね。
「いつもは瀬奈先輩と一緒に服を買うことが多くて、というかほぼそれで、大人っぽいよさげな服をお勧めしてくれるので、それを買ってた。でも今日は、自分で買いたい」
「今日は買い物なわけですね」
京香さんがコクリとうなづく。
瀬奈さんもそうだけど、当日まで目的を教えてくれない。サプライズなのかなとは思う。
「自分で選んだ服を見てもらいたい。ついでに好みも知りたい」
「服の好み……俺もこうだしね」
作務衣ばっかりの俺だし。
「守君の視線が瀬奈先輩を追いかける時があるのは知ってる」
「ぶふぉっ」
「露出度による傾向がある。智が可愛い服を着ているときもニンマリしてる」
「ぐはっ」
「私は、あまり見てもらえない」
「そそそんなことはないですよ京香さんを見てますよ! 俺の煩悩が多いのはありますけど!」
ばれてるばれてる!
なにやらメイドさんたちの視線が冷たい気がするのは気のせいですか?
「私も自分の好きなかわいい服を見たら見てもらえるかなと」
「京香さんが可愛い服を着たら映像を魂に刻み込みます」
「本当?」
かわいく首をかしげるのは反則です。昇天してしまいます。
ああああここは桃源郷ぉぉぉぉ!
わが生涯に悔いなしじゃぁぁぁ!
「守君、起きてる?」
「……はっ!」
意識がぶっとんでたら京香さんにほっぺをぺちぺちされて引き戻された。
「……ありがとうございます。京香さんのしぐさが反則級にかわいらしいのでちょっと極楽に行きかけてました」
「ほめるなら、この後に服を買いに行くからその時に」
「楽しみです!」
いやマジで楽しみ!
ということで買い物へと移動した。ちなみにアイスはグレープフルーツ味でさっぱりひんやりした感触で大変おいしいものだった。京香さんはたくさんのテイクアウトを抱えてご満悦の笑顔だ。ごちそうさまです!
酷暑の中、おててつないで秋葉原を歩く。目的地はメイド服専門店。世の中にはそんなものもあるらしい。知らんかった。
「もう少しでつくから」
京香さんが俺の額にハンドタオルを当てて汗をとってくれてる。恥ずかしくも嬉しくて、俺を見てくる野郎どもの視線には「いーだろう。最高だぞ?」と笑みで返してやる。浴衣なんだろうけど、腕が動くと香の匂いして涼し気になれる。
京香さんは何となくだけど長女気質があるんじゃないかと思ってる。世話焼きというか、俺がだらしないんだろうけど、見てられないんだね。
合法的に甘えられるんだぜ?
酒なんかじゃ味わえない充足感だ。
お返しに扇子で仰ぎ返す。動くから汗が止まらない。
俺が汗をかく→京香さんが汗を拭いてくれる→扇子で京香さんを扇ぐ→俺が汗をかく。無限回路の完成だ。
幸せをかみしめながら歩いていればすぐに目的のビルについてしまった。幸せとははかないものなのだ。
「ここの3階にある」
茶色い小さなビルだけど、どうやらこの建物すべてがメイド服関連らしい。立て看板には3階は高級メイド服となっている。あるところにはあるもんなんだな。
階段しかないっぽく、浴衣の京香さんは大変そうだったから抱えて上がった。くそ暑い道中で俺の脳みそも焼けているらしい。京香さんのためなら何でもできる気がするぜ。
「恥ずかしいけど嬉しい」
京香さんのはにかみをいただいた。俺は今日死ぬかもしれない。
たどり着いた3階は、たくさんのメイド服がつるされてる一つの空間になってた。隅っこのほうには明らかにメイド服じゃない下着類も置いてある。しかもきわどい奴が。メイドさんの中身はやっぱりあれなんだろうかもしや京香さんもと妄想が止まらない。
「いらっしゃいませ」
応対するのもメイドさんだ。先ほどの喫茶店と同じくスカート丈の長いメイドさんだ。メイドづくしの日だ。
「フルオーダーで注文していた小湊です」
「お待ちしておりました。できております。試着なされますか?」
「もちろん」
京香さんがちらっと見てくる。これは「ほめて!」というアイコンタクトだろう。もちろんYESだ。NOなんてありえない。
「ご主人様はそちらに腰かけてお待ちください」
「ごごごしゅじん!?」
まさかのご主人様あつかいだ。京香さんは着替えブースに連れていかれた。置いてけぼりかと思ったらメイドさんからメニュー表を渡された。ソフトドリンクがもらえるみたいだ。
さっき飲んだばかりだからおなか一杯なんだけど年嵩のメイドさんがニコニコしてるので頼むしかない。
「アイスティーで」
「かしこまりました」
メイドさんはすすっと消えた。
待っている間が暇なので並んでいる服に目をやる。高級メイド服ということだけど、ミニスカートも結構ある。正統派っぽく黒いスカートなんだけど明らかに隠せないでしょ?って丈で、何に使うの?
「特殊プレイをお求めのご主人様もいらっしゃいますので」
「おわっ!」
背後からの耳元ささやき攻撃を受けて思わず叫んでしまった。
「と、特殊プレイ?」
「えぇ、紳士淑女とはいえ性癖は千差万別。いかな要求にもこたえるのがメイドで御座います」
「よ、要求?」
「ご主人様のメイドは普通のメイド服をお求めなのでご心配なさらず」
年嵩のメイドさんはアイスティーを置くとまたすすっと消えた。
コワイ、ここはコワイ!
早く、京香さん早く帰ってきてー!




