8.首実検と佐倉無双⑤
「終わったよー」
「だいじょうぶー?」
佐倉ちゃんと四街道ちゃんが走ってきた。ゴブリンは仕留めたらしい。まあ余裕だろうね。
「ちょっと足立、折れちゃってるじゃん!」
「やはは、ゴブリンに蹴られちゃってイテテ」
「おにーさん!」
佐倉ちゃんが俺にヘルプを飛ばしてきた。学生で対応できるのはここまでか。
「ポーションでいい?」
「お願いします」
「はいこれ」
ちゃんと丁寧に依頼できるのは立派だ。ポーションを取り出して佐倉ちゃんに渡す。
「ありがとう! 足立、これ、ポーションだから飲んで!」
「え、ポ、ポーション!?」
「飲まないと帰れないよ?」
「だ、だけど」
足立って子が俺を見てきたから黙ってうなずく。このやりとりも宿題のはず。あまり俺は介在しないほうがいい。
「あ、ありがとうございます」
足立って子はコルクを外してコクコク飲んだ。体が淡く光って、曲がっていた足が元に戻った。
「わ、すごい、治っちゃった!」
「ポーション、初めて見た」
「す、すご……」
「お高そう……」
お高そうとのつぶやきを聞いて、足立って子の顔色が青くなった。
「あああの、ポーションって高価ですよね!」
「ん? んーまー。でも骨からのドロップだし」
「ほ、ほね?」
「あ-こっちのこと。気にしなくっていいから、宿題を頑張りなね」
合掌しておく。
「ねー足立。大人のハンターはついてなかったの?」
四街道ちゃんがぶっこんだ。4人の女の子はふっと目をそらす。わかってはいるのだろう。
でも、全員が知り合いのハンターに頼めるのとは限らない。そもそも伝手がない子もいるだろう。もしかしたらそんな子たちなのかもしれない。
「おにーさん!」
佐倉ちゃんが俺をまっすぐ見てきた。はいはい。わかりましたよ。
作務衣の袖からハンター証を取り出す。
「これでも一応ハンターなんだ。とりあえず今日のところは俺がついて回れるけど、どうする?」
俺の言葉に、4人が顔を突き合せた。
「どうする?」
「怪しくない?」
「でも、四街道もいるよ?」
「あてもないし」
こそこそ話をしているつもりだろうけど筒抜けである。
「オニーサン」
柏ちゃんに袖をクイクイされた。柏ちゃんのしめす方向の空間が揺らいでいる。幅だけでも20メートルくらいありそうだ。
「なんだあれ」
「学校で習った。あれは魔物が出現する予兆」
「魔物……にしちゃ範囲がでかいな」
「スタンピードの可能性」
「なるほど、よく気が付いたね」
イイコイイコしておこう。
「佐倉ちゃん、四街道ちゃん、あれ」
「スタンピード?ですか」
「ラッキー!」
「佐倉ちゃん、ラッキーじゃないでしょ」
空間の揺らに色がつき始め、緑色に染まっていく。色が固まっていき小さな人型をなしていく。ぼやけていた色が鮮明になり、質感を持った。
「ゴブリン、かな」
緑色の魔物、ゴブリンの集団が発生した。
「ウソ、でしょ!」
「いやぁぁあ!」
「そ、そんなぁ!」
「ふぇぇぇぇ」
4人組は悲鳴を上げて地面にへたり込んでしまった。涙目でもうあきらめてる感じだ。
「ざっと50体ってところかな!」
「物足りなかったんですよね!」
「ヤッタルデー!」
うちの子たちはやる気だ。どうしてこうなった。
「おにーさん、さっきたくさん出した剣を貸してください!」
「あ、はい」
目をぎらつかせた四街道ちゃんに迫られた。10本出して地面に刺した。
「おにーさん鉄パイプ」
「あ、はい」
ワクワクを隠せない佐倉ちゃんが手を伸ばしてきた。仕方なく渡した。
「オニーサン、アーシはぎったんぎったんにできるスキル」
「ないから!」
「ブーブー」
さすがにあれは渡せない。
「増長しない、はどこへ行った? 佐倉ちゃん、目をそらさない!」
50体程度に負けるとは思えないけどさ。しゃーない。
「わかったよ。うち漏らしは俺が対処するから、暴れておいで」
「やったー、おにーさん、話が分かるー!」
「試したいことがあったんです!」
「ヒャッハー!」
佐倉ちゃんが鉄パイプを持って、四街道ちゃんが左右に剣を持って、柏ちゃんはクロスボウを持ってゴブリンに突っ込んでいった。俺は動けない4人の前に立って御守りだ。
「【幸歌】!」
佐倉ちゃんのスキルで3人の体が光る。幸運バフがかかった。
「いっくよー!」
四街道ちゃんが2本の剣を重りにして踊るようにゴブリンを切り捨てていく。剣を止めずに力で向きを変えて攻撃を止めない。遠心力を味方につけて一刀のもとにゴブリンを切り捨てた。
「あれは、勝浦さんの戦い方だな」
あの人は足だけど四街道ちゃんは剣だ。パンチラがないから健全だ。
「後ろがオルスダゼー!」
柏ちゃんはゆっくり動きながらゴブリンの背後に回り込んでは後頭部に矢を打ちんこんでる。ゴブリンも柏ちゃんに気が付かないのか、無防備にやられまくってる。なんだろう、スキルかなぁ。
「えぇーぃ!」
佐倉ちゃんは、ステータスの暴力で殴ってるだけだな。それでも一発でゴブリンが光の粉になるあたり威力はすごそうだ。
「っと、逃れたのが来たか」
3人の殺りくにゴブリンが逃げ始めてて、たまたまこっちに逃げてきたやつがいた。投げ網でからめとって収納した。
「まだまだ!」
「コッチゾ!」
「うりゃー!」
10分もしないうちにゴブリンの姿はなくなった。俺はただ3人が暴れてるのを見てるだけだったな。
「はーすっきり」
「初めてにしては上出来かも」
「ヤッタゼ!」
3人はとてもいい笑顔だ。俺も笑顔で迎えてやる。
「3人ともそこに座りなさい」
「えー」
「ドウシテー」
「なんでー」
「今日の内容は勝浦さんと小湊先生に報告します」
「だめー!」
「イヤー!」
「そんなー」
「だまらっしゃい。俺からは説教はしないけど、その代わりにあのふたりからもらうこと。イイネ?」
「えぅ」
「グハ」
「うぅ」
「返事が聞こえません」
「「「はい!」」」
「よろしい」
やばいなー、この子たちが戦闘民族になっちゃったよー。それもこれも俺のせいかー。くそう。
おっと、4人を忘れていた。俺が振り向くと、4人揃ってびくっと体を震わせた。
「さて、ゴブリンは片付いたし、いったん帰ろうか」
「はははい!」
「な、なにがどうなったの」
「ぽかーん」
「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ」
だいぶ混乱してるみたいだ。急いで帰ってもろくなことにはならないね。こんな時は。
「やっぱり少し休憩しよう」
収納しといたブルーシートとおやつとポットとインスタントコーヒーとかココアとかいろいろ取り出す。おやつはせんべいとかポテチとかコンビニで買い込んだもの。一番大きなブルーシートを買ったので8人くらいは余裕で座れる。
佐倉ちゃんたち3人がテキパキ準備をすると、フリーズしてた4人も再起動し始めた。めいめい好きな飲み物を用意してシートに座る。佐倉ちゃんが俺にコーヒーを突きつけながらじっと見てくる。
はいはい。
「はいお疲れ様。暖かい飲み物を飲むと落ち着くからね。休憩したら戻ろうか」
優しく語るのはなかなか難しい。父さんのようにはいかないなぁ。
「あの、足立といいます。助けていただいてけがを治していただいた上に飲み物まで、ありがとうございます」
「渋谷です、ありがとうございます」
「品川です、その、どうもです」
「太田です。ありがとうございました」
「俺はこの子たちの付き添いで坂場といいます」
自己紹介はさらっとね。足立さんがポニテで足を骨折してた子で、渋谷さんがボブの子で、品川さんがツインテの子で、太田さんがぽっちゃりさん。名前を覚える自信はないから外見の特徴で。
「おにーさんの呼び方は『おにーさん』ね」
「おにーさん?」
「まだ二十歳なんだって」
「ポテチウマー!」
「3人とも、すごく強くない?」
「そうかなー?」
緊張もほぐれてきたのか、会話が活発になっていく。女の子は姦しいくらいがいいのだ。
30分ほど休憩してダンジョンを出た。もう昼を過ぎていて、家に戻って夕食の準備をしなければ。
「あの、おにーさん!」
「うん?」
呼ばれて振り返れば足立さん以下4人が並んでる。
「非常に厚かましいくてもうしわけないんですけど、その、私たちの宿題も手伝ってもらえないでしょうか!」
「「「「お願いします!」」」」
まぁこうなるだろうなとは思ってた。だけどなぁ。俺にも都合があるからなぁ。
とはいえここで突き放してしまえばこの子達も困るだろうし。救いの手が届かない子は、どうにも三途の川の水子を連想して、ダメなんだよ。
うちの子たちは俺をじーっとみてる。断るなんてまさかしないよね?って顔だ。
まったく。
全てを救くう地蔵菩薩にはなれないけど、真似事なら出来るかな。
「……うちの子たちが船橋に来るタイミングでよければ」
「それで大丈夫です! よろしくお願いします!」
「連絡は、佐倉ちゃんととってね」
「はい!」
まぁ嬉しそうにしてるからいいか。
帰宅後、勝浦さんと小湊さんに報告をしたら俺も正座の上お説教を食らった。なぜだ。




