44.行って(1月)逃げて(2月)去ってしまう(3月)⑧ ヒグマ襲来⑤
この時期の早朝の墓地は真っ暗だ。完全防備でないと風邪をひく。
朝の掃除で智と多賀城ちゃんと墓地を歩いてたら零士くんに会った。この時間に出てくることはないのに珍しい。
「守、掃除が終わってからでいいんだが、ちょっといいか」
「結構急用っぽいね」
ちょっと元気がない。
何かあったのかな?
「守。あたしと多賀城で掃除はしとくから、師匠の話を聞いて」
「そうだぜ兄貴! オレらに任せろー」
ふたりは「ひゃっはー」と叫んでゲートを通過していった。勢いあまってダンジョンを壊さないでね。
「で、話とは」
「あー、昨晩なんだが……」
零士くんから美奈子ちゃんと羅さんのことの顛末を聞いた。
「正直に言っていい? 意味わかんないんだけど?」
あのふたりが喧嘩、しかもマジの殴り合いとか、わっけわからん。
まず接点がない。
夜に羅さんがダンジョンにいたことは不明だけど、喧嘩にいたるナニカが勃発する要因がさらに不明だ。
「俺もわからん。美奈子が上がってこないと見に行ったらふたりが血だらけで転がってたからな」
零士くんも腕を組んで苦い顔をしている。どうやら美奈子ちゃんも口を割らないようだ。あの【師匠大好きまっしぐら】な美奈子ちゃんがだ。
異常事態が起こってるらしい。
「あー、ちょっといいっすかねー」
頭を掻きながら臼さんがあるいてきた。たぶん、羅さんの様子がおかしくて俺に何があったのか聞きに来たんだろう。
とにかく、話を聞こう。
密談するにはいい場所。それは車の中。ハイエースの中に入り、適当に座る。朝食の準備もあり時間は割けない。
「臼さん。もしかしたら羅さんが血だらけで帰ってきたことですか?」
「坂場君がそう言うってことは、何か知ってる?」
臼さんの目が細まる。何かやったンカワレェ!という目だ。
「うちの美奈子、四街道ちゃんも血だらけだったんで。ケガはしてないんですけど。ただですね……」
「墓地ダンジョンの1階で血だらけのふたりが倒れてたのを、俺が見つけた。ポーションを飲ませてケガは治したが、なんでそうなったのか、口を割らねえ」
「あれー、そっちも? 姉さんもそのことについては何にも言わないんだよー」
臼さんが髪をガシガシする。そっちもかー。
「羅さんは?」
「不貞寝してる」
あらまぁ。それよりもさ。
「そもそもなんで羅さんがダンジョンにいたのかさっぱりなんですけど」
しかも夜だし。
「美奈子の鍛錬が終わるくらいに【ヒグマ】がダンジョンに入ってきたぞ」
「は? 確かに姉さんは『ダンジョンに行く』って言ってたから『夜に行っちゃだめでしょ』って念を押して俺は風呂に行ったんだけど」
「好奇心は猫を殺しちゃったわけかー」
マテができなかったわけねー。
とすると、今度はふたりとも血だらけになるまで何をしたかだなぁ。
「ふたりとも顔が腫れまくってたから殴り合いでもしたんじゃないのか?」
「……その殴り合いになる理由がわからないんだよね。美奈子ちゃんと羅さんって接点がまるでないじゃん」
さらに言えば、あの美奈子ちゃんが殴り合うとか想像もできないんだけど?
「あのさ、今更なんだけど、この少年は?」
臼さんが零士君を胡乱な目で見てる。
まぁ怪しい子供だよね。しかもダンジョンに入れない見かけなのにダンジョンに入ってるわけだし。
「俺は美奈子の師匠だ」
「師匠? この子が?」
臼さんがびっくりした顔で俺を見てくる。
「見てくれはこうだが」
零士くんが目をきつくし圧をかけ始めた。臼さんがほぼ反射的に背中から拳銃を出すけど一瞬で詰め寄った零士くんがそれを握りつぶした。バキグシャっと拳銃が砕ける。ショットガンと同じくエアガンかな。
「こんなもんだ」
「…………なんなのこの子ぉぉぉ!!」
「俺を知ろうとすると死ぬぞ」
「ちょっと待って! 目がマジなんだけど! コワい、コワすぎるよ!」
臼さんが奥歯をガタガタ言わされてた。合掌。
3人で話したもののわからずじまいなので改めて本人に話を聞くことになった。バラバラに聞いてもらちが明かなそうなので関係者のみ寮の一室に集められた。防音はバッチリだ。
メンツは零士、四街道に羅だ。守がいると話しにくいだろうと外された。
持ち込まれたちゃぶ台を挟んで四街道と羅がにらみ合う。
「まず、何があったかの確認だ。ふたりとも血だらけだったが、何をした?」
「こいつを殴りました」
「この餓鬼を教育した」
「それは、ハンターとしてか?」
「女としてです」
「年上の義務だ」
なるほど、やりあったのは確定か。スキルは使ってなかったようだが、よく美奈子は無事だったな。
零士は弟子の強さを上方修正した。
「で、原因は何だ?」
「師匠です」
「君だな」
「……俺だと?」
まったく身に覚えのない零士は首をひねった。
その場にいなかった俺が原因とは、なおのことわからん。
「ふたり揃って俺が原因と言うが、俺に心当たりがないんだが」
零士がちょっと弱気になる。
くだらない理由だろうと高をくくっていたがまさか俺とは。何かやらかしたのか? 表に出すぎたのかもしれん。これからはもっと隠れていないと寺に迷惑をかけるな。死者たる俺が生きている人間に迷惑などあってはならん。
「その女が師匠を邪な目で見てたからです!」
「邪ではない。とある人物の少年期によく似ていたからだ!」
「邪……少年期、だと?」
零士が羅を見る。確かに今の零士は少年、身長低めの中学生男子くらいの見た目にしてある。
とある人物ってのは、誰のことだ?
「俺には見当がつかんが、そいつは誰だ?」
「知らないか? 【剣鬼】と呼ばれた長篠零士だ」
「な、ながしのれいじ、か」
まさかの自分だったことに零士がどもる。
「そうだ。この世にダンジョンが出現してから、当時は警察にいた零士さんは、常に最前線にいた。ユニークスキルを持ってはいなかったが、私が知っている限り日本最強だった。ダンジョンが出現した当時、高校卒業を控えていた私は、たまたまダンジョンに入ってしまいスキルを得てしまった。不意にクマに変身してしまい、警察沙汰になり、危険人物として監視された。まっとうに生きる未来はなくなってしまった」
人見知りの羅の言葉が止まらない。
「ハンターとして生きるしかなくなった私だが、その零士さんが心の支えだった。私にとって最強である長篠零士は希望だったし、憧れでもあった」
「今でいえば推しだな」と少し顔を赤くした。
「魔物と戦う傍ら、零士さんを調べた。その時に子供の頃の写真も手に入れた。剣道少年だった。大人になりかけの、凛々しい若武者だった」
羅はうっとりとして目を潤ませた。零士はドン引きである。
これ、俺が零士だとばれたら不味くないか?
強者であるはずの零士は身の危険を感じた。理屈ではない。本能的にだ。
「君は、長篠零士の血縁者か何かなのか?」
「……それは、違うな」
零士は羅の言葉を否定する。肯定よりはマシか、と思っただけだが。
「…………そうか」
羅は零士を見つめたまま動かない。




